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少しでも遠くへ
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「こ、こんにちは」
かすれた声で呟いたものの、まともにスタンリーの目を見ることが出来ず、シャロンはすぐに顔を伏せた。
ようやく会えたという喜びよりも、もう二度と会いたくなかったという黒い感情の方が、急激に大きさを増し、胸の中で渦巻いていく。
シャロンは顔を上げぬまま、手早くスタンリーを客間に案内すると、彼が何か言いかけているのにも構わずに、お茶の支度をするからと部屋を出た。
そして何かに追われでもするように、早足でリネットの部屋へ向かった。
「リネット。
スタンリー様が、いらっしゃったわよ」
あまりに急いで来た為、息が切れる。
そんなシャロンの顔を、ポカンと数秒見つめてから、リネットは素っ頓狂な声を上げて立ち上がった。
「ええっ!?」
なんだか妙に慌てているような気もしたが、シャロンにはどうでもいいことだった。
一刻も早くこの場を去りたい。
そのことばかりが頭の中に浮かんでは消えていく。
シャロンが暗い顔をしているのに気がついたのだろうか。
少し落ち着きを取り戻したらしいリネットは、義姉を見ながらニヤリと笑った。
「スタンリー様は、お姉様に会いにいらっしゃったのではないの?」
「……まさか、そんなわけないでしょう。
彼が私に会いにいらっしゃる理由などないわ」
シャロンは間髪入れずに呟く。
そして重く息を吐き出してから続けた。
「冗談はそのくらいにして、早く支度をして客間に行きなさいな。
お待たせしては申し訳ないでしょう」
「はあい」
リネットはまだニヤニヤ笑いを浮かべつつも、素直に返事をしてから、鏡を覗き込み、唇に紅をさした。
しかしすぐに眉をひそめると、鏡越しにシャロンを上目で見ながら、ぐっと唇の端を上げた。
「あら、紅は必要なかったかしら。
またキスされてしまったら、スタンリー様についてしまうものねえ」
わざわざ大きい声で言っているのだから、もちろんシャロンの反応を待っているのだろう。
それが分かっているから、シャロンはもう答えたくなくて。
ただ黙って肩をすくめるだけに留めておいた。
するとリネットは、ちょっとムッとしたように唇を突き出したが、気を取り直して言った。
「お姉様はこれからお買い物に行くんでしょう?
私とスタンリー様の邪魔はしないでね」
「……そんなこと、するわけないでしょう」
「そうよね。じゃあさっさとお買い物に行ってちょうだい。
お茶は、他の使用人に客間まで持って来させてねえ。
気になるでしょうけど、お姉様は来ちゃダメよお」
唇に人差し指を当てて意地悪く微笑むリネットに、シャロンは適当に頷いた。
もう反論する気力も無かったし、わざわざ頼まれなくても、スタンリーとリネットの様子など見たくも無かったのだから。
シャロンはリネットの部屋を出ると、台所に戻り、アリアにお茶の支度を頼んだ。
それから買い物カゴをつかんで歩き出す。
しかし、廊下を抜け、使用人の使う裏口へと向かっていたところで、はたと足を止めた。
遠くでリネットの声が聞こえた気がしたのである。
耳をすまして、辺りを見回してから、頷いた。
やはりそうだ。
何を言っているかまでは分からないが、明らかにリネットの甲高い声が、客間の方から聞こえてくる。
そのキーキー声の合間に、『お姉様』という言葉が聞こえた気がして、シャロンはギクリとした。
ここまで響いてくるということは、だいぶ大きな声を出しているのだろう。
いったい何を話しているというのか。
リネットは不思議に思ったものの、すぐにまた歩き出した。
せっかく2人のことを頭の中から追い出そうとしているというのに。
気がつけば、またしても2人のことを考え始めていることに、我ながらウンザリした。
そして頭を大きく振ると、耳を手で塞ぎながら、早足で裏口へと向かった。
早くここから逃げ出さなければ。
少しでも遠くへ行かなければ。
