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しおりを挟むあれから何日経ったのかわからないが、もう体の痛みも引いて、ずっと眠かった
「大丈夫か?」
ひょいと子供に顔を覗き込まれて、慌てて起き上がる
紫の目に見事な銀髪の美しい少年は、グリフォンを思い出させる
切長の眼に将来は美形になる事だろう
少年の仕立ては見事な刺繍が入った狩をする時の格好だ
手には猟銃も持っているので、狩をしに来た人だろうか
「具合が悪い?」
柔らかなテノールの声にじわりと涙がわいてくる
ぷるぷると首を振ると、にっこりと微笑むと少年は空を見上げた
ミネルバが去って行った方向だ
「バロイ陛下ー!急に走り出さないでくださいよ…」
少年の後ろから走ってくる壮年の執事とぞろぞろと騎士達が集まり出す
「ふん、お前らがトロいから逃げられただろう。せっかく帝国の宰相の息の根を止めるチャンスだったのに何日も前に帰ってしまったじゃないか」
「無茶言わないでくださいよー、移動魔法使っても此処迄は最短3日が限界です、転送機待てば良かったんですよ。あれ?その方はどなたですか?」
お付きの者達がぞろぞろとネロを取り囲む
恐怖で身を縮こませれば、陛下と呼ばれた美少年がぐいっとネロの首輪を引っ張る
「ちょうどいい、従属させられているが捨てられたんだろう。ペットのオフィーリアがいなくなった所だ。こいつを飼う」
「飼うって、人間ですけど…!ドラゴンも勘弁して欲しかったですが…」
「名前はクロか、クロ今からお前の主人は余だ。わかったな?余はバロイ・ユング」
すごい迫力のバロイ陛下にこくこくと頷く
紫色の瞳を眇め、ネロの首輪に指を通したまま引っ張る
「帰るか、とんだ無駄足だった…!」
自分より背丈の低い男の子にずるずると引きずられついて行く
「バロイ陛下、転送機の準備が出来ています。発動しますか?」
傅く執事をぎらりと陛下が睨め付ける
「やっぱりわざと転送機を準備しなかったな?スパイでもいるんじゃないか」
険しい表情のままのバロイ陛下に右腕を取られ、一緒に持ち上げられる
空に浮かんだ紫色の刻印は、この世界に来る時に見たものだ
薄い紫色の光に包まれ、美少年と目が合うとにこりと微笑まれた
「クロいこう、余の王宮へ」
手を取られ光に包まれる。次の瞬間、目を開けば其処は後から聞いたのだが、水と魔法石の都、自然融合の王国ニャージャーの都心部の王宮だった
自然融合の国らしく、王宮にも自然が溢れ水や滝が流れ落ちる黄金宮は虹色に輝き白い彫刻の像がいくつも並べられている
陛下に連れられて、王宮内に入ると沢山の傅く使用人達や貴族を通り抜け静かな後宮に連れて行かれた
中庭のある見事な庭園宮は、陽の光がふんだんに入るようになっており植物や滝の匂いで清廉な雰囲気の落ち着いた宮殿だった
「ペットだから服飾も余が選ぶ、先に湯殿で身を清めてまいれ。他人の奴隷印が邪魔だな…」
まだ12.3歳に見える子供に腹をじろじろ見られ、湯殿へ連れて行かれ、洗おうとする給仕さんに抵抗し、自分でする意思表示を身振り手振りでしてから体を洗う
浸かったお湯に疲れや痛みが滲みだすようで、涙が出た
ミネルバが、俺を殺そうとした。今も、死んで欲しがっている
涙がじんわりわいてくる
「なんだ!一人で入れたのか。早く出よ、余が見繕った服を見よ」
慌てて顔を湯につけて見上げれば、陛下がさくさくと湯殿に入ってきて楽しそうに、白い薄絹の下履きを見せびらかしている
後ろのさっき世話をしてくれようとした侍女たちが焦ったようについてきている
「この者達は使えぬな、ペット一人も世話を出来ぬ。首を刎ねよ」
後ろに控えているであろう騎士達が侍女たちを連れ出そうとするので、慌てて首を振る
泣きそうになりながら、身振り手振りをしたのが功を制したのか陛下は口をへの字にしてもうよいと言って騎士や侍女たちを下がらせた
「……やはり喋れぬか、まあよい。早く出よ、装飾品はこれで…首輪はこれが良い…」
そろりと出て身体を拭いていると、陛下が選んだと言われた下履きと、首輪と言われていた金色のチェーンを身につける
下履きも腰のあたりに金色の飾りが沢山ついていて洒落ている
なんとなくミネルバが着けた首輪もはめる
しかし上着がなかった
ちょうど、ミネルバにいれられた奴隷印のとこに腰紐が当たって痛い
黒紫でたまに光る奴隷印が俺を見はっているようで煩わしい
どういう仕組みか知らないが、俺はスキルも使えないし、しゃべれない。恐らく食事も言われた通り取れないのだろう
着替えが終わると、すたすたと近づいてきた陛下はミネルバが着けた首輪を外して、ぽいと捨てた
「誓約されたな…呪われてもいるのか、クロ…スキル持ちか…元々は冒険者かな?スキル封じと喋れなくして捨てたのか、お前の飼い主は」
よしよしと本当のペットみたいに頭を撫でて紫色に輝く瞳で俺の顔を覗きこむ
「食事にしよう、クロ、おいで…」
広い食堂に果物や焼いた鶏肉、オードブルやサラダやスープが所狭しと並べられ
取り分けて貰ったお皿を俺はじっと見つめていた
お腹はぺたんこになるくらい空いているし、涎も口の中にいっぱいなのに、食べれない
ミネルバの言葉、許可なく食事をしてはいけないが頭の中に響く
お腹が空きすぎて、ジュースに口をつけたら、これは飲めるらしい
料理に手をつけようとしない俺を見て、陛下は信じられないものを見るかのように目を見開いた
「まさか食事も誓約されてるのか?飲み物はいけるみたいだから、飲み物にして摂取させてやれ」
バロイ陛下の言葉に給仕さん達が目の前に色々な飲み物を用意してくれた
腹には貯まらないけど、夢中でスープを飲む
「本気で殺す気だったのだろうな。帝国の大分古い…古魔術だから解呪も難しそうだが、余はペットにその腹のようなものが刻まれているのを好まぬ。解呪できそうなスキルを持っている者を探せ。ついでに呪いも解いてやれ」
「はっ、呪いはすぐに見つかるかと」
バロイ陛下が肉を切り分けて上品に食べながら命令し、騎士が何人か離れていく
俺はというと、奴隷印を解呪してほしくなかった
本当なら、あの場で死んでしまいたかったから
奴隷印が消されたらミネルバは、もう迎えに来てくれないかも知れない
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