大戦乱記

バッファローウォーズ

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死神が呼ぶもの

私の体を犠牲にして

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 魔人同士の戦いが痛み分けに終わった後、司福の部下達は上官の指示を待つこともなく、キャンディと涼周の捕縛に移った。

「ぐっ……! 貴様らァ……!!」

 全身に傷を負って尚、キャンディは視殺の睨みを利かして抵抗を示す。
一振り一振りの威力は目に見えて弱まり、攻撃が及ぶ範囲も縮んではいるが、迫り来る猛兵を羽虫の様に弾き返す気迫は鬼神を連想させるものだった。

 強いて言えば、それだけが全く衰えていなかった。

(……これが噂の狂い姫か。なんて恐ろしい目をしているのだ。……まるで鬼だ!)

(鬼軍曹と呼ばれるオルファイナス様でも、こんな危険な目は見せないぞ)

(……気配もそうだが、この女の睨みからは得体の知れない恐怖を感じる。……一般的な将の歩む道とは、遥かに違う道でも歩んできたのだろう)

 キャンディの放つ底知れない殺気を前にして、司福の部下達は思わず畏縮する。

 それと同時に歴戦の彼等は、武人の放つ『威』とは一線を画したそれが、明らかに異常な方法で身に付いたものだと確信した。

「……ならば! 手負いだろうと女であろうと、加減はせぬ! 容赦なく攻めよ!! 巖殺陣で行け!!」

 負傷した司福に代わって騎兵長が号令を下すや否や、騎兵達は俄に残っていた遠慮や恐怖などの余念を全て捨て去り、殺人機械と化して一気呵成に挑み掛かる。

 瞬く間に剣・槍・矛などの刃がキャンディの体を切り刻み、鋼鉄製の柄は容赦なく振り下ろされ突き出され、キャンディを我武者羅に殴打する。

「ぅあぁっ!? ……あぐっ!? うぐうぅ……! ああぁぁぁぁっ!!?」

「おかーさん!? おかーさん!? やめてっ!! もうやめてェェ!! いややいややいややァァーー!!」

 反撃の糸口を見出だすどころか守りの暇すら与えない鬼の様な連携攻撃。
かつて司武が、対魔人用に編み出した必殺の攻め方だった。

「はぐぅ……!? あがぁぁっ!!? ぅ……ぐぅぅ……! …………貴さ……まらァァ……!!」

 無数の刃を凌ぐものの、その内の何本かが肉体を深く抉った後、後頭部を強打されたキャンディはどっ! と倒れ伏す。

 泣き叫ぶ涼周に覆い被さるように倒れたキャンディは、見るも無惨な姿だった。
全身隅々に至るまで裂傷が目立ち、切り裂かれた服から覗く肌は全てが朱に染まり、皆が羨む白い美肌は片鱗すら見えない状態。
泥や血や刃を帯びた黒髪は、山姥のそれと言われても疑う余地のない程に乱れている。
綺麗な顔に至っても、傷口より滴る血液が雨と重なって血涙となし、般若の如き憤怒が輪郭すら変えていた。

 ただし、それでも彼女の目は変わらなかった。
一向に衰えていない視殺の睨みは、立ち上がれぬ程まで痛め付けられてなお、まだ戦うかの様な殺気を放ち続け、依然として司福兵を凄ませる。

 偏に、司福兵達がやりすぎと思われるまで打ちのめしたのも、この睨みが影響していると言えた。完膚なきまで痛めつけねば、此方が殺られる……と思わせる程に。

「…………これ以上の抵抗は無意味でしょう。大人しく捕縛されて下さい」

 側近の肩を借りた司福が、キャンディの前に立って投降を勧める。
騎士としての誇りを大事にする彼女は、非戦闘員または女・子供・老人に手を上げる事を不快に思い、母子にはここで降参してほしかった。

 方や、キャンディは司福の名をボソリと呟くと、踞るように涼周を抱き締めだした。

「…………一つだけ……」

 そして数秒後。殺気を和らげたキャンディは意を決した様に語りかける。

「……司武殿の娘である貴女を見込んで……一つだけ、お願いがあるの……」

「……何でしょうか」

「私はどうなっても構わない。嬲られようが、殺されようが、人質にされようが……重氏の好きにすれば良い。でも! ……この子だけは……お願いだから見逃してほしい……!! 貴女達が死神と敵視しているこの子は……悪い子なんかじゃないっ!! 私とあの人の……大切な子供なの……!! 人の弱さに寄り添えて、心に花を咲かせられる希望の宝……!! 私の自己満足だけじゃなくて、平穏を望む全ての人の為にも! こんな所で死なせちゃいけないのよ!!
――だからお願いっ!! この子だけは……助けてあげて……!!!」

