大戦乱記

バッファローウォーズ

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命の花

紅蓮の鬼将が喰らうて参る

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 覇攻軍出陣の報は、瞬く間に剣合国軍のもとへ伝わった。

「そうか……思ったより早く動いたな。して、進路はここであっているか?」

「いえ! 覇攻軍はまっすぐ此方へは向かわず、加喰カクの森を目指して北東に進んでいます!」

「加喰の森……」

 覇攻軍の進路を知って、ナイトとバスナは同時に眉根を寄せた。

「……バスナ。加喰の森といえば……」

「あぁ、安楽武が言っていたな。北上すれば長期戦、東進すれば玉砕か一挙大勝だと」

 “北上”。即ち永結城に向かって進軍するという事は、見晴らしの良い平野で陣地戦が展開される事を意味する。
今や永結城周辺の地の利を完全に有し、かつ大軍の統率に優れるファーリムが全軍を指揮する剣合国軍にとって、覇攻軍北上は有利になる戦況だった。

 一方の “東進” については、複雑な地形が影響して両軍ともに危険度が大きく、片方が玉砕すればもう片方は大勝する事が予想される戦場だった。
覇攻軍にとって北上は不利な戦況でしかなく、慎重を期すと噂される覇梁が博打的な東進を選ぶとも思えない。ましてやアレス軍と挟撃の恐れがある西進などもっての他。

 それ故にナイト達は、覇攻軍が動くのはもう少し後……強いて言えば、承土軍が剣合国東方域に侵攻もしくは妨害工作を仕掛けてからだと予想していた。
現にそれを阻止する為にも、安楽武を梅朝に派遣していたのだ。

「覇梁……いや、実質的に連合軍を指揮するガトレイか。奴は東の戦場によほどの自信があるようだ。確かに東へ出れば、マドロトスの軍勢を加えて戦力差を埋める事はできる」

「うむ。バスナの言う通り、士気に劣る従属勢力部隊を抱える覇攻軍としては、貴重な戦力であるマドロトスを是が非でも活用したいだろうな」

「それと援軍に来たという承土軍に関してもだ。奴等の場合はマドロトスの洪和郡を介して、トーチューに孤立した友軍と合流するどころか、トーチュー騎軍を引き連れて来る可能性だってある。それを充分に警戒しなければならん」

「……ガトレイにマドロトスの機動力や承土軍の大兵力を活かせる策があるとして、その上で戦場を東に移したとしたら……相当厄介だな。最悪な事に、そういう対応が得意な軍師がここを離れている」

「……もしや、奴等からすれば、それが目的か?」

「わからん……が、もっと此方の有利な状況で戦いたかったのは事実だな。……まぁ、ここで考えていても仕方ない。玉砕覚悟で出向いた奴等に遅れを取って後手に回れば、それこそ俺達が一大事となる。
――直ちに出陣だ!! 東部に張っているメイセイと合流を図りつつ、加喰の森の北にある邦丘に布陣する!! 覇攻軍に目にものを見せてやるぞ!!」

『ウオオォォォーーー!!!』

 檄が飛ぶや否や、剣合国軍も覇攻軍を追う形で出陣する。
永結城を要とした後方の備えは、方元・亜土炎隊三万三千に任され、他の将兵十一万五千が東部へ急行した。

 一方、東部では本軍の開戦に先立ち、早くも戦端が開かれていた。
覇攻軍出陣の報を聞き、周辺の各中隊を集結させたメイセイと、彼を妨害するべく本軍と同時侵攻を仕掛けたマドロトスが激突したのだ。

「ハハハハッ!! 楽しいなぁ、メイセイ!! やっぱりお前等とは、共に戦うより敵として戦った方が楽しいぜぇ!!」

「……フンッ、それよ。俺は貴様のそんな所が気にいらんのだ。何でもかんでも切らねば気が済まぬ性分。共に戦うなど、俺の方から願い下げだ」

「切り合う相手に、気に入るも気に入らぬもなかろう! 切り甲斐があるかないかだ!!」

 前哨戦とも言えるメイセイ軍三万とマドロトス軍四万の戦況は、主将同士の一騎討ちが互角であるように、激突から数時間が経過した現在も拮抗していた。

 メイセイ軍は副将・陳樊チンハンの的確な指揮で兵力不利を補い、マドロトス軍は兵力有利に勢いを乗せてひたすら攻める。
こうなると簡単に決着はつかず、両軍の後続が如何に早く到着するかが鍵となった。

「いよォーし! フォンガン隊到ちゃーーっく!! 暴れるぜオメェ等!!」

『フゥオォォォーー!!』

 先に駆け付けたのは、神速の騎兵のみを選抜したフォンガン隊三千騎。
メイセイ対マドロトスの戦場の西側から、陣形疎らに姿を現した。

「マドロトス様! 新手です! フォンガンの騎馬隊がおよそ二千から三千!!」

「ハハハッ! また切り甲斐のある奴が現れたな。こうなるなら、もっと兵連れてくるべきだったか。さすがの俺も二対一はキツイ……お?」

(流石は野生の速さだ。もう来たか。報告では桜上歌オウジョウカより一万三千を引き連れてきたと聞いたが……今は脚の早い連中だけを率いてきたようだな。とにかく、これでマドロトスは打ち破れ……む?)

 フォンガン隊三千騎の登場を機に、間合いを取り合ったマドロトスとメイセイが戦場の端を一瞥した時。二人はフォンガン以外の集団も視野に入れた。

「……ふむ。蝶歌殿、どうやら間に合ったようだぞ」

「尖兵になるってのは気が乗らないけど……手柄を立てる良い機会なのは事実だし、取り敢えず頑張りましょうか」

「よし! それでは全騎突撃だ! 疾走しながら隊列を整えるぞ!!」

 戦場南側に広がる加喰の森の切れ端から、森を迂回して現れたのは、蝶華国軍と旧護増国軍の騎馬隊だった。
数にしてそれぞれ二千騎の、計四千騎。
フォンガン隊が自領の利を以て最短距離を駆け抜けたなら、蝶華国と旧護増国の騎馬隊は、交友のあるトーチュー産軍馬の脚の速さを活かして駆け付けたと言えよう。

「フォンガン将軍……。向こうの後続も着いたようで……フォンガン将軍?」

 側近の将校が動揺する中、フォンガンは何の指示もせずに単騎で躍り出た。
そして二国の騎馬隊の進路上に立ちはだかるや、大声を張り上げて威嚇する。

「俺様はフォンガン!! 覇攻軍連合に与する豪傑よ、この俺と勝負しやがれェェーー!!」

「うっ!? ……なんたる威圧だ……あれが噂に聞くフォンガンか……!」

 魔力を込めし破声は勇敢なる二国の騎兵達を尻込みさせ、彼等の気勢を大いに削いだ。
蝶華国と旧護増国の軍勢は剣合国北方を守護するフォンガンと戦った経験がなく、彼の恐ろしさを噂でしか知らなかったものの、今しがた向けられた咆哮を直に浴びた事で、フォンガンが鬼の名に偽りなきを存在だと肌で感じ取ったのだ。

「ぬぅ……!? 流石はフォンガン! 初手で早くも流れを取られたか!」

「フォンガンって……あの “紅蓮の鬼将” フォンガン? だとしたら迂闊に攻められないね」

 價久雷と蝶歌は部下達の足を一旦止めさせる。
目に見えて下がった士気のまま強敵に突っ込めば、勝とうが負けようが大損害を被る事は明白であり、負ければ部隊が壊滅しかねない。
手柄を立てたいのはやまやまだが、ここで主力部隊を失う事もまた、本末転倒だった。

「癪だけど、誘いに乗るのが一番良いかもね。……行こう! 價久雷殿!」

「うむ! だが相手はあのフォンガンだ! 充分に気を付けられよ!」

 蝶歌と價久雷はフォンガン目掛けて駆け出した。

 それを見て、フォンガンはニヤリと笑う。
彼はナイトの意向を重視して、蝶華国および旧護増国の軍勢と死闘を演じるべきではないと思っていた。

 故に彼は、メイセイとマドロトスの軍はそのまま戦わせ、到着したばかりの自分達は主将同士の戦いで決着をつけようと持ち掛け、隊形を整えるまでの余興という名目で両国の兵の死傷を避けんとしたのだ。

「ハアァァッ!!」

「ウオオォッ!!」

 蝶歌と價久雷は息の合った連携でフォンガンを攻める。
二人ともが勇名を馳せる猛者であり魔人なだけあって、その攻勢は激しく、並の将では三合と耐えられずに殺られてしまうだろう。

「へっ……だありゃっ!!」

 然し、それは並の将の話であり、人並み外れた猛将のフォンガンには通用しない。
彼は二対一という苦境にありながら、相も変わらず大雑把な太刀捌きで応戦する。
些か笑みを含んだ彼の表情は、まるで戦いを楽しんでいる様だった。

(この状況で薄ら笑いを浮かべるとは……。一筋縄にいかぬ相手と分かってはいたが……ファーリムほどの化物でないにしても、フォンガンも充分化物だったか)

(…………やっぱり気に入らない。コイツ等は、戦いに手を抜いてる。まるで私達に同情して、私達が傷付かないように戦ってる!)

「くっ……! その余裕ぶった笑い顔が、気に入らないのっ!!」

「!? 蝶歌殿! 待て!!」

 怒りに駆られた蝶歌が、血気に逸って単独攻撃に移ってしまった。

 フォンガンは蝶歌の繰り出した大薙刀をギリギリで躱し、肉薄した薙刀の柄を左手でガッチリと握りしめ、彼女に攻防の手段を失わせる。

 すかさず價久雷が大剣を振りかざす。蝶歌を救うと同時に、彼女へ意識を逸らしたフォンガンに一刀を叩き込もうとしたのだ。

 然し、フォンガンは得物に大量の魔力を込め、價久雷を大剣ごと弾き返すや、そのまま身を乗り出して蝶歌に喰い掛かる。

「だありゃぁーー!!」

「ひょえぇぇっ!?」

 蝶歌は盛大な拒絶反応に救われる形で、大薙刀を手放して馬上より飛び下がる。

「嘘でしょ!? 噛み付いてくるんだけどコイツ!?」

「……へっ! 惜しい! 絶対に旨いと思ったんだけどな」

 自分でも肉付きの良い体だと自覚している蝶歌は、フォンガンの冗談とも思える台詞に寒気と恐怖を覚えた。なんなのコイツ、絶対にヤバいでしょ……と。
別の言い方をすれば、フォンガンの悪ふざけによって冷静を取り戻したといえる。

「蝶歌殿! 敵を甘く見てはならん! 貴女一人で敵う相手ではない筈だ!」

「っ! ……ごめんなさい。連携、宜しくお願いします」

「うむ! さぁ、先ずは馬に乗られよ! 共に攻めるぞ!」

 價久雷に促された蝶歌は素早く馬に跨がった。
フォンガンが大薙刀を手放して地面に突き刺し、騎乗主のいなくなった空馬からも距離を取っていた為に、体勢を立て直すのが容易だったのだ。

「おぅ、二人まとめて掛かってきな! 仲良く相手してやるぜ!」

 フォンガンは余裕たっぷりな言動を変えなかった。

 だが、蝶歌がそれに釣られる事はもう無くなり、彼女は價久雷との連携を取り直した。
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