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苦しい言い訳
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室内は重苦しい空気が漂っていた。
王宮の一室に、シャロンとノア、それからブレントと、彼の父親であり国王であるレオナルドが向かい合って座っていた。
シャロンとノアがレオナルドに今まであった出来事を全て話した為、すぐさまブレントが呼ばれたのである。
皆の視線を受けて幾分青ざめている彼は、いつもの自信満々な様子とは全く違って、情けなく見えた。
長い沈黙を破ったのは、レオナルドだった。
「それで……今ブーケ伯爵が言ったことに、身に覚えはあるのか?」
「お、覚え……?
そんな大したことは、何もしていないよ!」
ブレントの言葉にノアはギロリと彼を睨みつけた。
レオナルドも眉間にしわを寄せ、息子を冷たい目で見据えながら続けた。
「その言葉、神に誓えるのか?」
「あ、え、えっと……僕としては、何もしていないようなものだと思うんだけど。
そんなに怒られるような事は、ほとんど、何も……まだ……」
途端に声が弱々しくなるものだから、レオナルドは呆れたように両手の中に顔を埋めてしまった。
「まったくお前というやつは……」
そして苦い顔をして息を吐き出した。
「話を聞くところによると、どうやらお前が手を出していたのは、シャロン嬢だけではないようではないか。
仮にもお前は、将来この国の国王になろうという男なんだぞ。
見境なく女性に手を出すというのは、決して誇れることではないことくらい、分かっているだろう」
「そ、それは……もちろん……」
「ではもうこのような遊びは止めるんだ。
シャロン嬢にももう近づくんじゃない」
「あ、遊びなんかじゃないよ!」
すっかりプライドを傷つけられたブレントは、顔を歪めながら苦し紛れに喚いた。
「僕は……そう、そうだ!
シャロンのことを心から愛しているんだ!
彼女の体調が良くなったら正式にプロポーズしようと思っていたんだよ。
そろそろお父様にも伝えようと思っていたところだったんだ」
「なっ!」
シャロンは思わず声を上げた。
「嘘ですわ!
殿下、そのような嘘はおやめください」
必死になって言ったが、ブレントは、咄嗟に口にしたにしては良い案だと思ったらしい。
妙な自信に目を輝かせると、打って変わって余裕たっぷりな口調で続けた。
「嘘なんかじゃないさ。
僕はきみを愛しているんだ。
一生そばにいてほしいと心から思っているよ」
ブレントはシャロンの前に進み出て、嫌がる彼女の手を取ると、無理矢理に唇を押しつけた。
「結婚しよう」
あまりに予想外の展開に、シャロンは茫然としてしまったが、すぐに我に返った。
「申し訳ございませんが、お断りさせていただきます」
精一杯毅然と言ったが、ブレントは小さく笑っただけだった。
ノアも抗議の声を上げながら、ズカズカと二人の元へとやって来る。
その一部始終をレオナルドは呆れたように見ていたが、やがて手を上げた。
途端に皆が口を閉ざし、室内はしんと静まり返る。
皆の視線を一身に集めながら、レオナルドは息子を見つめた。
「シャロン嬢を愛しているというのだな?」
「はい」
「そして本当に結婚を望んでいると?」
「ええ、その通りです」
「望み通りにすれば、以後は行動を慎んでくれるな?」
「もちろん!」
レオナルドは大きく息を吐き出してから、渋い顔で頷いた。
「では結婚しろ」
「そんな!陛下!」
ノアの声が響く。
しかしレオナルドはヒラヒラと手を振ると
「こんな男でもこの国の王子だ。
そのプロポーズを受けたということが、どういうことか……分からないわけではあるまい?」
と低い声で言った。
「しかし……」
それでもノアは粘ろうとしたが、正式な王家の申し込みとなれば、断ることなど出来はしない。
ここで逆らえば、何をされるか分からないという恐怖を感じて、シャロンはノアの手を取った。
ハッとした彼が振り返る。
その目を見ながら、シャロンはゆるゆると首を横に振った。
「何も言うな、シャロン。
どうにか策を考えよう。
こんなのは、いくらなんでも……」
「いいえ、お父様」
ノアの肩越しに、ニヤついた笑みを浮かべてこちらを見つめるブレントと目が合った。
彼は、思い通りに事を動かす為なら、どんな酷い事でも平気でするだろう。
ノアにもスタンリーにも被害が及ぶと思えば、もうシャロンは自分の幸せなど諦める他なかった。
自分さえ我慢すれば、全てがうまくいくのだ。
その思いが、彼女の口を動かした。
「……分かりました」
シャロンはまっすぐにブレントの目を見て言った。
「謹んでお受けします」
彼女の言葉を聞いて、ブレントが勝ち誇ったように顔を輝かせる。
ノアが振り返り、顔を真っ青にして娘の手を握りしめた。
と、その時だ。
大きな音を立てて、足音が近づいてきたのである。
そして追いかけるように男達の怒鳴り声が響いてくる。
皆が唖然としながら見つめる中、バタンと扉が開き、飛び込んできたのはなんとリネットだった。
「お待ち下さい!
