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怪しい人影
しおりを挟む「いい女だな……」
ブレントは馬車を停めさせると、刺繍の施された贅沢なカーテンの隙間から、目を細めてシャロンを見つめていた。
それに気がついた従者のアントンは、ブレントの後ろから窓を覗き込み、彼の視線の先を辿っていく。
そこに仲睦まじく微笑み合いながら歩くスタンリーとシャロンの姿をみとめると、眉を吊り上げ、わざとらしく咳払いした。
「殿下、次の予定まで時間がありません。
出発してよろしいでしょうか」
しかし彼の言葉など全く耳に入ってはいないらしいブレントは、カーテンを離そうともせずに、独り言を呟いている。
「……あの子、どこかで見た事があるような気がするんだよな。
でも明らかに貴族じゃないし……俺の勘違いか?
男の方は確かに王宮で言葉を交わしたことがあるはずだが。
あの男の使用人か……それとも……」
「殿下!
そろそろ、馬車を出してよろしいでしょうか?
……よろしいですね!?」
完全に無視されたアントンが大声を上げると、ブレントはしかめ面で振り向いた。
「うるさいな、分かったよ!
さあ、馬車を出せ」
これにアントンも安心して浮かせていた腰を下ろし、座席に座り直したのだけれど。
指示に従って再び馬車がスピードを上げ始めたところで、ブレントに強く手首を握られて驚いた。
「な、なんですか……?」
ブレントはニヤリと笑った。
「さっきの女を追え。
どこの誰か突き止めるんだ」
「え!?わ、私がですか!?
で、ですが……あれは、どこかの使用人でしょう?
あんな汚らしい女、殿下には相応しくないですよ」
「いいから、行け!」
「ええ!?」
ブレントはアントンが言いかけるのにも構わずに彼の腕を力一杯引っ張ると、反対の手で扉を開けた。
そして悲鳴をあげるアントンを、スピードを上げて走り続けている馬車から蹴り落としてしまった。
「う、うわあ!!」
なんとか頭だけは守ったものの、体中を石畳に打ち付けながら、転がり落ちるアントン。
その哀れな従者に、ブレントはヒラヒラと手を振った。
「じゃあなー、報告楽しみにしているぞー!」
そして、さっさと扉を閉めてしまうと、ブレントは満足そうに深く座席にもたれた。
が、すぐにハッとして顔を上げた。
「そうか!思い出したぞ!
あれはこの前、俺のベッドから逃げ出した女だ!」
ブレントの脳裏に、寝室から逃げ出して行くシャロンの後ろ姿がよぎった。
今の今まで、彼女のことなど、すっかり忘れていたのである。
ブレントは、いつかはこの国のトップに立つ男だ。
その為、彼の地位を目当てに、言い寄ってくる女性達は後を絶たない。
だからあの夜、思いがけず逃げられたシャロンの事を一時は気にしたものの、翌日になればすぐに忘れてしまっていたのだ。
なにしろ、1人の娘のことなど考えている間も無く、次々に新しい女性が現れ、甘えた声を上げて、しなだれかかってくるのだから。
しかし今日改めてシャロンを見たブレントの胸は熱く震えていた。
押し倒せば笑顔になる女たちに飽き飽きしていた彼にとって、自分を拒む女性など初めてだった。
ブレントはニヤニヤ笑いを浮かべながら、アゴをさすった。
「あの女……名前は何と言ったか。
どこへ隠れようと、逃がさないぞ。
今度こそ、俺のものにしてやろう」
そしてダンスをした時に触れたシャロンの柔らかい肌を思い出し、舌なめずりをしたのだった。
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