大戦乱記

バッファローウォーズ

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命の花

勝機到来 最西端の激闘決着

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 場所は変わって、李洪が指揮する輝士隊の戦場。
大きく後退して戦況不利となっていた彼等は、キャンディの加勢を得て何とか態勢を立て直した末、回復した韓任を筆頭に巻き返しを図っていた。

 ナイツより急遽、右翼の全権を託された李洪は、自身が受け持つ戦場を見て黙考する。

(士気は五分まで回復した。陣形も完全に近いまで整い、ウォンデは韓任殿が止め、重秀には奥方様が当たっている。……だが、兵士一人一人の余力が乏しいのか、集団戦では想像以上の戦果が上がらない。私の用兵で補おうにも、ウォンデの副将の指揮が的確な上、鈴木金兵衛の撹乱が絶妙なところで邪魔をしてくる。……このままではジリ貧だ。何処かで決定打に繋がる一計を講じないと……)

 ウォンデ・重秀隊一万に対し、輝士隊は八千。
劣る兵数で互角に戦うからには、輝士隊の奮戦がものを言っているのは事実。
しかし互いが同じように兵力を失っていくようでは、いずれ押し負けるのも事実。

 李洪は各隊に指示を与えながら、何度も一発逆転の策を考える。
それは最前線で戦いながら、冷たい肌で戦況を感じとるキャンディも同じだった。

(……雨で、力が奮わない。晴れていれば全力で圧倒できるのに)

「動きに迷いを感じるぜ、狂い姫さんよ。俺を討ち取って全部ひっくり返したいようだが、そんなんじゃ雑賀の漢は討ち取れぇな」

「……はふふっ、余計な世話よ。なんなら案山子みたいに突っ立っててちょうだい」

「それは無理な相談だ。俺は兄貴と違って、戦うべくして生まれたからな。例えるなら、俺は銃弾よ! 派手に撃ち散らかすのが生来の性分ってな!」

「なら……派手に飛ばしてあげる!」

 高速で踏み込んだキャンディが、魔力を込めた右手を刀の様に振るった。

 だが、得物の長銃に魔力を込めた重秀は、その攻撃を容易に防ぐ。
速さ・威力・気迫ともに、普段のキャンディと比べて格段に劣る一撃の為、重秀ほどの強者なら造作もない事だった。

「おっとぉ……痺れるねぇ。綺麗な花には棘がある! 言葉通りだ」

「……余裕ね。嬉しくもあるけど、気に入らないわ」

 女相手では血沸き肉踊る死闘が出来ないのか、または美人に弱いだけなのか。
理由は定かではないが、重秀はキャンディに手加減していた。

 尤も、今のキャンディにはその状態で互角である為、好都合と言えば好都合だった。

(私か韓任殿が相対する敵将を倒さない限り、ここの戦力では勝ちを掴めないわ。李洪殿が根気よく粘ってくれてる間に……何とかしないと)

 サッと身を翻し、得意な間合いまで後退するキャンディ。
彼女は必要以上に全身を濡らす雨を拭い、ボソッと呟いた。

「ほんっとに……晴れてさえいればね」

「ん? ……何か言ったかい? 剣戟と雨のせいで聞こえんぜ」

「別に、何も言ってないわ」

 五感に長ける重秀さえも聞き落とすほどの、キャンディの呟き。
それは力の大部分を封印する、忌々しい雨に向けた恨み節だった。

 雑魚が相手なら、多少の弱体化は問題ない。しかし強者が相手となれば、話は別だ。
キャンディは確実に焦り、同時に怒りも抱いていた。重秀が感じ取った “動きの迷い” とは、正にそれである。

(くっ……!? ……本当にどうにかしないと……このままじゃ――えっ!?)

「…………おぃぃぃ、何か……ヤベェのが来たか?」

 先駆ける魔弾を弾き、続けざまに急接近した重秀の体術を躱したキャンディが、大きな気配を感じて目を見開く。
ほぼ同時に感じ取った重秀も、気配のする西側を僅かに一瞥した。

「りっ……李洪将軍! あれをご覧ください!」

「……あれは……! そんなまさか……!?」

 高所に陣取る輝士隊本陣でも、異変に気付いた側近が李洪に知らせていた。
驚愕の存在を視界に収めた李洪は、この戦場の誰よりも早くに勝利を確信する。

「ふっふっふっ! 佳境も佳境。派手にやっておるなぁ……!
――さぁて皆の衆。アレスの旗の下、積もり積もった屈辱を晴らさせてもらおうか!」

『オオオオォォッ!!!』

 アレス・エソドア率いるアレス軍二万が、突として姿を現したのだ。
悪天一喝の気炎とともに大旗が一斉に掲げられ、アレス家の旗印たる「天へ向かう白槍に、右の片翼」が盛大に靡く。

