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さて、父親が必死に頭を下げているなどとは考えてもいないモーリスは、馬車を急がせ、ようやくマデリンのいるはずのホテルへと到着したところだった。

さあすぐに降りようと、腰を浮かした時だ。
なんとタイミングの良い事だろう。
今まさにホテルを出て、馬車に乗り込もうとするマデリンの姿が目に入ったのである。
モーリスは考えるよりも早く、窓から首を出して大声で叫んでいた。

「マデリン!助けに来たぞ!」

マデリンが、はっと体を固くして、こちらを見ると、モーリスは得意げにニヤリと笑って見せる。
それから、素早く馬車を飛び出すと、彼女の馬車の前まで一目散に駆けて行った。
その声の主がモーリスだと気が付いたマデリンは、緊張した顔をふっと緩めて微笑んだ。

「あら、モーリス。どうしたの、大きな声を出して。
驚いたわ」

が、完全に自分の空想に浸っているモーリスに、彼女の声は届いていなかった。

「驚いたのはこっちだよ、マデリン!
どうして言ってくれなかったんだ」
「言ってくれなかったって……なにを?」
「ギレット子爵の愛人をさせられていることさ!」
「ああ……そのこと」

マデリンは扇で口元を隠しながら目を伏せた。
それから肩を震わせ始めたものだから、モーリスは思わず彼女の肩を抱くと

「ああ、すまなかった!泣かせるつもりはなかったんだよ。
ただ……こう言いたかったんだ!
そんな子爵なんかの愛人を嫌々やる必要は、もうないんだって。
これからは……僕が君を守っていくからね!」

と、熱く言って抱きしめようとしたのだったが、

「……ちょっと痛いから離して下さる?」

思いがけずマデリンが冷静な声を出したものだから、拍子抜けしてしまった。

「あ……あ、ごめん」

と手を離すと、マデリンはそれでもまだ彼が触れていた肩をさすりながら、言った。

「私、そろそろ行かないと」
「どこへ行くんだい?一緒に行こうか」

と、まるで子犬のようにじゃれつこうとするモーリスを、マデリンは扇で払いのける。

「あら、ダメよ。私、帰国するんだもの」
「ええ!?」

これにはモーリスも、素っ頓狂な声を上げたが、マデリンは長いまつげをバサバサと上下に揺らしただけだった。

「だって、いつまでもこんなところにいられないじゃない。
私を待ってる男性はたくさんいるし……お父様も心配なさるわ」
「お父様だって!ああ、子爵のことか。だから、さっきも言ったろう?
あんなやつのことはもう心配することないんだよ。
これからは、この僕が……」
「あんなやつですって?」

マデリンが急に声を低くしたことに、モーリスは驚いて目を丸くした。

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