大戦乱記

バッファローウォーズ

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光たる英雄の闇なる思い出

我は今、死地にあり

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「ジオ・ゼアイ・ナイトォォ!! 待ってろよ! すぐに行ってやる! オラァ、雑魚はどけェ!!」

 決死の抵抗も虚しく、安楽武直下兵によるウォンデの足止めは限界に近付いていた。
ナイト本人も、覇梁を仕留め損なったからには退くしかないと気付いてはいた。

 だが事ここに至って、ナイトは退がることができなかった。
背後にウォンデが控えているという憂いもあったが、覇梁の放つ並々ならぬ威圧に、何処と無く既視感を覚えたからだ。

(…………背後より襲われた時からそうだった。こいつの覇気には、妙な違和感がある。……この身に覚えのある気配は何だ? 何処で会った? 俺はこいつに……何をした?)

 ナイト程の剣豪ともなれば、刃を交える事で相手の内情を多少なりとも理解できる。
何を望んで戦うのか、どれだけ興奮しているのか、憎しみの深さは如何ほどか、激闘に向ける気概の程度はどれほどか、この乱世に於ける存在理由はなんなのか。
来るべき決戦に備え、ナイトはそれだけは確認したかった。

(…………やりにくい相手だ。初めて涼周と会った時と同様、何も解らない……)

 然し、幾ら火花を散らしたところで、覇梁からは何も感じられなかった。
時間的猶予が迫る中で成果が望めない事に、ナイトは大いなる焦りを抱く。

 逆に覇梁は、その焦りをしかと感じ取り、半ば挑発を兼ねて言葉を発する。

「……どうした、ジオ・ゼアイ・ナイト。魔力が波を打っておるぞ」

「おぅ、心配される筋合いはない! 余計な世話だ!」

 要らぬ言葉を発するぐらいなら、何かしらの色を出せ。自分自身を語れ。
ナイトは心の中に本音を押し込みつつも、表情には苛立ちを露にし始めた。

 その一方、安楽武直下の漆黒兵達に関しても、限界を前にして冷静を失いつつあった。

「ぐぅっ!? ナイト様、これ以上はもちません!」

「我等を盾に、早く脱して下され……!」

「ナイト様だけは! 何としても退却させるようにとの御命令です! 何卒お退き下さい!」

 命の盾という表現は、ナイトの引き上げを却って渋らせてしまう。
だが漆黒兵達には、そんな事を気にする余裕までなくなっていた。
何せ邪魔されて苛立っていた筈のウォンデが、ナイトの余命を把握して機嫌を良くし、それを察した覇梁が呼応する動きをとろうとする状況なのだから。

(捉えたぞナイト! あと数撃で貴様の許まで迫る! 大人しくそこで待っていろ!!)

(あと数太刀で片が付く。そうすれば如何にうぬが強くとも、無駄な足掻きとなろう)

 二人の豪傑は一層刃を尖らせ、討ち取りの瞬間に心を躍らせた。
そしてそれは、標的となっているナイトにも当然の様に伝わった。

(……進退、極まったか……)

 絶体絶命の死線に立った事で、さすがのナイトも最悪の結果を覚悟した。

(……あいつが言いたそうにしていた天命とは、これか。存外早く訪れたな。……まぁ、いい。託すべきは軍師に伝えた)

 惜しむらくは、息子兄弟の成長を見守れぬ事。
だが、この戦場は、そんな甘い想いを露ほど認めない。

(永劫に眠れ、ジオ・ゼアイ・ナイト……!!)