 彼等の登場に、覇攻軍連合も剣合国軍もただただ驚いた。
アレス軍は早くも突撃態勢に移行し、切っ先をウォンデ・重秀隊の背後に向ける。

「…………兄者。間に合ったは良いが、剣合国軍の様子は李醒の予想以上に押されているぞ。そんな奴等に加勢して、本当に大丈夫なのか?」

 軍大将 エソドアの傍には、彼の弟にしてアレス四兄弟の末子・ミケニスがいた。
剛将として名高い彼は、今回の決戦に兄の副将として従軍していた。

「ふっふっふ。私の計算通りにつき、問題ない問題ない」

「兄者の計算通りだと? ……では援軍を要請した李醒の読みが、端から間違っているわけではないか。それは尚更心配だ。自軍の戦況すら予想できぬ奴に呼ばれては、兄者の読みが当たったとしても不安しか残らぬ」

「ふふふ、直情直情。ミケニスはやはり、知的な顔に似合わぬ猛将よな」

「……猪武者と馬鹿にしておるのか、兄者よ」

「馬鹿になどせんよ。寧ろ、その真っ直ぐな性根が羨ましい。
――して、李醒の読みが外れた訳ではない。あやつも私も、読みは当てておる。……ただ単に、我等がわざと遅れただけよ。ゆえに、剣合国軍が押されておるは当然の事」

「……どういう意味だ? わざと遅れるにしても、李醒が用意した迂回路に無駄はなかったし、我等も出来る限り急いで進軍したつもりだったが……」

「ミケニス、お主は進軍中に私の体調が悪くなったのを、本気で信じたのか?」

「…………という事は演技か。道理で何度も休憩を挟んだ割には元気な訳だ」

「ふっふっふ……! 優勢の時に助けに来られても、有り難みは薄かろう。苦戦しておる時に現れてこそ、アレスの株が上がるというものよ」

 黒色の頭巾から唯一覗く白眼の目元を崩し、不敵に笑うエソドア。
列国に「黒巾の大宰謀」として知れ渡る、彼らしい笑みだった。

「……成る程。さも救世主のように登場して、恩の価値を重くするのか。……本人を前にして言いたくはないが、やはり兄者の戦は気に入らんな」

「ふっふっふ! 黒巾の大宰謀だからなぁ……! それぐらいの悪知恵は働かせるぞぃ! 抑々、私や兄御が大した「利」も無しに、兵を動かす訳がない」

「……利は、剣合国と挟撃して覇攻軍を討つだけで充分……そう言って私を誘ったのは兄者だった気がするが? 察するところ、剣合国と覇攻軍の潰し合いも望んでおったか」

「おっと、そこすらも信じていたか。いやはや、我が弟ながら直情直情」

「…………絶対馬鹿にしておるだろう」

「ほれほれ、そうこう言っておるうちに、全軍展開したぞ」

 謀略一族の生まれながら、悪知恵を不心得とするミケニスは、兄の笑みに愚痴を溢す。
が、当のエソドアはそんな事を気にも留めず、寧ろ弟との会話を楽しんでさえいた。

 言うも無駄であると悟ったミケニスは、サッと戦いの気配に切り替える。

「……ふん、まぁいい。兄弟喧嘩は目の前の覇攻軍を討ち尽くしてからだ。
――ミケニス直下兵団・龍神騎! 出るぞォォォーーー!!」

「我等も行くぞ。直下兵団・黒死謀! 突撃ィ……!!」

『オオオオォォォーーー!!!』

 李醒が用意した秘密の迂回路と悪天候を味方にして、覇攻軍の裏を取ったアレス軍。
突撃態勢が整うや否や、かの精強なる軍勢はどっ!! と雪崩を打った。

「いかんっ! アレス軍まで現れては敗北は必至だ! タルタイ! ウォンデ将軍を無理矢理でも離脱させろ! 殿は私が引き受ける!」

 ウォンデの副将・オグルスは、息子をウォンデの許へと送り出し、韓任との一騎討ちを中止させた上で戦場を離脱させようとした。
戦機に敏い彼は、覇攻軍連合の惨敗を既に確信していたのだ。

「……ヤベェな。雑賀衆!! 一旦ずらかるぞ!! 坂井! 岡! 俺と金兵衛が援護してやるから、お前らが撤退の指揮を執れ!!」

「「了!!」」

 撤退を良しとしないウォンデに反し、傭兵勢力の頭目である鈴木重秀は即決だった。
更に、撃っては退くを戦法とする雑賀衆残党にとって、戦線離脱はお手のもの。
彼等はウォンデ隊を他所に丘を駆け下り、加喰カクの森を目指して退却を始めた。

