大戦乱記

バッファローウォーズ

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命の花

乱世の正義

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「…………この感覚は……ホウが敗れたというのか。……悲しみはせぬぞ。我等一族の死すべき時は、みな誇り高きもの。己が勇姿を先人達に自慢してこい」

 付人の死を悟った貴幽は、表情を一つとも変えずに弔った。
自身の存在を模倣させる為に分け与えた魔力が、今しがた静かに燃え尽きた気配を、彼は遠くに居ながら感じ取ったのだ。

「……捧は幼い頃より魔法に優れていたな。武芸を重んじる父上や叔父達は、そんなお前を軟弱者と軽んじていたが、俺はずっと心強く思っていた。“赤き惨劇の光” が昇った時も、捧が戦列に加わることが許されていればと……今でも思う」

 その実、貴幽は頼もしい存在を失った事に、少なからず哀愁を纏っていた。

「封印を守護せし我等一族にとって、戦法など取るに足らぬ小事。それを理解できず、乱世の拡大に合わせて武家の血を入れたのが、そもそもの間違いだったのだ。……武人などという無知蒙昧の愚かな存在に毒され、要らぬ伝統を作り、守ったが為に責務を果たせなかった父上や叔父達……そして、天の理を知らぬ愚かな武人ども。奴等が捧を殺したのだ」

 天を仰ぎ見た貴幽。降りそうで降らなかった曇天から、今まさに鎮魂の雨が下された。

「……そうだ。雨よ、降れ。強く誇り高く降るのだ。死んだ同胞を、静かに弔ってくれ」

 貴幽の周りだけが、不思議と静寂に包まれていた。
戦場でありながら、そこだけが他人の認識上から消えているように。

「見ていろ、捧。お前を馬鹿にし、お前を討った者共……そして俺達から存在理由を奪った乱世の死神に、俺が天より授かった力の真髄を見せてやる。……天へ召されたお前に、俺からの手向けだ」

 誇りをもって見送る貴幽に、雨以外の涙は要らぬ。
彼は前を向き直すと、剣合国軍本陣の背後を視野にいれた。

「待っていろ、乱世の死神。漆黒の魔剣士の許におらぬなら、貴様は父の許に居よう。今日こそは貴様を殺し、全てに……終止符を打つ!!」

 表で激戦を繰り広げているかの軍の裏側に、貴幽を認識できる程の猛者は居なかった。
死神の死神は、深青の右目を弔意の眼差しから邪気と憎悪に満ちた殺気の塊に変貌させると、静かに歩を進めて敵陣の背後を素通りする。

 そして人知れず剣合国軍の中に紛れ込んだ彼は、標的の気配を探りつつ、開戦前に提案された望むべき一瞬を強く思い描いた。


『決着を示す針は、刻一刻と時を刻んでいる。その一瞬の為ならば、我は前門の虎になろう。うぬは後門の狼となれ。……互いが怨敵を捕捉した時こそ、決着の瞬間ぞ』


 心の中で反芻したそれは、開戦前に覇梁から掛けられた一言だった。
武人を嫌う貴幽が、武人達の頭領たる覇梁の指示に素直に従うとは、なんとも矛盾した話であるが、その事に関して当の貴幽は、こう思う。

(……一目見て純粋な武人とは思えなかった。あの覇梁という大将は、俺と奴が同じ匂いをしていると言った。……だからこそか。武家の頭領の指図を、俺が許せたというのは)

 覇梁が並々ならぬ大将だからこそ、貴幽の存在に理解を示せた。
貴幽と覇梁が近い存在だからこそ、貴幽は覇梁の声に共感した。

 不器用ながら似た者同士な強者二人は、今戦にあって目指すべき場所も同じと言える。
覇梁からすれば、その場所もとい人物とは、剣合国の心臓に該当する大将・ナイトに他ならず、彼の傍には貴幽が狙っている涼周も居る筈だった。



 一方、正面から堂々と攻め込んだ覇梁と、長時間に亘って苛烈な一騎討ちを演じていたナイトは、背後から貴幽が迫っているとは露と知らなかった。

「ハァ……ハァ…………ふっははは! なかなか見抜けんな……『覇梁』という男の本質が!」

「……フゥ……フゥゥ……! ……ここまで殺り合っても、まだ気付かぬようであれば……うぬは終生、自らの正義を押しつける国崩しでしかない。自らの剣が正しき道を切り開くと勘違いしておる、その様が……実に腹立たしい!」

「……生憎だが、俺は正義の味方を称した覚えはない。世に言う正義執行の影に犠牲が生じる事も、承知の上だからだ」

「“正義” に敵味方の別はない。あるのはその二文字に宿る意義である。うぬは自らの剣が絶対的な光であると信じ、敵対する者に聖戦の如く振るっておるだけだ」

「それで “正義を押しつける国崩し”……か。……下らん人物評だな。お前が俺をどう評価するのも勝手だが、俺は人々を力で支配するお前を叩っ切るだけだ」

「叩き切れるものならやってみよ。その我執が効いた性格に否を突きつける者共こそ、我等《サキヤカナイ》である。我等の正義を以て、うぬの正義を打ち砕いてくれる。……かつて同盟軍が、実験に犯された狂い姫に憐憫の情を抱いて解放せんとしたようにな」

「……俺以上に品の無い奴の言葉は、耳が腐れ落ちるな。俺やお前の存在理由はさて置き、人の妻を侮辱し腐りやがって……いい加減にしろよ……!!」

 ナイトの眉に険しさが増し、彼の胸中に漂っていた霧が、確かに晴れた気がした。
それと同時に、彼の胸中に新たな感情が去来する。死闘には忌避すべき怒りだ。

「確認するぞ。……なぜお前が、奥の過去を知っている。永結城で見えた時もそうだ。お前……俺の大事な妻に何をした! 言えっ!!」

 愛する妻への想いが、ナイトを激情に駆らせる。

 それを見て覇梁は変わらぬ表情に変化を見せ、それこそ人が変わった様に嗤う。

「くく……ははははははは! くははははぁっ!! …………笑止。ここまで言っても解らぬとは。うぬはやはり、力づくの正義を振りかざすだけの存在に他ならん」

「てめぇの人物評に付き合うつもりは草の根ほどに無ぇって言ってんだろ! 見抜くなんて時間がかかるのも止めだ! てめぇの正体、さっさと話せ!!」

「不明者の分際で、偉そうに吠えるな……! 自らを正義の勝者と驕る物言いが、げに腹立たしい。……所詮、うぬにとっては過去の負け犬など、覚えるに値せぬ存在なのだろが……忘れたとは言わせぬ! うぬら同盟軍によって滅ぼされた……《梁》という西方の一国家を。技術の先進国たるかの地を治めた一族の存在を、忘れたとは言わせぬぞ……!!」

「梁国! …………やはりそうか。確信が得られて合点がいった。お前はあの時の……」

「そうだ。私はあの時の――」

「「敗北者だ!!」」

 ナイトの脳裏に、同盟軍時代の戦場が甦る。
少人数ながら同盟軍という組織を結成したナイト達仲間衆は、ファーリムの妻子が患っている病を治すべく、西方の魔法使いを求めて旅をしていた。
その最中、梁国に立ち寄った時の事だ。彼等は何者かの襲撃を受け、梁国の軍事機密に深く関わることになってしまう。

その襲撃者こそ、後にナイトの妻となるキャンディであり、彼女は梁国が秘密裏に行う人体実験の被験者だった。人為的に魔力を開花させる事から始まり、最終的にはその魔人を操る技法を生み出す為の……非人道的実験の犠牲者にして……唯一の成功例だった。

「……大国に囲まれた梁が生き残る為、心血を注いで生み出した兵器《雨女マガツヒ》。梁の事情も知らぬうぬ等が、不憫に思った狂い姫よ。それを解放せんとしたうぬ等に我等は敗れ、支配者が没落した梁は亡国の憂き目に遭ったのだ」

「……あぁ、胸糞悪い事やってたから遠慮なく滅ぼしてやった。民を虐げない事を条件にして隣国の侵入を助け、友軍と一緒になって梁国を討ったな。
――お前からすれば、俺は奥一人を助ける為に、梁国の軍のみならず民までも苦しめた大犯罪者というところだ。……だが、言っただろ? 俺は自分を正義の味方と称した覚えはないと。正義執行の影に犠牲が生じる事を……生みの苦しみと滅びの苦しみを直に見て、理解しているつもりだ」

「それで納得しろとでも言うのか? 笑止な。……あの戦で我等の掲げる正義は、うぬの掲げる正義に叩き潰されたのだ。あの時、力こそが “真の正義” だと理解した。敵も味方もなく、自らが振るう力の強大さこそが正義だと教えたのは……他でもない、うぬだ」

「……そうか。つまり『覇梁』という存在を生んだのは……俺か」

「そうだ。強いて言えば、この大戦を生んだのも、うぬだ」

 キャンディを仲間にした時から、この結果は決まっているようなものだった。
ナイトに代わって、今度は覇梁が激情に駆られる。

「そして《サキヤカナイ》とは、ジオ・ゼアイが遺した負の遺産の結晶であるとともに、うぬ等に対を為す正義チカラだ。“勝者こそが正義” という概念と、それを押し付けるうぬのような国崩しに抵抗する為の軍だ。“仁” と “信” で人を繋ぐ同盟軍を謳いながら、最終的には武力で解決してきたうぬに真っ向から “否” を突きつける為、我等は存在する……!!」

(……武力で解決してきた……か。確かにそうかもしれん。……だが、それなら尚の事、俺の目は間違っていなかった訳だ)

「血筋・大義・仁愛といった免罪符でうぬ等が恰好つける間、我等は地に流れる赤い血反吐を飲み、腐りかけた人肉を食して無様に生き永らえた。…………それを思えばこそ、決して……決して、楽に死ねると思わん事だ……!!」

「……ふっははは! 名を変え姿を変え、戦法まで変えて……遥々西方から中央に来てまで……仲間と共に辿り着いた先はサキヤカナイの大将か。復讐の炎を源に、一代で強国を造るとは……相当な才能だな、覇梁!! 『視くびっていた』とはこの事か!! お前の本質は確かに理解したぞ!!
――だが、負けてやる訳にはいかん。同盟軍の頃の青ガキと違って、今は背負うものが増えた。お前を討って救わねばならん人々もいる。過去の俺が多くの影を産み出したのなら……剣合国大将として纏めて清算するまでだ」

「笑止。万民に愛される英雄は絶対的な正義足り得ると? 限りない光の存在であると? 貴様が人界中を股にかけた英雄という事は……人界中に敵を作った愚者でもあるという事だ。仮にここで我が貴様に討たれようと、第二・第三の『覇梁』が貴様を殺す……!! 悪夢からは、未来永劫逃げられぬと知れ……!!」

「上等! 俺がしてきた戦で、俺が恨まれて当然だ。元より糞親父達の悪名まで背負って生きているのだ。今さら覇梁の一人や二人、十人百人増えようが関係ない!! 終わりの底までとことん付き合ってやろう!!」
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