そう思いながら、ブーケ家の敷地を出てもなお、早足で歩き続けたのだった。
かすれた声で呟いたものの、まともにスタンリーの目を見ることが出来ず、シャロンはすぐに顔を伏せた。
ようやく会えたという喜びよりも、もう二度と会いたくなかったという黒い感情の方が、急激に大きさを増し、胸の中で渦巻いていく。
シャロンは顔を上げぬまま、手早くスタンリーを客間に案内すると、彼が何か言いかけているのにも構わずに、お茶の支度をするからと部屋を出た。
そして何かに追われでもするように、早足でリネットの部屋へ向かった。
「リネット。
スタンリー様が、いらっしゃったわよ」
あまりに急いで来た為、息が切れる。
そんなシャロンの顔を、ポカンと数秒見つめてから、リネットは素っ頓狂な声を上げて立ち上がった。
「ええっ!?」
なんだか妙に慌てているような気もしたが、シャロンにはどうでもいいことだった。
一刻も早くこの場を去りたい。
そのことばかりが頭の中に浮かんでは消えていく。
シャロンが暗い顔をしているのに気がついたのだろうか。
少し落ち着きを取り戻したらしいリネットは、義姉を見ながらニヤリと笑った。
「スタンリー様は、お姉様に会いにいらっしゃったのではないの?」
「……まさか、そんなわけないでしょう。
彼が私に会いにいらっしゃる理由などないわ」
シャロンは間髪入れずに呟く。
そして重く息を吐き出してから続けた。
「冗談はそのくらいにして、早く支度をして客間に行きなさいな。
お待たせしては申し訳ないでしょう」
「はあい」
リネットはまだニヤニヤ笑いを浮かべつつも、素直に返事をしてから、鏡を覗き込み、唇に紅をさした。
しかしすぐに眉をひそめると、鏡越しにシャロンを上目で見ながら、ぐっと唇の端を上げた。
「あら、紅は必要なかったかしら。
またキスされてしまったら、スタンリー様についてしまうものねえ」
わざわざ大きい声で言っているのだから、もちろんシャロンの反応を待っているのだろう。
それが分かっているから、シャロンはもう答えたくなくて。
ただ黙って肩をすくめるだけに留めておいた。
するとリネットは、ちょっとムッとしたように唇を突き出したが、気を取り直して言った。
「お姉様はこれからお買い物に行くんでしょう?
私とスタンリー様の邪魔はしないでね」
「……そんなこと、するわけないでしょう」
「そうよね。じゃあさっさとお買い物に行ってちょうだい。
お茶は、他の使用人に客間まで持って来させてねえ。
気になるでしょうけど、お姉様は来ちゃダメよお」
唇に人差し指を当てて意地悪く微笑むリネットに、シャロンは適当に頷いた。
もう反論する気力も無かったし、わざわざ頼まれなくても、スタンリーとリネットの様子など見たくも無かったのだから。
シャロンはリネットの部屋を出ると、台所に戻り、アリアにお茶の支度を頼んだ。
それから買い物カゴをつかんで歩き出す。
しかし、廊下を抜け、使用人の使う裏口へと向かっていたところで、はたと足を止めた。
遠くでリネットの声が聞こえた気がしたのである。
耳をすまして、辺りを見回してから、頷いた。
やはりそうだ。
何を言っているかまでは分からないが、明らかにリネットの甲高い声が、客間の方から聞こえてくる。
そのキーキー声の合間に、『お姉様』という言葉が聞こえた気がして、シャロンはギクリとした。
ここまで響いてくるということは、だいぶ大きな声を出しているのだろう。
いったい何を話しているというのか。
リネットは不思議に思ったものの、すぐにまた歩き出した。
せっかく2人のことを頭の中から追い出そうとしているというのに。
気がつけば、またしても2人のことを考え始めていることに、我ながらウンザリした。
そして頭を大きく振ると、耳を手で塞ぎながら、早足で裏口へと向かった。
早くここから逃げ出さなければ。
少しでも遠くへ行かなければ。
そう思いながら、ブーケ家の敷地を出てもなお、早足で歩き続けたのだった。
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