32 / 39
32
しおりを挟む
さて、父親が必死に頭を下げているなどとは考えてもいないモーリスは、馬車を急がせ、ようやくマデリンのいるはずのホテルへと到着したところだった。
さあすぐに降りようと、腰を浮かした時だ。
なんとタイミングの良い事だろう。
今まさにホテルを出て、馬車に乗り込もうとするマデリンの姿が目に入ったのである。
モーリスは考えるよりも早く、窓から首を出して大声で叫んでいた。
「マデリン!助けに来たぞ!」
マデリンが、はっと体を固くして、こちらを見ると、モーリスは得意げにニヤリと笑って見せる。
それから、素早く馬車を飛び出すと、彼女の馬車の前まで一目散に駆けて行った。
その声の主がモーリスだと気が付いたマデリンは、緊張した顔をふっと緩めて微笑んだ。
「あら、モーリス。どうしたの、大きな声を出して。
驚いたわ」
が、完全に自分の空想に浸っているモーリスに、彼女の声は届いていなかった。
「驚いたのはこっちだよ、マデリン!
どうして言ってくれなかったんだ」
「言ってくれなかったって……なにを?」
「ギレット子爵の愛人をさせられていることさ!」
「ああ……そのこと」
マデリンは扇で口元を隠しながら目を伏せた。
それから肩を震わせ始めたものだから、モーリスは思わず彼女の肩を抱くと
「ああ、すまなかった!泣かせるつもりはなかったんだよ。
ただ……こう言いたかったんだ!
そんな子爵なんかの愛人を嫌々やる必要は、もうないんだって。
これからは……僕が君を守っていくからね!」
と、熱く言って抱きしめようとしたのだったが、
「……ちょっと痛いから離して下さる?」
思いがけずマデリンが冷静な声を出したものだから、拍子抜けしてしまった。
「あ……あ、ごめん」
と手を離すと、マデリンはそれでもまだ彼が触れていた肩をさすりながら、言った。
「私、そろそろ行かないと」
「どこへ行くんだい?一緒に行こうか」
と、まるで子犬のようにじゃれつこうとするモーリスを、マデリンは扇で払いのける。
「あら、ダメよ。私、帰国するんだもの」
「ええ!?」
これにはモーリスも、素っ頓狂な声を上げたが、マデリンは長いまつげをバサバサと上下に揺らしただけだった。
「だって、いつまでもこんなところにいられないじゃない。
私を待ってる男性はたくさんいるし……お父様も心配なさるわ」
「お父様だって!ああ、子爵のことか。だから、さっきも言ったろう?
あんなやつのことはもう心配することないんだよ。
これからは、この僕が……」
「あんなやつですって?」
マデリンが急に声を低くしたことに、モーリスは驚いて目を丸くした。
さあすぐに降りようと、腰を浮かした時だ。
なんとタイミングの良い事だろう。
今まさにホテルを出て、馬車に乗り込もうとするマデリンの姿が目に入ったのである。
モーリスは考えるよりも早く、窓から首を出して大声で叫んでいた。
「マデリン!助けに来たぞ!」
マデリンが、はっと体を固くして、こちらを見ると、モーリスは得意げにニヤリと笑って見せる。
それから、素早く馬車を飛び出すと、彼女の馬車の前まで一目散に駆けて行った。
その声の主がモーリスだと気が付いたマデリンは、緊張した顔をふっと緩めて微笑んだ。
「あら、モーリス。どうしたの、大きな声を出して。
驚いたわ」
が、完全に自分の空想に浸っているモーリスに、彼女の声は届いていなかった。
「驚いたのはこっちだよ、マデリン!
どうして言ってくれなかったんだ」
「言ってくれなかったって……なにを?」
「ギレット子爵の愛人をさせられていることさ!」
「ああ……そのこと」
マデリンは扇で口元を隠しながら目を伏せた。
それから肩を震わせ始めたものだから、モーリスは思わず彼女の肩を抱くと
「ああ、すまなかった!泣かせるつもりはなかったんだよ。
ただ……こう言いたかったんだ!
そんな子爵なんかの愛人を嫌々やる必要は、もうないんだって。
これからは……僕が君を守っていくからね!」
と、熱く言って抱きしめようとしたのだったが、
「……ちょっと痛いから離して下さる?」
思いがけずマデリンが冷静な声を出したものだから、拍子抜けしてしまった。
「あ……あ、ごめん」
と手を離すと、マデリンはそれでもまだ彼が触れていた肩をさすりながら、言った。
「私、そろそろ行かないと」
「どこへ行くんだい?一緒に行こうか」
と、まるで子犬のようにじゃれつこうとするモーリスを、マデリンは扇で払いのける。
「あら、ダメよ。私、帰国するんだもの」
「ええ!?」
これにはモーリスも、素っ頓狂な声を上げたが、マデリンは長いまつげをバサバサと上下に揺らしただけだった。
「だって、いつまでもこんなところにいられないじゃない。
私を待ってる男性はたくさんいるし……お父様も心配なさるわ」
「お父様だって!ああ、子爵のことか。だから、さっきも言ったろう?