 漆黒兵を強行突破したウォンデに合わせて、覇梁が目をギラつかせた。

 ナイトはこの期に及んで漸く、覇梁の色を垣間見た。
それは冷めた言動に到底似合わぬ、情熱的に燃える復讐の色だった。

「「オオオォォォォ――」」

 両軍の大将同士が、正面切って咆哮を上げる。
数秒後には、良くも悪くも決着がつく構図であった。

「おとうさんをいじめるなぁぁーーーっ!!!」

『!!?』

 然し、これを完全に破壊する存在が突如として現れ、二大将に劣らぬ咆哮を上げた。

 誰も彼もが反射的に体を止め、声がした方角を見やれば、城塞の一角に築かれた櫓上に、ナイツと涼周が睨みを利かせて立っていた。

「撃ち払えぇ!! 白夜王 オーセン!!」

 敵味方の注目を浴びたと同時、涼周が突き出した大型の魔銃マガンより、絶大な魔力を伴った特大光線が放たれる。
ナイツの光属性と涼周の闇属性の魔力を、半ば強引に合成して生み出した、この世に存在しない属性の魔弾だ。

 その標的となった者は覇梁。彼はナイトの追撃を恐れて瞬時に距離を離すとともに、一転して守備の構えをとる。

 二重の魔障壁を周囲に張り巡らし、八卦の金属板を仕込んだ左手を前方に出し、右手に握る刀は不測に備えて自由に構えた。
覇梁自身、魔弾による攻撃は所見であるが、東鋼城塞の攻防戦を経たマドロトスより聞いていた為、ある程度の防御方法を知っていたのだ。

「ぐぬっ!? ……これは……!?」

 だが、目前で数十本に分離した光線は、覇梁の想定以上の威力を以て魔障壁を損耗させ、一瞬ごとに彼へ迫っていく。
また、正面より迫る本筋の光線に対しても、迎撃に当てた魔具の力が十分の一も発揮されなかった為、動揺した覇梁は、刀を主とした防御体勢に急遽変更した。

 上記二つの想定外が重なった結果、力の集中を欠いた覇梁は目に見えて押されていく。

「おおぉ! 待ってろ大将! いま助け――」

 大将の危機を察したウォンデが、ナイトを無視して駆け出した。
自慢とする武力を光線の背後に叩き込み、覇梁と挟撃する形で相殺しようと考えたのだ。

「邪魔よ」

「――がぁっ!? ……っぐぞぉぉっ……!? てめぇぇこの野郎ぉ……! 痛ぇじゃねぇか……!!」

 然し、そんなウォンデを邪魔したのは、光となって彼の懐に踏み込んだキャンディ。
ナイトを庇うような位置に出現した彼女は、周囲への警戒心に欠いたウォンデの脇腹に、左手の振り払い一閃を食らわしたのだ。

 まともに食らったウォンデは大きく後退り、激痛に顔を歪める。
彼が歴戦の猛者にして、狂気なる魔人でなければ、今の一撃で昇天していただろう。

 当然ながら、これによって覇梁の救援は間に合わなくなった。

「ぐぐぐっ……!? おのれ……小僧ごときが、我を退けるか……!!」

 そして、ウォンデの加勢が阻止されてすぐの事。
防ぎきれないと判断した覇梁は負傷を覚悟で即座に飛び退き、魔弾の爆心地となる場所から危機一髪で脱した。

 その際、彼は全身に幾つもの怪我を負ったのだが、強大な魔力によって削がれた肉は大きく、傷は膝をつかせる程に深かった。

 それでも覇梁はスッと立ち上がり、ウォンデとの距離を互いに詰めて合流するや、改めてジオ・ゼアイ一家に向き直る。

(…………新興勢力の幼き大将……涼周。それと――)

 ナイツと共に櫓上に立つ涼周を見据えた後、ナイトと合流したキャンディを一瞥する。

(雨に囚われし狂い姫……。今も昔も邪魔なのは……うぬの方だ)

「…………?」

 ここにきて覇梁が見せた目の色は、何処と無くセピア色を連想させるものだった。
家族の加勢とともに見切る余裕も得たナイトは、そんな覇梁の眼差しに小さな疑問符を浮かべ、先ほどから感じていた違和感をより一層強くした。
強くして、核心に近いものを感じた。

(……俺は、剣合国を継承する以前から…………こいつを知っている)
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