上 下
40 / 52

40:ダニエルの決別の言葉

しおりを挟む
結局キスこそ出来なかったものの、ジュリアとすっかり良い雰囲気になれたダニエルは、一夜明けてもニヤニヤ笑いが止まらなかった。

顔を赤らめたジュリアのなんと可愛かったことか。
思い出すと、いまだに胸が熱くなる。

幸せの余韻にどっぷりと浸っていたダニエルは、この時完全に気持ちが緩み切っていた。
そのせいで自室がノックされた時、何の警戒もせずに答えてしまったのである。

そして困惑した顔の使用人が口にした名前を聞くなり、真っ青になってしまった。

「あの……ルイーズ様とおっしゃる女性が、いらっしゃいました」
「え……」

婚約者以外の女性が約束も無しに現れるなど、何事かと訝しんでいるのだろう。
もしかしたら、この使用人はルイーズのことを両親に報告するかもしれない。

ダニエルはドキリとした。
なんということだ。
これまでは、両親にルイーズのことがバレぬよう、決して家には呼ばなかったというのに。

そう思うと居ても立っても居られず、ダニエルはわざとらしく笑い声をあげた。

「ルイーズ様が?
何だろうな、突然。
友人だからと言って、約束も無しに来るとは……何かあったのかな」

と、『ただの友人』であると大袈裟にアピールしておいてから、ダニエルは大慌てで客間へ向かった。
そしてノックも無しに飛び込むと、険しい目つきのルイーズに出迎えられたのだった。

「ダニエル!」

第一声から金切り声を上げたルイーズは、つかつかとダニエルの前まで歩み寄ると、

「あなた、ジュリアに会いに行ったでしょう!」
「ど、どうしてそれを……」

あまりの迫力に、つい正直に答えてしまった自分を呪う暇もない。
ルイーズは腰に手を当てて、こちらを睨みつけてきた。

「あなたが約束を破るんじゃないかと思って、うちの使用人に見張らせていたのよ。
そしたら案の定、会いに行ったというじゃないの!
もう私、びっくりしちゃって……」
「い、いや……ほら、それは……。
やっぱり、両親に決められた婚約者を、ないがしろにするわけにはいかないし」

ダニエルはすっかりタジタジである。
それでもなんとかルイーズをなだめようと、適当な言葉を並べ始めたのだったが、今日の彼女はそんな言い訳で引き下がるつもりはないようだった。

「誤魔化さないでよ!
会いに行ったのは事実なんでしょう!?
つまり、私との約束を破ってでも会いに行きたかったということなんでしょう!?」
「あ……えーと」
「もう下手な言い訳は十分よ!」

ルイーズが大声を出すものだから、ダニエルはヒヤヒヤしてきた。
これでは屋敷中に聞かせているようなものである。
とにかくまずはルイーズをなだめなければ。

ダニエルは額に冷や汗を浮かべながらも、なんとか笑顔を浮かべてソファーを指した。

「と、とにかく、座ろう。
少し落ち着かないと、話が出来ないからさ」

しかしルイーズは腰に手を当てると、眉を吊り上げて言ったのである。

「結構よ!
私は十分落ち着いているわ」

それから背伸びをしてダニエルに顔を近づけてきた。

「はっきりさせてちょうだい!
ジュリアと私、どちらと結婚するつもりなのか」
「そ、そんなの……分かりきってるじゃないか」
「だったら、はっきり言ってよ。
言葉にしてくれないと、不安なの!」

ダニエルは始め、口をパクパクさせるばかりで、声を出すことが出来なかった。

しかし、恐ろしい形相のルイーズを見ていれば、またしてもここで嘘をついて、ルイーズとの関係を引き延ばしたくはないと思えたから。
冷や汗をかきつつも、彼女の要望通り、はっきりと言ってやったのである。

「僕はジュリアと結婚するつもりだ」
「はあ!?なんなのよ今さら!
私はどうなるの!?」
「ルイーズには悪いと思ってる。
でももう決めたんだ。
だから、きみとはもう会えない」
「ちょ、ちょっと、待ってよ!」
「ごめん!!」

ダニエルはペコリと頭を下げると、一目散に客間を飛び出した。
あえて見ないようにしたから、ルイーズがどんな顔をしていたかは分からない。
でも見ていたら、きっとまた心が揺らいでしまうと分かっていたから、仕方がなかったのである。

自室へ逃げ込んで扉を閉めたところで、ダニエルは呟いた。

「終わった……。
あとは、ジュリアと結婚して、幸せになるだけだ…….」

ルイーズの分までジュリアを幸せにしよう。
そして自分も幸せになるんだ。

そう決意して、ダニエルは小さく微笑んだのだった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

侯爵令嬢はデビュタントで婚約破棄され報復を決意する。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 第13回恋愛小説大賞に参加しています。応援投票・応援お気に入り登録お願いします。  王太子と婚約させられていた侯爵家令嬢アルフィンは、事もあろうに社交界デビューのデビュタントで、真実の愛を見つけたという王太子から婚約破棄を言い渡された。  本来自分が主役であるはずの、一生に一度の晴れの舞台で、大恥をかかされてしまった。  自分の誇りのためにも、家の名誉のためにも、報復を誓うのであった。

私達、政略結婚ですから。

恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。 それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。

姉と婚約していた王太子が婚約破棄して私を王妃にすると叫んでいますが、私は姉が大好きなシスコンです

みやび
恋愛
そもそも誠意もデリカシーのない顔だけの奴はお断りですわ

お花畑な人達には付き合いきれません!

ハク
恋愛
作者の気まぐれで書いただけ。

【短編完結】記憶なしで婚約破棄、常識的にざまあです。だってそれまずいって

鏑木 うりこ
恋愛
お慕いしておりましたのにーーー  残った記憶は強烈な悲しみだけだったけれど、私が目を開けると婚約破棄の真っ最中?! 待って待って何にも分からない!目の前の人の顔も名前も、私の腕をつかみ上げている人のことも!  うわーーうわーーどうしたらいいんだ!  メンタルつよつよ女子がふわ~り、さっくりかる~い感じの婚約破棄でざまぁしてしまった。でもメンタルつよつよなので、ザクザク切り捨てて行きます!

婚約破棄する王太子になる前にどうにかしろよ

みやび
恋愛
ヤバいことをするのはそれなりの理由があるよねっていう話。 婚約破棄ってしちゃダメって習わなかったんですか? https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/123874683 ドアマットヒロインって貴族令嬢としては無能だよね https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/988874791 と何となく世界観が一緒です。

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

愚者(バカ)は不要ですから、お好きになさって?

海野真珠
恋愛
「ついにアレは捨てられたか」嘲笑を隠さない言葉は、一体誰が発したのか。 「救いようがないな」救う気もないが、と漏れた本音。 「早く消えればよろしいのですわ」コレでやっと解放されるのですもの。 「女神の承認が下りたか」白銀に輝く光が降り注ぐ。

処理中です...