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死神が呼ぶもの
囲み囲まれ強兵の連撃
しおりを挟む真っ黒な雨雲を抱える天空より眺めれば、今の状況は次の様になっている。
本陣中央もとい輝士兵達が組んでいる円陣の中央で、ナイツ・承咨・シバァの三名が貴幽を足止めする一方、涼周とキャンディは護衛兵に守られながら本陣脱出を試みていた。
韓任隊の方向に位置する円陣の一角では、ナイツの引き連れてきた騎兵と円陣を成す本陣守備兵が、母子を狙う所属不明の敵兵を内外より挟撃。彼等はナイツの命じた血路の確保に専念していたが、今のところ半分ほどしか出来ておらず、異様な威勢で突撃する敵兵に押し負けてすらいた。
「くそっ……! 本当に何なのだ、こやつ等は!? 粘り強いなんてものではないぞ!?」
「いい加減にして消えやがれ! 鬱陶しいんだよっ!」
「道だ! 俺達が壁になって、とにかく道を作るんだ!!」
キャンディ・涼周ともに戦闘不能状態にある中、輝士兵達は一層奮戦する。
然し、激情を力に変えた奮起・奮戦をもってしても、母子を狙って四方八方から湧き出る異形の敵兵を突破する事は至難を極めた。
何せこの敵は、切っても切っても全く怯まず、戦闘不能となっても瞬く間に復活し、異様な殺意を以て母子へ突撃するという面倒この上ない存在。
熱のない威勢は具現化した怨念そのものとばかりに凄まじく、光のない瞳は目前の輝士兵を貫いてキャンディと涼周を捕捉する。
全ての動きが、存在そのものが、母子へ向いていた。
するとここで、外にあっては気勢を上げる輝士兵達が、静かな不審を内に抱いた。
(こいつらが不気味すぎるのは確かだか……)
(何故か……キャンディ様が必要以上に恐れている気がする)
(あの大男は兎も角……こんな自我も持たぬ敵に、キャンディ様が遅れを取る筈ないのだが……。一体どうされたというのだ?)
それは、依然として勢いのないキャンディへ向ける疑問だった。
普段の彼女であれば、雑魚の群れなど簡単に吹き飛ばす。理不尽とも言える圧倒的な力で遠く遠くまで吹き飛ばし、我が物顔で前進する。
例え怪我を負っていても、この状況で示される彼女の母性愛からすれば些事の筈だ。
然し、今回に関して言えば、良くも悪くも唯我独尊な彼女に反する劣勢だった。
(……ともあれ、今は我等が何とかしなければならないのだが……)
現状、護衛の輝士兵達がキャンディの刃となっている。
彼等は改めて、前方に群がる敵兵を睨み付けた。
「この不気味連中……本当に鬱陶しいっ!!」
「ふざけるな! これじゃあ、いくら切ってもキリがないぞ!」
「くっ……! せめてあと一手。内側の我々と挟む外側に……あと一手あれば!」
殺意の眼差しとともに振るう刃は、半ば八つ当たりのそれであった。
負の感情に左右されないよう訓練されたナイツ直下兵をしても、これ程まで執拗かつ不気味な敵を相手にすれば、冷静を失っても仕方のない事。
特に今の戦力では、防御に徹するだけで精一杯。純粋な攻撃力が足りておらず、迫り来る敵を切り伏せても即座に次の敵が迫り来る状況では、確かな焦りを抱いて当然だった。
「……ん?」
その最中である。護衛兵達が血路を開かんと円陣の外側を望んだ時、彼等はナイツが連れてきた輝士兵以外の集団を見た。
悪天候が影響して上手く視認できないものの、その集団は確かに猛接近し――
「涼周殿ォォーー!! ヨゴ族の戦士が、お助けに参りましたぞォォォーー!!」
『うおおぉぉぉーー!!』
内外の輝士兵と連携してトライアングルを築く様に、ヨゴ族長・マルシュが率いる一千名は敢然と突入した。