殿下と結婚するのは、この私ですわ!」
王宮の一室に、シャロンとノア、それからブレントと、彼の父親であり国王であるレオナルドが向かい合って座っていた。
シャロンとノアがレオナルドに今まであった出来事を全て話した為、すぐさまブレントが呼ばれたのである。
皆の視線を受けて幾分青ざめている彼は、いつもの自信満々な様子とは全く違って、情けなく見えた。
長い沈黙を破ったのは、レオナルドだった。
「それで……今ブーケ伯爵が言ったことに、身に覚えはあるのか?」
「お、覚え……?
そんな大したことは、何もしていないよ!」
ブレントの言葉にノアはギロリと彼を睨みつけた。
レオナルドも眉間にしわを寄せ、息子を冷たい目で見据えながら続けた。
「その言葉、神に誓えるのか?」
「あ、え、えっと……僕としては、何もしていないようなものだと思うんだけど。
そんなに怒られるような事は、ほとんど、何も……まだ……」
途端に声が弱々しくなるものだから、レオナルドは呆れたように両手の中に顔を埋めてしまった。
「まったくお前というやつは……」
そして苦い顔をして息を吐き出した。
「話を聞くところによると、どうやらお前が手を出していたのは、シャロン嬢だけではないようではないか。
仮にもお前は、将来この国の国王になろうという男なんだぞ。
見境なく女性に手を出すというのは、決して誇れることではないことくらい、分かっているだろう」
「そ、それは……もちろん……」
「ではもうこのような遊びは止めるんだ。
シャロン嬢にももう近づくんじゃない」
「あ、遊びなんかじゃないよ!」
すっかりプライドを傷つけられたブレントは、顔を歪めながら苦し紛れに喚いた。
「僕は……そう、そうだ!
シャロンのことを心から愛しているんだ!
彼女の体調が良くなったら正式にプロポーズしようと思っていたんだよ。
そろそろお父様にも伝えようと思っていたところだったんだ」
「なっ!」
シャロンは思わず声を上げた。
「嘘ですわ!
殿下、そのような嘘はおやめください」
必死になって言ったが、ブレントは、咄嗟に口にしたにしては良い案だと思ったらしい。
妙な自信に目を輝かせると、打って変わって余裕たっぷりな口調で続けた。
「嘘なんかじゃないさ。
僕はきみを愛しているんだ。
一生そばにいてほしいと心から思っているよ」
ブレントはシャロンの前に進み出て、嫌がる彼女の手を取ると、無理矢理に唇を押しつけた。
「結婚しよう」
あまりに予想外の展開に、シャロンは茫然としてしまったが、すぐに我に返った。
「申し訳ございませんが、お断りさせていただきます」
精一杯毅然と言ったが、ブレントは小さく笑っただけだった。
ノアも抗議の声を上げながら、ズカズカと二人の元へとやって来る。
その一部始終をレオナルドは呆れたように見ていたが、やがて手を上げた。
途端に皆が口を閉ざし、室内はしんと静まり返る。
皆の視線を一身に集めながら、レオナルドは息子を見つめた。
「シャロン嬢を愛しているというのだな?」
「はい」
「そして本当に結婚を望んでいると?」
「ええ、その通りです」
「望み通りにすれば、以後は行動を慎んでくれるな?」
「もちろん!」
レオナルドは大きく息を吐き出してから、渋い顔で頷いた。
「では結婚しろ」
「そんな!陛下!」
ノアの声が響く。
しかしレオナルドはヒラヒラと手を振ると
「こんな男でもこの国の王子だ。
そのプロポーズを受けたということが、どういうことか……分からないわけではあるまい?」
と低い声で言った。
「しかし……」
それでもノアは粘ろうとしたが、正式な王家の申し込みとなれば、断ることなど出来はしない。
ここで逆らえば、何をされるか分からないという恐怖を感じて、シャロンはノアの手を取った。
ハッとした彼が振り返る。
その目を見ながら、シャロンはゆるゆると首を横に振った。
「何も言うな、シャロン。
どうにか策を考えよう。
こんなのは、いくらなんでも……」
「いいえ、お父様」
ノアの肩越しに、ニヤついた笑みを浮かべてこちらを見つめるブレントと目が合った。
彼は、思い通りに事を動かす為なら、どんな酷い事でも平気でするだろう。
ノアにもスタンリーにも被害が及ぶと思えば、もうシャロンは自分の幸せなど諦める他なかった。
自分さえ我慢すれば、全てがうまくいくのだ。
その思いが、彼女の口を動かした。
「……分かりました」
シャロンはまっすぐにブレントの目を見て言った。
「謹んでお受けします」
彼女の言葉を聞いて、ブレントが勝ち誇ったように顔を輝かせる。
ノアが振り返り、顔を真っ青にして娘の手を握りしめた。
と、その時だ。
大きな音を立てて、足音が近づいてきたのである。
そして追いかけるように男達の怒鳴り声が響いてくる。
皆が唖然としながら見つめる中、バタンと扉が開き、飛び込んできたのはなんとリネットだった。
「お待ち下さい!
殿下と結婚するのは、この私ですわ!」
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