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カトリーヌはいつになく心が満たされていた。
帰りの馬車の中ではスチュアートとは一言も言葉を交わさなかったが、全く苦にならなかった。
むしろ胸がいっぱいで言葉にならず、ただ黙って幸せを噛み締めていた、というのが正直なところだったのである。
それは屋敷に戻ってから、待ちかねていたように飛び出してきたレイラの顔を見ても、少しも変わらなかった。
「お帰りなさい!
あら……どうしたの、そのお花!
あの綺麗な髪飾りは?」
レイラはわざとらしく首を傾げながら聞いてくる。
さすがのカトリーヌも薄々気がついていた。
恐らく、髪飾りに何か細工をして壊したのはレイラなのだろう、ということに。
しかし証拠はないし、下手に何か言って逆上されても面倒だったから、あえて咎めようとはしなかった。
それに、わざわざそんな事をしなくても良いと思えるほど、今のカトリーヌは幸せだったのだから。
「髪飾りは、ちょっと色々あって……壊れてしまったのよ」
カトリーヌは淡々と答えた。
「あらもったいない!
素敵なものだったのに……」
レイラは悲しそうな顔をしたものの、すぐにクスクス笑いだした。
「それにしても、代わりに付けたのがそんな花なんて……まるで子どもみたいね。
せっかく着飾って行ったのに、残念ね。
可哀想に!」
これにはカトリーヌも、少しムッとした。
が、それを顔には表さずに、さもなんでもないことのように言ってやったのである。
「あら、私はとてもこの花を気に入っているわ。
それになんと言ってもこれは、スチュアート様が下さった花なんですもの」
「え……」
そんなことは考えてもみなかったのだろう。
レイラは返す言葉もなく、しばらく呆然としていたが、やがて顔を赤くしてカトリーヌを睨みつけてきた。
それから
「そうだったのね……ずるいわよ、お姉様ばっかり!
私だって……!」
と言うなり、スチュアートの腕にしがみついた。
「スチュアート様!
可愛いお花を、私も髪に飾りたいわ!
ね、これから一緒に庭園をお散歩して、お花を選んで下さらない?」
いつものように甘えた声を出し、しなをつくるレイラに、カトリーヌはため息をついた。
スチュアートはどうするのだろう。
カトリーヌは不安げに彼を見た。
レイラの甘ったるい声を聞いていれば、もしかしたらつられて一緒に行ってしまうのではないか。
そんな気がしたのだ。
しかしスチュアートは、あっさりと、そんな不安を吹き飛ばしてくれたのである。
「すまないが……疲れたから、部屋で休んでくる。
では、失礼」
と、ボソリと言うなり、呆気に取られているレイラを残して、さっさと行ってしまった。
怒りのあまりプルプルと肩を震わせているレイラの後ろ姿を見ていると、カトリーヌはもう、笑いを堪えるのに必死で。
なんとか声を殺して、同じようにプルプルと震えてしまった。
「信じられない!
この私がお願いしたのに、断るだなんて。
どうかしてるわよ!」
そしてレイラは、ブツブツ言いながら踵を返すと、早足にどこかへ行ってしまった。
カトリーヌは笑い声を噛み殺しながら、見るともなしに、小さくなっていくスチュアートの背中を見送っていたのだが。
角を曲がろうとした彼が、チラリとこちらを見たことに気がついた。
長い前髪がかき上げられ、緑の瞳が確かにカトリーヌを捉えた時。
こっそりと彼が微笑んでいるのを、確かに見たカトリーヌは、慌てて微笑み返したつもりだったのだけれど。
あまりに嬉しくて、優しい微笑みどころか、気持ち悪いニヤニヤ笑いにしかならなくて。
そんな残念な自分に、がっかりしてしまったのだった……。
帰りの馬車の中ではスチュアートとは一言も言葉を交わさなかったが、全く苦にならなかった。
むしろ胸がいっぱいで言葉にならず、ただ黙って幸せを噛み締めていた、というのが正直なところだったのである。
それは屋敷に戻ってから、待ちかねていたように飛び出してきたレイラの顔を見ても、少しも変わらなかった。
「お帰りなさい!
あら……どうしたの、そのお花!
あの綺麗な髪飾りは?」
レイラはわざとらしく首を傾げながら聞いてくる。
さすがのカトリーヌも薄々気がついていた。
恐らく、髪飾りに何か細工をして壊したのはレイラなのだろう、ということに。
しかし証拠はないし、下手に何か言って逆上されても面倒だったから、あえて咎めようとはしなかった。
それに、わざわざそんな事をしなくても良いと思えるほど、今のカトリーヌは幸せだったのだから。
「髪飾りは、ちょっと色々あって……壊れてしまったのよ」
カトリーヌは淡々と答えた。
「あらもったいない!
素敵なものだったのに……」
レイラは悲しそうな顔をしたものの、すぐにクスクス笑いだした。
「それにしても、代わりに付けたのがそんな花なんて……まるで子どもみたいね。
せっかく着飾って行ったのに、残念ね。
可哀想に!」
これにはカトリーヌも、少しムッとした。
が、それを顔には表さずに、さもなんでもないことのように言ってやったのである。
「あら、私はとてもこの花を気に入っているわ。
それになんと言ってもこれは、スチュアート様が下さった花なんですもの」
「え……」
そんなことは考えてもみなかったのだろう。
レイラは返す言葉もなく、しばらく呆然としていたが、やがて顔を赤くしてカトリーヌを睨みつけてきた。
それから
「そうだったのね……ずるいわよ、お姉様ばっかり!
私だって……!」
と言うなり、スチュアートの腕にしがみついた。
「スチュアート様!
可愛いお花を、私も髪に飾りたいわ!
ね、これから一緒に庭園をお散歩して、お花を選んで下さらない?」
いつものように甘えた声を出し、しなをつくるレイラに、カトリーヌはため息をついた。
スチュアートはどうするのだろう。
カトリーヌは不安げに彼を見た。
レイラの甘ったるい声を聞いていれば、もしかしたらつられて一緒に行ってしまうのではないか。
そんな気がしたのだ。
しかしスチュアートは、あっさりと、そんな不安を吹き飛ばしてくれたのである。
「すまないが……疲れたから、部屋で休んでくる。
では、失礼」
と、ボソリと言うなり、呆気に取られているレイラを残して、さっさと行ってしまった。
怒りのあまりプルプルと肩を震わせているレイラの後ろ姿を見ていると、カトリーヌはもう、笑いを堪えるのに必死で。
なんとか声を殺して、同じようにプルプルと震えてしまった。
「信じられない!
この私がお願いしたのに、断るだなんて。
どうかしてるわよ!」
そしてレイラは、ブツブツ言いながら踵を返すと、早足にどこかへ行ってしまった。
カトリーヌは笑い声を噛み殺しながら、見るともなしに、小さくなっていくスチュアートの背中を見送っていたのだが。
角を曲がろうとした彼が、チラリとこちらを見たことに気がついた。
長い前髪がかき上げられ、緑の瞳が確かにカトリーヌを捉えた時。
こっそりと彼が微笑んでいるのを、確かに見たカトリーヌは、慌てて微笑み返したつもりだったのだけれど。
あまりに嬉しくて、優しい微笑みどころか、気持ち悪いニヤニヤ笑いにしかならなくて。
そんな残念な自分に、がっかりしてしまったのだった……。
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