「おっ、おぉ!? 味方だ! 営水様の指揮下にある豪族兵達だ!!」
「援軍だ! 助かったぞ! これで突破できる!!」
活きの良いヨゴ族隊の参戦で、この場の流れは好転した。
外側に二つと内側に一つの攻め手が通用し、貴幽の生み出した敵兵を突き崩す。
「よし、よしよし! もう少し、もう少しだ! もう少しで突破できる!!」
「キャンディ様! もうじき道が開けます! 走り出す用意をお願いします!」
「後ろの備えは我等にお任せを!! 道が出来次第、韓任将軍のもとまでまっしぐらに駆けてください!!」
「貴方達……ありがとう……!」
輝士兵の奮戦と豪族兵の突撃が、か細いながらも一本の道を生み出し始めた。
秒を追って出来上がるそれは、兵達が体を張って維持する道であり、尽くすべき存在の為に気合いと根性を尽くした証と言える。
「っ!! 開けた! キャンディ様! お早く――ってハヤァァーー!?」
最前衛を切り進んでいた護衛兵が、外側の味方と合流して道が繋がったと確信した次の瞬間、キャンディは既に目前を駆け抜けていた。
その瞬速の出来事と脱出成功への安堵に、輝士兵・豪族兵達はついつい笑みを溢す。
だが、気を緩めるのはまだ早い。
何故なら、敵兵の意識は依然としてキャンディと涼周へ向けられており、その二人が本陣を脱して外へ逃げ出すや否や、敵兵の群れも当然の様に二人を追いかけ始めたからだ。
しかも貴幽の指示があった訳でもないのに、全ての敵兵が同時に進行方向を改める光景は、不気味を通り越して恐怖心すら駆り立てる。
現に、この異様が過ぎる光景を前にした輝士兵・豪族兵はゾッとした。
「くっ、こいつ等! まだやるつもりか! 本当にしつこいな!」
「ヨゴ族の部隊は御二人を韓任将軍のもとへ送り届けてくれ! 殿は我等が引き受けた!」
「承知した! だがヨゴ族の戦士も、前衛の者はこの場に残れ! 後衛の者は涼周様と御母堂を囲む円陣を作りながら反転! 味方の陣営に避難するぞ!!」
ヨゴ族長・マルシュは、連れてきた千名を二手に分けた。
敵と深く噛み合った前衛の五百名には輝士兵を手伝わせ、連携して殿に当たらせる。
後衛には母子の護衛を任せ、マルシュ本人も前衛から移って直接的な指揮を執る。
涼周とキャンディは当面の危機を脱し、周囲と背後を守るのは屈強な猛兵達。
これにより、味方本陣で突如起こった戦闘も一時的な落ち着きを見せるかに思えた。
「……ん? ……族長、南西の方より騎馬隊が近付いています」
「何? 騎馬隊だと? ……おかしいな。営水殿もルーキン殿も、騎兵を出す余力など無い筈。韓任殿の騎兵にしても、来るなら東からだろうに…………まさか!?」
然し、戦場とはやはり残酷であった。
恐怖に怯える幼子を虐め尽くすかの様に、一難が去ってまた一難が訪れるのだ。
「族長っ! あの騎馬隊、味方を蹴散らしてこっちに突っ込んで来ます! 敵です!」
「奴等、強いぞ!? いったいどこの騎馬隊だ。……あっ!? あの旗印は!?」
悪天候を利用して、本陣の裏側まで迂回機動を成功させた騎馬小隊。
彼等は僅かに残っていた守備兵を瞬殺するや、涼周達の方へ向かってきた。
「『司』です! 旗印は『司』!! 「将狩りの司福」ですっ!!」
「な、なんだとぉぉっ!!?」
何の因果か、マルシュ達の属していた松国に「将狩り」の異名で恐れられる司福と、律聖騎士団の双璧を成した彼女の父・司武の手足となった古強者達だった。
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