あんなやつのことはもう心配することないんだよ。
これからは、この僕が……」
「あんなやつですって?」
マデリンが急に声を低くしたことに、モーリスは驚いて目を丸くした。
2
お気に入りに追加
2,646
あなたにおすすめの小説
【完結・全7話】「困った兄ね。」で済まない事態に陥ります。私は切っても良いと思うけど?
BBやっこ
恋愛
<執筆、投稿済み>完結
妹は、兄を憂う。流れる噂は、兄のもの。婚約者がいながら、他の女の噂が流れる。
嘘とばかりには言えない。まず噂される時点でやってしまっている。
その噂を知る義姉になる同級生とお茶をし、兄について話した。
近づいてくる女への警戒を怠る。その手管に嵌った軽率さ。何より婚約者を蔑ろにする行為が許せない。
ざまあみろは、金銭目当てに婚約者のいる男へ近づく女の方へ
兄と義姉よ、幸せに。
たった一度の浮気ぐらいでガタガタ騒ぐな、と婚約破棄されそうな私は、馬オタクな隣国第二王子の溺愛対象らしいです。
弓はあと
恋愛
「たった一度の浮気ぐらいでガタガタ騒ぐな」婚約者から投げられた言葉。
浮気を許す事ができない心の狭い私とは婚約破棄だという。
婚約破棄を受け入れたいけれど、それを親に伝えたらきっと「この役立たず」と罵られ家を追い出されてしまう。
そんな私に手を差し伸べてくれたのは、皆から馬オタクで残念な美丈夫と噂されている隣国の第二王子だった――
※物語の後半は視点変更が多いです。
※浮気の表現があるので、念のためR15にしています。詳細な描写はありません。
※短めのお話です。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません、ご注意ください。
※設定ゆるめ、ご都合主義です。鉄道やオタクの歴史等は現実と異なっています。
変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!
utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑)
妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?!
※適宜内容を修正する場合があります
【完結】虐げられていた侯爵令嬢が幸せになるお話
彩伊
恋愛
歴史ある侯爵家のアルラーナ家、生まれてくる子供は皆決まって金髪碧眼。
しかし彼女は燃えるような紅眼の持ち主だったために、アルラーナ家の人間とは認められず、疎まれた。
彼女は敷地内の端にある寂れた塔に幽閉され、意地悪な義母そして義妹が幸せに暮らしているのをみているだけ。
............そんな彼女の生活を一変させたのは、王家からの”あるパーティー”への招待状。
招待状の主は義妹が恋い焦がれているこの国の”第3皇子”だった。
送り先を間違えたのだと、彼女はその招待状を義妹に渡してしまうが、実際に第3皇子が彼女を迎えにきて.........。
そして、このパーティーで彼女の紅眼には大きな秘密があることが明らかにされる。
『これは虐げられていた侯爵令嬢が”愛”を知り、幸せになるまでのお話。』
一日一話
14話完結
【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~
瀬里
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)
ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。
3歳年下のティーノ様だ。
本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。
行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。
なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。
もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。
そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。
全7話の短編です 完結確約です。
旦那様の秘密 ~人も羨む溺愛結婚、の筈がその実態は白い結婚!?なのにやっぱり甘々って意味不明です~
夏笆(なつは)
恋愛
溺愛と言われ、自分もそう感じながらハロルドと結婚したシャロンだが、その婚姻式の夜『今日は、疲れただろう。ゆっくり休むといい』と言われ、それ以降も夫婦で寝室を共にしたことは無い。
それでも、休日は一緒に過ごすし、朝も夜も食事は共に摂る。しかも、熱量のある瞳でハロルドはシャロンを見つめている。
浮気をするにしても、そのような時間があると思えず、むしろ誰よりも愛されているのでは、と感じる時間が多く、悩んだシャロンは、ハロルドに直接問うてみることに決めた。
そして知った、ハロルドの秘密とは・・・。
小説家になろうにも掲載しています。
婚約者は私を愛していると言いますが、別の女のところに足しげく通うので、私は本当の愛を探します
早乙女 純
恋愛
私の婚約者であるアルベルトは、私に愛しているといつも言いますが、私以外の女の元に足しげく通います。そんな男なんて信用出来るはずもないので婚約を破棄して、私は新しいヒトを探します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる