432 / 448
命の花
戦場テイクアウト
しおりを挟む再び邦丘東側の平野 フォンガン軍一万三千 VS 蝶華国・旧護増国連合軍二万二千の戦場。
バスナに全体の指揮を委ねたフォンガンは、持ち前の武力を活かして猛突撃を敢行。
早くも標的とした蝶華国軍の本陣へ迫っていた。
「将軍! 蝶華国軍の本陣が見えますぞ! このまま蝶歌殿をお持ち帰りすれば、我等は本当に美少女と一緒にご飯を食べられるのですか!?」
「オウヨ! 嫌味言われながら大食い対決でもしな!」
「フォンガン将軍! 某は蝶歌殿と一献付き合いとうございます!」
「オーット! 向こうさん未成年だらか牛乳にしとけ!」
「フォンガン将軍フォンガン将軍! 拙者は蝶歌殿と握手したいであります! 是非取り繕ってくださりませっ!」
「手柄立てたら考えてやんよっ! 先ずは鼻血拭けぇ!」
『うおぉぉーー!! フォンガン将軍万歳!!』
「ダーハッハッハ!! 無骨マンマンな純情野郎共だぜ、まったく」
ピュアで初な武人達が、阻む敵兵を殴り飛ばしながらワイワイキャッキャ爆進する図。
正直に言って異常であり、後ろから見守る形で構えるバスナは僅かに引いていた。
「さぁて、蝶の姫君ィーー!! 素敵な漢達が迎えに来たぜェェ!! 皆で良い子良い子してやるからこっち来なァァーー!!」
「来るんじゃなァァい!! この変態どもォォ(*`Д´)ノ!!!」
一方の蝶歌はドン引きを通り越して罵声を浴びせた。
その罵声すらも、敵味方を問わず一部の兵達に需要があるということを、彼女はまだ知らないし、知らなくてもいいだろう。
だがそれは兎も角として、フォンガンの突撃によって蝶華国軍の中央が分断されつつあるという状況は確かであり、非常に危険な事態だった。
蝶歌は自軍の両翼を見渡すと同時に渋面を浮かべる。
「……バスナの参戦とフォンガンの中央突破で、爺と嬰純の勢いが弱まってる。両翼の力が奮わない今、頼れるのは價久雷殿だけだけど……」
次に護増国軍を見たが、そちらもバスナの撹乱戦術によって陣形が乱れ、挟撃を狙っている價久雷本人も効果的な地点に到達できていなかった。
(今の状態でフォンガンと戦うのはキツイ。かといって本陣を更に下げれば全軍が崩壊する恐れだってある。……どうすれば…………ん?)
突如、蝶歌は前線の雰囲気が変わった様に感じた。
バスナに指揮されているフォンガン軍の前衛が僅かに揺らぎ、その隙を突いた價久雷本隊が一気に加速したのだ。
「やった……これでフォンガンを挟撃できる。
――本陣前の最終防壁を固めて! 兼ねてからの作戦通りに敵将を挟撃する!」
蝶歌の指示が飛ぶや、本陣部隊は瞬く間に狩場を形成する。
後は目前の守備部隊を蹴散らしたフォンガンが突入するのを待つだけとなった。
(……でも、どうしてだろう。上手くいってる筈なのに、妙な胸騒ぎがして違和感が拭えない。……何故、フォンガン軍は今になって揺らいだの?)
二軍を同時に相手しているとは言え、フォンガン軍の将兵は引けを取らない程に強く、バスナが後方に入ってからは問題らしい問題などない筈。
それなのに生じた隙を、蝶歌はこの上なく訝しんだ。
フォンガン軍本陣
「フォンガン将軍が反転する……ですか?」
「あぁ、賭けてもいいぞ。あいつは敵本陣に攻め込む寸前で馬首を返す」
そんな蝶歌の不安を一蹴するかの様に、対の本陣に構えるバスナは腕を組みながら、フォンガンの幕僚達に上官が見せる次の行動を教えていた。
その予想は見事に的中し、目前の敵越しに蝶華国軍の本陣部隊を視野を入れたフォンガンは、大太刀の一閃で周囲の敵兵を薙ぎ払い、安地を作った後に馬を止めた。
「…………ほぉ! そうか、押し掛けお断りか。んなら仕方ねぇな。
――オラァッ!! 全騎反転だ!! 目標を変えるぞ!!」
「!!? ……オ、オオォッ! フォンガン将軍に続けェ!」
フォンガン騎馬隊は蝶華国軍の本陣を尻目に、突如として後退を始めた。
先程までの勢いは何処へやら。狩場で待ち構えていた本陣部隊は呆気にとられ、精鋭騎兵の護衛隊を侍らす蝶歌も追撃の判断に苦しんだ。
彼女等は作戦が看破された事に気付いていなかったのだ。
「フォンガンは野生の勘に優れている。あいつには伏兵や奇襲が通用せず、自分を陥れんとする危険な布陣さえも未然に察知できるという。……つまり、蝶華国軍と護増国軍の挟撃は失敗し、二軍の狙いに反して誘い出されたのは――」
バスナの隻眼が鋭さを増した正にその時、戦場の真っ只中において両雄が対峙した。
「……むっ!? これは……」
「よぉ、護増国の英雄さんよ。やっぱり今夜は小国の勇と酒盛りが良いらしぃんでな、悪ぃがオメェをお持ち帰りする事にしたぜ」
『ウッホウッホウッホウッホウッホウッホ!! ウホォォーー!!』
――誘い出されたのは、價久雷の方だ。
「いくぜぇ野郎共!! 今夜は朝まで肉食い放題! 良い漢だらけの酒池肉林だァァ!!」
『ウホォォッ!! 飛・び・散る・水・は・愛・の・結・晶!! お持ち帰りじゃあァァーー!!』
「……え"ぇ"ぇ"ぇ"っ……!!?」
しゃがれた声でドン引きする價久雷および彼の部下達。
そんな迷える子羊へ、フォンガン本隊は容赦なく襲い掛かった。
馬上から猿の様に飛び掛かり、ヒャッハーー! 大量だぜぇ! とばかりに世紀末った。
周りの剣合国兵も戦いそっちのけでフォンガン隊と價久雷隊の取っ組み合いに夢中となり、片手間で蝶華国兵の刃をあしらうところに、戦士としての誉れ高さが窺い知れる。
ナイト曰く「うむ! フォンガン劇場の開幕である!!」……だ。
「ヤバい! ヤバいヤバいヤバい!? あのままだと價久雷殿が色んな意味でヤバい!! 皆、今すぐ出るよ! 本陣の兵もまとめて続いて!!」
状況に置いていかれた蝶華国軍本陣では、蝶歌が急いで出撃した。
陣形なんて後回しにして、とにかく價久雷の救援に急ぐ。そうすれば必然的に、フォンガンの背後を突いて挟撃する形になるのだから。
だが、ここで黙って見ている程、バスナは冷めていない。
寧ろこうなる流れを予見できていた彼は、自分の出番が来たとばかりに前へ出る。
「さて、あの中に入るのは少々気が引けるが……確実に價久雷を捕縛する為に俺も出るとするか。後の事は先程伝えた通りに動けばいい。多少布陣は乱れるだろうが、フォンガンが戻った後を考えれば、その方がやり易いだろう」
「ハハッ! くれぐれもお気を付け下さい!」
数十騎の護衛を引き連れて、バスナはフォンガン軍の本陣を後にした。
その姿を視界の隅で視認したフォンガンは、ニヤリと笑って大太刀をブン回す。
(やっぱり俺をダシに使っていたな。だが獲物はやらん。俺の手柄だ!!)
「俺で出汁取り、至極上等!! 丼も煮込みもエンヤコラ!! されど喰うは俺様だァァ!!」
猛々しく光る瞳孔には、フォンガン独特の思念が色づいていた。
それに反して價久雷の表情は、苦戦一色で塗り潰されている。
本気を出したフォンガンの攻撃は、一太刀一太刀が熊の様に獰猛かつ本能的で、荒々しく重々しいものばかり。
價久雷も猛将に違わぬ優れた体躯と膂力を持ち合わせているが、かつて同盟軍時代に人界中を暴れまわったフォンガンとでは、才能や経験に大きな差があるのだった。
「くっ……!? やはり、俺一人でどうにかなる相手ではないか……!」
「だありゃぁっっ!!」
気炎爆発。フォンガンは價久雷の大剣目掛けて、自らの得物を思いっきり叩き付ける。
およそ剣術とは言い難いものだが、價久雷の防御の構えを崩すには充分すぎる強打であり、衝撃の余波は受けた本人を勢いよく地上に叩き落とした。
「小国の勇・價久雷! この勝負、終いだぜ!!」
「……不覚っ……!」
落馬時に大剣が手から離れた價久雷へ、フォンガンはすかさず大太刀を突きつけた。
「護増国軍大将・價久雷! 我等が紅蓮の鬼将・フォンガン様が生け捕ったァァーー!! お持ち帰りじゃああぁぁぁーーー!!!」
『フォオオォォォォーーーウ!!』
側近の張り上げた声が全軍の鬨の声になり、フォンガン対價久雷の一騎討ちが、フォンガンの勝利に終わった事を全戦場へ伝える。
「ふっはははは!! よぉし、流石はフォンガンだ!!
――ファーリム、今こそ敵軍を一気呵成に蹴散らす時! いざ行かん!!」
「はっ! 俺達も少し暴れるとしますか!!」
この流れに最も早く応えたのは、邦丘中央のファーリム軍。
ナイトとファーリムが揃って前線に姿を現すや、二人は兵を率いて出撃し、承土軍の諸部隊を片っ端から撃滅していった。
そして價久雷を捕縛したばかりのフォンガン本隊だが、敵将を連行しつつ戦場のど真ん中から脱出を図る彼等の前に、将の奪還を狙う護増国軍が懸命に立ちはだかった。
「何としても價久雷将軍を取り返せ! 馬だ! 馬のままフォンガンにぶつかっていけ!」
「将軍、お待ちを! 今すぐ助けに向かいま――ぐあっ!?」
将を失って尚、失われぬ闘志と士気の高さは見事。
されど指揮官無き部隊は所詮烏合の衆であり、今しがた疾風の如く駆けつけた者によって、その奮戦は無惨にも打ち消されてしまうのだ。
「フォンガン! 此方に来てそのまま本陣まで駆け抜けろ! 殿は俺が務める!」
「おぉーーう!! 今も今とて困った時のバスナ参上!! んじゃ後は任せたぜっ!!」
價久雷隊残兵を挟撃するように現れたバスナによって、瞬く間に風穴が開けられた。
そこにフォンガン本隊が迅雷の如き速さと勢いを以て吶喊し、細かった退路を更に押し広げるや、そのまま自軍の領域まで退却を果たす。
蝶歌隊が追い付いたのは、丁度その頃だった。
「ここまで来てもらっておいて悪いが、もう蝶歌殿にできる事はない。このまま大人しく下がってくれるなら追撃は控えるが……どうする?」
「剣義将バスナかっ! 相手にとって不足はない!」
「姫様! 血気に逸ってはいけません! 價久雷殿の救出が失敗に終わった今、我々は後退して態勢を立て直すべきです!」
「その通りです姫様! このまま戦えば、態勢を立て直したフォンガンが再出撃してきましょう。そこで今度は姫様が捕まれば、二国は終わってしまいますぞ!」
バスナに挑もうとする蝶歌を、周囲の側近が懸命に思い止まらせる。
彼等の発言は正しく、價久雷が捕縛された今、蝶歌にできる事は二軍を退却させてフォンガンの追撃に備え、被害を最小限に抑える事だ。
当然ながら、一人でフォンガンをどうにかする事はできる筈もない。おそらくはバスナでも手に余るであろう。
「くっそぉ……! 退却! 退却だっ! 森の手前まで退く! マドロトス軍にもそう伝えろ!」
蝶歌は無力な自分に怒りを覚えながらも、周囲の声に応えて二軍を退却させた。
これによってフォンガン軍に攻撃される危険性が生まれたマドロトス軍も後退。
マドロトス本人が殿を務める事で被害は抑えられたが、それでも追撃に出たメイセイ軍の前に幾つもの部隊が壊滅させられた。
0
お気に入りに追加
46
あなたにおすすめの小説
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後
空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。
魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。
そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。
すると、キースの態度が豹変して……?
側妃に追放された王太子
基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」
正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。
そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。
王の代理が側妃など異例の出来事だ。
「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」
王太子は息を吐いた。
「それが国のためなら」
貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。
無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
婚約破棄?王子様の婚約者は私ではなく檻の中にいますよ?
荷居人(にいと)
恋愛
「貴様とは婚約破棄だ!」
そうかっこつけ王子に言われたのは私でした。しかし、そう言われるのは想定済み……というより、前世の記憶で知ってましたのですでに婚約者は代えてあります。
「殿下、お言葉ですが、貴方の婚約者は私の妹であって私ではありませんよ?」
「妹……?何を言うかと思えば貴様にいるのは兄ひとりだろう!」
「いいえ?実は父が養女にした妹がいるのです。今は檻の中ですから殿下が知らないのも無理はありません」
「は?」
さあ、初めての感動のご対面の日です。婚約破棄するなら勝手にどうぞ?妹は今日のために頑張ってきましたからね、気持ちが変わるかもしれませんし。
荷居人の婚約破棄シリーズ第八弾!今回もギャグ寄りです。個性な作品を目指して今回も完結向けて頑張ります!
第七弾まで完結済み(番外編は生涯連載中)!荷居人タグで検索!どれも繋がりのない短編集となります。
表紙に特に意味はありません。お疲れの方、猫で癒されてねというだけです。
【完結】結婚式前~婚約者の王太子に「最愛の女が別にいるので、お前を愛することはない」と言われました~
黒塔真実
恋愛
挙式が迫るなか婚約者の王太子に「結婚しても俺の最愛の女は別にいる。お前を愛することはない」とはっきり言い切られた公爵令嬢アデル。しかしどんなに婚約者としてないがしろにされても女性としての誇りを傷つけられても彼女は平気だった。なぜなら大切な「心の拠り所」があるから……。しかし、王立学園の卒業ダンスパーティーの夜、アデルはかつてない、世にも酷い仕打ちを受けるのだった―― ※神視点。■なろうにも別タイトルで重複投稿←【ジャンル日間4位】。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる