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第三部 オーブを求めて

閑話 ムッツゴクロウの昔話

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 昔々、あるところにモンスターをこよなく愛する青年がいました。
 彼は幼い頃から、なぜかモンスターに好かれる体質なのもあり、普段からモンスターと一緒に遊んで成長していった。

 両親は悩みました。
 息子は可愛いが、息子が連れてくるモンスターは怖い。

 そんな両親の悩みを知ってか知らずか、少年(ムッツゴクロウ)は黙って家を出ることにしました。

 彼は16歳になると同時に旅に出る。
 と言っても、一人旅ではなく、付き添うのは、幼き頃から遊んでいたナイトスライムやゴーレム等のモンスター達。

 ムッツの旅は、偏に(ひとえに)モンスターと静かに暮らせる楽園を探す事。

 途中にある町などに行くときは、森に仲間を隠し、町で必要な物を購入。
 当然、旅立つ前に冒険者ギルドでカードをもらい、自分の職業は確認している。

 ムッツの職業は、やはり

 魔物つかい

 だった。


 それから、10数年旅を続ける事で、人が住むことができない断崖の絶壁がある山と森を見つける。

 そこに辿り着いた時、ムッツは、やっと自分の旅が終わる事を確信した。
 この場所こそが、自分が求めていた土地。
 そう、ムッツとモンスターにとって楽園になると直感したのだった。


 彼はそこで、更に沢山のモンスターに囲まれて生活をする。
 ムッツにとって、そこでの生活こそが自分の生きる意味であり、幸福そのものであったのだ。

 しかし、そこでまた十数年暮らしていると、その楽園が人族にとって噂になってしまう。


 伝説のモンスターや強い魔物が沢山いる山がある。


 この噂が冒険者ギルドや近郊のお城に広まると、次々に腕自慢の冒険者や兵士達が訪れることになった。

 できるだけ争いを避けたいムッツは、兵士を派遣した国の王様に直談判に赴く。
 しかし、あろうことかその王様は、ムッツの事を魔王の手先と呼び、彼を拘束した。


 何もしていないムッツは、牢屋に10年入れられる事になる。
 しかし、彼に悔いはない。
 なぜならば、彼が牢屋に入ることで、楽園に冒険者や兵士の派遣を辞めさせることを約束したからだ。

 それゆえにムッツは抵抗することなく、それに従った。

 彼は王を信じたのである。
 大好きなモンスター、いや、家族の為ならば10年位牢屋に入る事等、なんのためらいもない。
 そんな彼は牢屋という何もできない空間にいながらも、常に穏やかな表情で暮らし始める。
 
 
 時が流れムッツは50歳になった。
 その国が魔王軍に襲われ、王が死んだことで、彼は解放された。
 新しく王に付いた者は、魔物を極度に恐れたため、魔物に好かれているムッツを拘束することで、また魔王軍に襲われるのではないかと恐怖したのだった。
 

 そんな事を知らないムッツは、思いのほか早く牢屋から出れる事を喜び、直ぐに家族がいる楽園へと向かう。

 そして帰りの道中で、マーダ神殿を通ることから、女神様に早く出ることができた事のお礼を兼ねて、お祈りを捧げに行くことに決めた。

 ムッツは、女神様に感謝の祈りを捧げたところ、自分が魔物つかいの上級職である【魔心】に転職できることを聞く。
 彼は、より魔物の事がわかるようになれるならばと、喜んで【魔心】に転職した。 


 そこから、森を越え、山を越え、やっとのことでムッツは家族といえるモンスター達が待つ楽園に帰還したーーが、おかしい。

 途中の道もそうだが、モンスターがやたらと少ないのだ。
 嫌な予感を感じながらも、我が家のある森の奥まで行くと、そこは、明らかに大規模な戦闘があったと思われる跡が残っており、モンスターと一緒に作った家も完全に破壊されていた。


「騙したな!!」


 ムッツは叫んだ。
 実を言うと、ムッツが牢獄に入れられて直ぐに、王は大規模な遠征隊をこの場所に派遣したのだ。

 ここにいるモンスター達は強いが、大軍を率いてきた人間に駆逐されてしまった。

 ムッツはその場に崩れ落ちると、溢れるばかりの涙をこぼす。
 一体自分は何のために牢屋に入ったのか……。

 一緒に育った家族達は、間違いなく自分の帰りを待っていたはずだ。
 それなのに……自分は……。

 自分の安易な考えを呪った。
 ただ魔物というだけで、力試しや魔石目当てで魔物を倒す人間を呪った。
 そして、家族が殺されている時に、何も出来なかった自分を呪った。


 ムッツは贖罪を兼ねて、その近くに沢山のお墓を作る。
 そして、自分もまた、このままここで家族達と一緒に朽ちていくことを決めた。
 彼はもう一週間、何も食べていない。


「ふぅ、これで全員の墓ができたかのぅ。また生まれ変わっても、魔物達に囲まれて暮らしたいのぅ……」

 そう言いながらムッツは岩に腰掛け、そして目を閉じる。
 彼の生命力は、もはやつきかけていた。
 後は天の迎えを待つのみ。

 その時だった、急に自分が腰掛けている岩が動き出したのだ。


 ピキピキピキピキ……。


 ムッツはその音を不思議に思いつつも、もうどうでもよかった為、気にもせず、目を瞑っている。


 が……


 パカっ!!