 踞りながら我が子を抱くキャンディの姿は、地に頭を付けて懇願しているようだった。

 彼女の乱世を憂う真心と、我が子に向ける底知れない愛情を前にしては、流石の司福兵も心を鬼にしづらかった。

 それは隊長の司福にも同じ事が言えた。
特に彼女に関しては、ある事情を抱えている事に加え、元来が優しい性格をしている為に、キャンディの言葉が強く胸に刺さったのだ。

「……私にも、助けたい命があります。……貴女の願いも、分かっているつもりです」

 歯切れの悪い司福は、一旦言葉を切って息を呑んだ。
言いたくはない。けれど言わねばならない事実の為に。

「…………ですが――」

 一拍置いた彼女は、その間に自らの良心へ剣を突き刺し、いつも通りに殺した。
突き刺して、殺しさえすれば、後はいつもみたく氷の様に冷たい言動と、事務的な判断を下すのみである。

「戦場に私心を持ち込む訳にはいきません。父も、そのように仰っていました」

 司福の下した判断は、一軍の将としては間違っていない。
ただ改めて、乱世とは無情である事を示していた。如何に優しさを重視したくとも、すれば我が身が滅ぶのだから。

 途端、キャンディの殺気が増幅し、周辺の空気を再び強張らせた。

「……外道がァァ……!! 何が律聖騎士団よ。重氏の言いなりになった……ただの戦狂いじゃない……!! 私なんかより、相当狂ってるわよ……あんたら……!!」

 屈強な司福兵は心胆を寒からしめ、皆が一様に後退る。

 だが、もはや威圧を発するだけで精一杯なキャンディを前にして、いつまでも戦慄している者達ではない。
彼等は母子捕縛の為、恐る恐る詰め寄った。

「……っ……晴れてさえいれば……こんな連中……!!」

 徐々に狭まる捕縛の手。精根尽きたキャンディは苦々しい表情を浮かべるとともに、涼周を胸に抱いて覚悟を決めた。

(よし……よし! あの “狂い姫” も、とうとう年貢の収め時だ!)

(そのまま動くな……大人しくしていろ!)

(フッ……! まぁ、多少暴れたぐらいで、我等を突破する事は叶わぬがな)

 予期せぬ反撃を警戒しつつ、得物の刃先が一メートルを切る所まで近づいた司福兵。
数秒後には、全方位から連携の取れた組み伏せが行われる手筈であった。

――ビュボッ!! ババババババンッ!!

「んっ!? ……な、なにっ!?」

 その矢先に飛来した、風を断ち切りし憤怒の直槍。
キャンディの背後を横一直線に突き抜けたそれは、軌道上に構えていた司福兵の上半身を綺麗に弾き飛ばし、周囲の者を盛大に怯ませた。

「槍だと!? いったい何処から飛んできた……!」

 一拍遅れて事態の異様さを把握した司福兵は、全員が嫌な予感に襲われた。
こんな強撃を繰り出せるのは魔人を置いて他にないという事を、魔人の下で長年戦ってきた経験から容易に理解できたからである。

 そして、その魔人が手の届く範囲に現れたという事実が、この状況に於ける何よりの決定打になると分かっていたからだ。

「西方に敵影発見! もの凄い速さだ! あれは――ぎぃあぁっ!?」

 続けて飛来した瞬槍が、報告する司福兵の口を封じるかの様に……否、口封じを兼ねて、キャンディの目前に迫る司福兵を横一直線上に葬り去った。

 司福の小隊は動揺に包まれ、キャンディの前後に空間が生まれる。

 同時にキャンディ本人の精神にも余裕が生じ、それによって余力を回復した彼女は、顔を上げて西の方角を望み見た。

「あ……あの旗は……確か……!」

「ぉかーさ…………あっ! 銹達シュウタツ!! 銹達銹達っ!!」

 キャンディにつられて顔を出した涼周の視界には、司福兵の頭上を超えるほどまで高らかに掲げられた軍旗有り。
悪天候をものともせずに、堂々と広がる勇気の象徴は「シュウ」!!
涼周軍参謀の魏儒配下にして、遊撃・急襲・救援を十八番とする一級の勇将 銹達だった!!
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