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夢のような夜

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頭上を照らすシャンデリアのロウソクの光が、自分だけに注がれているのではないか。
その時のシャロン・ブーケ伯爵令嬢は、本気でそんなことを考えてしまうほどに、心が躍っていた。

なにしろ今、彼女の目の前にはこの国の王子であるブレント・ハワードが床に膝をつき、彼女の手に口付けているのである。
これが夢でないなら、もう自分は二度と夢は見られないだろうとさえ思える。

しかし幸せなことに、これは夢ではなかった。
シャロンは社交界デビューをした、まさにその夜に、ブレントに見初められたのである。

「一目見て、すぐに分かりました。
あなたは私の運命の人です。
もうこの手を離したくない……」

彼が眩しそうに目を細めながらシャロンを見上げ、甘く囁くのを、彼女は足を震わせながら聞いていた。
そしてダンスに誘われると、断るはずもなく、促されるがままに彼の手を取った。

ダンスホールにいる誰もが、自分たちに熱い視線を送っている。
そう思うだけで、頬が赤らんでくる。
そんな彼女を愛おしそうにブレントが見下ろす。
その眼差しを感じて、シャロンは思わず目を伏せた。

この国1番の美貌を誇る王子の瞳にうつっているのが、この自分だなんて信じられなかった。
おとぎ話だったら、ここで『めでたしめでたし』となるところだ、なんて浮かれた考えが頭に浮かんだ。

もう何曲立て続けに踊っただろう。
興奮していたせいで今まで気にならなかったが、さすがに息が切れてくる。

それに気がついたのだろう。
音楽が止まると同時に足を止めたブレントが、シャロンの腰に手を回して囁いた。

「疲れたでしょう?
少し休みましょうか」

言われるがまま、シャロンは彼について歩き出した。

すれ違う誰もが、2人の為に笑顔で道を空けてくれる。
優雅に腰を屈めて頭を下げる人々の間を、ブレントは何でもない顔をして歩いていたが、シャロンはそれだけで気分が高揚していた。

本当にお姫様にでもなったような気分だったのである。
もちろん、皆が頭を下げているのは、シャロンにではなくブレントに対してだと、頭では分かっていたけれど。

浮かれた足取りで進むうちに、いつしか人気のない廊下にやって来ていた。

さすがは王宮だ。
行っても行っても廊下は続き、次々と現れる扉も途切れることはない。
感心しながら辺りを見回していたシャロンに、ブレントは足を止めて言った。

「さあ、ここです。
どうぞ」
「はい、ありがとうございます……」

笑顔で言い、一歩中に入ったシャロンは目を見開いた。
目に飛び込んできたのは、部屋の真ん中に鎮座する、大きすぎるほど大きなベッドだった。

すぐに、ブレントが自分をここに連れてきた理由に思い当たった。
顔に張り付いていた笑みが、音を立てて崩れていくような気がした。

「こ、ここは……」

かろうじて絞り出した声は、明らかに震えてしまっていた。
しかしブレントは気にもとめずに扉を閉じると、彼女の肩を抱いて楽しげに言った。

「僕の寝室です。
ああ、だからって、そんなに緊張しなくても大丈夫」

ブレントが長い腕をシャロンの体にまわして、力強く抱き寄せた時には、情けないことにシャロンはすっかり青ざめてしまっていた。

まさかこんなことになろうとは、夢にも思わなかったのである。

「あ、あの、殿下……」
「ああ、可愛いシャロン……。
一晩中、一緒にいてくれるだろう?」

ブレントが唇を寄せてくるのを見て、咄嗟にシャロンは顔を背けた。
途端にブレントの目が丸くなる。

が、なぜか彼は楽しそうなクスクス笑いを漏らすと、今度は彼女の髪飾りに手をかけた。
カシャリと音がして外れると、結い上げていた豊かな金色の髪が流れ落ちる。

その艶やかな一房をすくい上げ、唇をつけるブレントに、どうしようもなく鳥肌がたってしまう。

そして自分を見つめるブレントの目がギラリと光ったのを見るや否や、シャロンはペコリと頭を下げると、弾かれたように駆け出していた。

「も、申し訳ございません!
私……私、これで失礼します!!」

振り返ることすらせずに、叫んだ。
ブレントは何か言っていたかもしれないが、足音にかき消されたせいで何も聞こえなかった。

足を止めてはいけない。

そのことばかりがグルグルと頭の中を駆け巡る。
シャロンは長いスカートを膝が見えそうになる程たくし上げ、懸命に走った。

誰に見られても構わなかった。
ただただ一刻も早く家に帰ることだけを願っていた。

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