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震える肩

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シャロンはこのまま、どこか遠くへと逃げ出してしまいたかったが、そう上手くは行かなかった。
家に帰るなり、モニカがすぐにシャロンを部屋へと押し込み、外からカギをかけてしまったのである。

窓から逃げ出そうかとさえ思って、外を見下ろしたものの、門の側に立つ人影を見つけて躊躇った。
それはどう見ても、ブレントの従者であるアントンだったのである。
間違いなくシャロンを見張っているのだろうと思うと、窓から逃げ出すのは無理があった。

それでも、夜が明ける頃には帰るかもしれないと淡い期待を抱いていたのに。
ようやく彼が動きを見せたと思った時には、交代で現れた男が全く同じ場所で見張りを始めたものだから、ガッカリしてしまった。

「はあ……なんで今さらこんな目にあわないといけないのかしら。
とにかくスタンリーに会いたいわ。
もういつもの待ち合わせ時間はとっくに過ぎたし、何事かと心配しているかもしれない……」

すっかり日が上った空を見上げて、シャロンは目を細めた。
一睡もしていない目に、輝く太陽はあまりに眩しい。

夜になれば、また王宮から馬車が迎えに来るのだろう。
その前になんとしても逃げ出してしまわなければ。

シャロンは首にかけたロザリオを握りしめ、助けを求めるように、今は亡き母を思った。

しかし脱出方法を懸命に考えながら、部屋の中を行ったり来たりするのを繰り返しても、良い考えなど浮かばぬままに、時間ばかりが無情にも過ぎていく。
そして結局、彼女の意思など無視されたまま、またしてもブレントが用意したドレスに飾り立てられているうちに、迎えの馬車が到着してしまった。

「シャロン様、さあ、お手を」

アントンに微笑まれたところで、嬉しくもなんともない。
シャロンは無表情を決め込んで、渋々馬車に乗り込む。
その時、予想外の声が飛び込んできた。

「お待ち下さい!
私も参りますわあ!」

2人が振り向く間も無かった。
素早くリネットが駆け込んでくると、呆気に取られているアントンの前を素通りして、さっさとシャロンの向いに腰を下ろしてしまったのである。

これに慌てたのは、もちろんアントンだった。

「あ、あの、リネット様。
私がお連れするように言われているのは、シャロン様の方でして……」
「あら、そんなの分かっていますわあ!
でも、お姉様も行くんだし、多い分には構わないでしょう?」

と、あっけらかんと笑ってから、リネットはアントンの手を握りしめ、上目で見つめた。

「ね?お願いしますう」

潤んだ瞳で見つめられれば、アントンの顔がみるみる赤くなっていく。
何も言い返せなくなってしまった彼は、とうとうボソリと「分かりました」と呟くと、自分も馬車へと乗り込んだのだった。

王宮へ到着し、ブレントの前に立ったシャロンとリネットを見て、ブレントは目をパチパチっとした。
しかしアントンがしかめ面をして首を振るのを見ると、笑顔を浮かべ直してリネットに顔を向けた。

「リネット嬢まで来てくれたのですね」
「ええ!私、どうしてももう一度、殿下にお会いしたかったんですう」
「それは嬉しいですね」

ブレントはニコニコしながらも、リネットの豊かな胸元に目を向けた。
今日の彼女は随分胸の開いたドレスを着ているとは思っていたが、どうやらこの為だったようだ。
わざとらしく前屈みになるリネットに、すっかり目が釘付けのブレントだったが、やがて気を取り直したというように首を振った。

「ではリネット嬢、すみませんが席を外して頂けますか」

当然リネットは渋ったものの、そこはすかさず現れたアントンが、彼女を強引に連れ出していく。
2人の姿が見えなくなると、ブレントは歩み寄ってくるなりシャロンの手を取った。

「シャロン、待っていたよ」

ブレントが背後の分厚いカーテンを開くと、人々の話し声や音楽が、どっと流れ込んできた。
手すりから階下を見下ろすと、談笑する人やダンスをする人の姿が見える。

どうやらここはホールの2階だったようだ。
夜会を楽しむ人々を眺めているうちに、壁際にポツンと立つスタンリーの姿を見つけて、シャロンはハッとした。

わずかに肩を揺らしたのに気がついたのだろう。
ブレントが嬉しそうな声を上げた。

「気づいたかい?
今日は彼も招待したんだよ。
彼の姿を見れば、キミの決心も固まるかな、と思ってね」
「え……?
それは、どういう……」
「それはもちろん」

ブレントはシャロンの肩を抱いていた手に力を込めると、グッと抱き寄せて頬に唇を押し当てた。

「俺のものになる、という決心さ」
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