「キュイーー!!」


 なんとムッツが腰を欠けていたのは卵だった。
 それもドラゴンの。


 卵が割れた事で、ムッツは地面に倒れ込む。
 そして倒れたムッツの顔を何かがペロペロと舐め回した。


「キュイキュイ!!」


 そう、今孵化したばかりのドラゴンの赤ちゃんである。
 赤ちゃんは、生まれてすぐにムッツを目にして、彼を親だと認識したのだ。


「お前……。」


 その赤ちゃんドラゴンはつぶらな瞳でムッツを見つめる。
 その姿を見て、ムッツは再び号泣した。
 家族を全部失った日、あの日流した涙以降、決して出ることの無かった涙。

 涙はまだ枯れてはいなかったのだ。

 ムッツに向けられる無償の信頼と愛情。
 そして彼は奮い立った。


 自分がこの子を絶対に育て上げようと。


 今まさに死のうとしていた男の目に、魂が宿る。


「おぉ、よしよし。お腹空いたでちゅねー。今じぃじがご飯を取ってきてあげるからのう。」

 赤ちゃんドラゴンは、ムッツの言葉がわかるらしい。
 ムッツに撫でられて、気持ちよさそうに目を閉じると、言われた通り、その場でしばらくムッツを待ち続けた。

「しかし、見たことない魔物じゃのう。Tレックスに似てるから、今日からお前はT坊じゃ!」


「キュイキュイーー!」


 ムッツが持ってきたご飯を貪るように食べているT坊は、名前をもらって嬉しそうに鳴く。


 それからしばらく、二人はその場所で、本当の家族のように暮らし始める。
 ムッツもT坊も幸せだった。

 だがしかし、予想外な事にT坊は、あっという間に大きくなってしまったのだ。
 五年経った頃には、本物のTレックスより大きくなっていた。


「ふぅ……メシの準備が大変じゃのう、どれちょっと休憩するか……。」

 ムッツは大量の食料に挟まれて寝てしまう。
 T坊は雑食で何でも食べる為、食材を集めるのは難しくないが、その量が問題だった。

 今回も大量の食料を運び終えたムッツは、その場で一休みしようとしたところ、疲れからか睡魔に襲われ、そのまま食材に囲まれて眠ってしまった。

 そして今回に限って運が悪く、積み上げた食材が崩れ落ちてしまい、ムッツは見えなくなってしまった。

 そこに偶然通ったのが、T坊。
 いつもご飯はムッツと一緒に食べる為、食材を見ても普段なら食べないのだが、この日はたまたま凄くお腹が空いていた。
 
 まだまだ育ち盛りのT坊の燃費は悪く、悪い事だとは思ったけど、先に少しだけならばとつまみ食いをしようとしたのだ。


 パクっ……。
 ゴクッ!


 T坊の口は、大きくムッツゴクロウも一緒に飲み込む。


 ムッツはT坊の胃酸の熱さに目が覚め、直ぐに間違って食べられてしまった事に気づいた。
 そしてT坊は、ムッツを食べてしまった事に気づいていない。


 ムッツは焦る。
 そして、死ぬ事を覚悟したと同時に、自分の腕にはめてある【変化の腕輪】を思い出す。

 死ぬ前にこれを使ってモンスターに変化しようとしていたのだが、変化できるのは魔物だけではない。

 魔物になったところで死ねば同じだと考えたムッツは、ジフンの魂を腕輪に変化させる事に決めた。

 いつかこの腕輪を見つけた物が、魔物つかいである事を信じて。

「T坊……ごめんなぁ。いつか必ず迎えにいくから、それまで元気に暮らしててくれ……。」



 一方、T坊は、いつまで経っても戻ってこないムッツを心配して探し始める。
 だが、どこを探してもムッツは見つからない。

 仕方なく食材が置かれたところに戻ると、そこにムッツがいつも持っていた杖が置かれている事に気づいた。


 もしかして……。


 その時、初めて自分がムッツを誤って食べてしまったのではないかと考え、一生懸命胃の中にある物を吐き出す。

 しかし出てきたのは、ムッツが装備していた腕輪だけで、ムッツは出てこなかった。
 その腕輪を見て確信する。

 自分が、唯一の家族であるムッツを食べてしまった事に。


「グォォォォォん!!」


 涙を流す機能を体に持たないT坊であったが、その日から毎日、悲しい雄叫びを上げ続ける。
 しばらくは、食事もせず悲しみに明け暮れていたのだが、それからT坊は山に籠る事になる。

 最低限の食事と、時には冬眠のように体を仮死化して眠り、長い年月を過ごすのであった。


 眠っている時に見るのは、優しかったムッツとの思い出ばかり……。
 
 ムッツに会いたい。


 今日もまた、T坊は決して戻ってくる事のない大切な家族を思い、深く長い眠りにつくのであった。
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