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「では、行ってくるよ」
馬車に乗り込むと、トーマスは言った。
彼を見送るシェリナと、その母ルキアの目が、不安気に揺れている。
「あなた……気をつけて行ってらしてね」
「ああ。シェリナを頼んだぞ」
「お父様、いってらっしゃい」
シェリナが小さく手を振ると同時に、トーマスを乗せた馬車がゆっくりと動き出す。
シェリナはそれを目で追っていたが、不意に肩を抱かれたのに気がついた。
目を向けると、ルキアが、じっとこちらを見ていた。
「可哀想に、シェリナ……。
そんなに心配しないで。
モーリスのことなんて忘れてしまうくらい、幸せになれる日が、きっとくるわ」
「お母様……私ならもう大丈夫よ」
シェリナは言いながら、ルキアの肩に寄りかかった。
「ただ、モーリスのお父様とお母様……特にお母様の方が心配なのよ。
すごく親切にして下さっていたから、こんな形でお別れをしなければならないことが、とても残念で。
私がお嫁に来るのを、とても楽しみにしてくれていたし……」
「そうね。私もお二人はとても良い方達だと思っているわ。
こんな事になってしまった、今でもね」
シェリナの肩に回された手に、力がこもる。
と同時に、トーマスを乗せた馬車が、ようやく門をくぐって姿を消していった。
「だからといって、あなたが気に病む必要はないのよ。
今日は私もずっと一緒にいるから、安心しなさいな。
なにか楽しい事をして過ごしましょう」
「お母様、今日は大切な用事があるんじゃなかったの?」
シェリナが言うと、ルキアはにっこりと微笑んだ。
「いいのよ。あなたよりも優先しなければならない用事なんてないわ」
「また、そんな事を言って……本当に、私なら大丈夫。
何も心配せずに出かけて来て」
「でもね、シェリナ……」
と、ルキアは言いながら、シェリナを促して屋敷の方へと体を向けたが、ふと足を止めて
「まあ、そうね。
じゃあ出かけてくる事にするわ」
と、唐突に言い始めたものだから、シェリナの方が驚いてしまった。
「え?ええ……。
それは、もちろん、良いんだけど……」
と、しどろもどろになりながら答えた時。
「私より彼の方が、あなたの気分を変えるのが上手そうだものね」
ルキアの言葉に思わず顔を上げると、一台の馬車がやって来るのが見えた。
それは間違いなく、ウォーレンの馬車だったのである。
馬車に乗り込むと、トーマスは言った。
彼を見送るシェリナと、その母ルキアの目が、不安気に揺れている。
「あなた……気をつけて行ってらしてね」
「ああ。シェリナを頼んだぞ」
「お父様、いってらっしゃい」
シェリナが小さく手を振ると同時に、トーマスを乗せた馬車がゆっくりと動き出す。
シェリナはそれを目で追っていたが、不意に肩を抱かれたのに気がついた。
目を向けると、ルキアが、じっとこちらを見ていた。
「可哀想に、シェリナ……。
そんなに心配しないで。
モーリスのことなんて忘れてしまうくらい、幸せになれる日が、きっとくるわ」
「お母様……私ならもう大丈夫よ」
シェリナは言いながら、ルキアの肩に寄りかかった。
「ただ、モーリスのお父様とお母様……特にお母様の方が心配なのよ。
すごく親切にして下さっていたから、こんな形でお別れをしなければならないことが、とても残念で。
私がお嫁に来るのを、とても楽しみにしてくれていたし……」
「そうね。私もお二人はとても良い方達だと思っているわ。
こんな事になってしまった、今でもね」
シェリナの肩に回された手に、力がこもる。
と同時に、トーマスを乗せた馬車が、ようやく門をくぐって姿を消していった。
「だからといって、あなたが気に病む必要はないのよ。
今日は私もずっと一緒にいるから、安心しなさいな。
なにか楽しい事をして過ごしましょう」
「お母様、今日は大切な用事があるんじゃなかったの?」
シェリナが言うと、ルキアはにっこりと微笑んだ。
「いいのよ。あなたよりも優先しなければならない用事なんてないわ」
「また、そんな事を言って……本当に、私なら大丈夫。
何も心配せずに出かけて来て」
「でもね、シェリナ……」
と、ルキアは言いながら、シェリナを促して屋敷の方へと体を向けたが、ふと足を止めて
「まあ、そうね。
じゃあ出かけてくる事にするわ」
と、唐突に言い始めたものだから、シェリナの方が驚いてしまった。
「え?ええ……。
それは、もちろん、良いんだけど……」
と、しどろもどろになりながら答えた時。
「私より彼の方が、あなたの気分を変えるのが上手そうだものね」
ルキアの言葉に思わず顔を上げると、一台の馬車がやって来るのが見えた。
それは間違いなく、ウォーレンの馬車だったのである。
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