 こうなると、まごついたウォンデ隊のみが戦線に残る事となる。
アレス軍騎兵隊の最先頭を駆け抜けるミケニスは、木端微塵にすべき敵を捕捉した。

「ドラアァァァッ!!」

 長矛より繰り出された豪放な一閃が、オグルスの敷いた即席の迎撃陣を粉砕。
後続の精鋭騎兵も、浮き足立つ覇攻軍兵の頭上に容赦ない白刃を叩き下ろしていく。

「クソ野郎どもが調子に乗りやがって!! 待ってろ! てめぇをぶっ壊してやらぁ!!」

「将軍! 次の機会にしてください! 俺の親父が体張ってんです! 無下にしないでくれ!!」

「……ちっ、クソが……!」

 ミケニスの暴れっぷりが癪に障ったウォンデは、韓任との死闘を経て傷だらけの体で新手に突撃しようとするものの、功臣オグルスの覚悟や、その子にして側近のタルタイに懇願されてしまい、敢えて敵に背を見せることを受け入れた。

「畳み掛けるぞ!! 韓任隊! アレス軍に呼応してウォンデを討てェ!!」

 ウォンデを真っ先に追撃できた筈の韓任は、友軍の援護に回った鈴木金兵衛の乱入によって邪魔されてしまい、ウォンデに逃げる暇を与えてしまった。

 だが、それが却って韓任の激昂を誘い、彼の暴力が金兵衛を圧倒した結果、曲者ながら隠れた実力者として名高い「見事金兵衛」の捕縛に成功する。
重秀は金兵衛の不覚を何となく感じていたが、大混乱に陥った現場の中では流石の彼でも安否を把握する余裕はなく、撤退に専念して戦場を後にせざるを得なかった。

 そして、殿として残ったオグルス隊の本陣には、ミケニス直下兵団の龍神騎と、韓任率いる輝士隊が怒涛の勢いで殺到する。

「フッ……ヨレヨレだな、剣合国軍め。ようやく追い付いてきたか。
――聞けィ龍神騎!! 敵陣を陥落せしめるは我々ぞ!! 同盟国とて遠慮はいらん!! 手柄は全て奪ってやれ!!」

「あれは四兄弟の末子・ミケニスか! この韓任と手柄争いとは……面白い!
――総力突喊韓任隊!! 目の前の残兵など、塵芥の如く吹き飛ばせェェ!!」

 前に韓任、後ろにミケニス。一級の猛将二人に挟撃されては、どんな名将が守りに当たろうが一溜まりもない。
ぶつかった先の結果は、誰が想像しても同じところに行き着くであろう。

 さすれば恐怖する場面でもあるが、とうに覚悟を決めていたオグルスはやけに静かに構え、体の正面は韓任に向けたまま、ふと丘の麓に目をやった。
そこでは先回りしたエソドアの直下兵団・黒死謀が広がっており、撤退中のウォンデや倅や、重秀を討ち取らんとしていた。

(ウォンデ殿……長らくお支えしましたが、ここまでのようです。……正直に言って、貴方は人に誇れる上官ではありませんでしたが、貴方は私が冤罪を被った時にただ一人信じて下さり、嘘偽りを言えぬ人柄で庇ってくださいましたな。あのお陰で、私は武将としての面子を今まで保ってこられました。……その最期の恩返しです。ウォンデ殿の妻子を滅ぼした剣合国の狗どもに、一矢報いますぞ!)

「剣合国軍主将・韓任!! 貴様の首、貰い受ける!! いざぁっ!!」

 オグルスと彼の護衛部隊は、前方から迫る韓任目掛けて突撃した。
正々堂々たる良き敵を前に、韓任の目も同様に輝いた。

 事ここに至って、韓任は圧倒的な武力差を気にしない。
オグルスが韓任に正面から当たれば、結果は当然のように韓任が勝つ。
それでもオグルスという武将には、討ち取る値打ちがあったのだ。

「「ぬんっ!!」」

 魔力を込めていない純粋な刃が擦れ違うと同時に、両雄の勝負は一太刀でついた。
オグルスは真っ赤な死に花を咲かせ、どっと大地に倒れ伏す。

(一矢……本当に一矢か。だが……我が道は……誇りこそあれ……恥じるもの、無し……!)

「ウォンデには過ぎたる将だった。……敵将・オグルス! 討ち取ったァァ!!」

 オグルスから受けた刀傷に一目置きつつ、韓任は声高らかに勝利宣言を述べた。

 これにより、邦丘西側の戦闘は決着がついたも同然となったのである。

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