大戦乱記

バッファローウォーズ

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死神が呼ぶもの

先駆ける副官

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 マヤシィ隊の特攻に松留本隊が苦戦する中、その状況を見て動き出した騎馬隊があった。
旗も掲げず、喚声も上げず、少数の利を活かして友軍の中を疾走する。

 然し、敵も味方も殆どの者が、そんな彼等の存在を認識できなかった。
言うなれば、「戦場全体の攻防が一層の激しさを増した為、正にそれどころではない」という状態だ。

「……ん? ……おい、お前達! 東から新手の騎馬隊が来るぞ! 防陣を組み直せ!」

 その存在を最初に気付いた者達は、マヤシィ隊の最後衛を務める百人隊だった。

 隊長の指示で三倍近い新手を視認した彼等は、西側の松唐兵を適度にあしらいつつ、主力を東側へ集中させ、迅速に迎撃態勢を整える。
味方の裏を掻いて陣内へ侵入せんとする敵を防ぐだけあって、彼等は相応の実力を持っており、今回従軍しているマヤシィ直下兵の中でも上位の精鋭兵と言えた。
だからこそ、マヤシィも安心して背中を預けている。

「ここは絶対に通さん!! 我等の鉄壁戦術を見せてくれる!!」

 突進してくる敵の騎兵に対し、大盾を持った重装兵が真っ正面から当たる。
新手の騎馬隊もマヤシィを迂回して現れた為に、正面切った激突を余儀なくされた。

「ぬぅおっ!? こいつら、相当固いぞ……!?」

「地上の不利をものともしないとは、中々やるな! ……だが……!」

 対騎兵用の陣形で堅固な守りを築いたマヤシィ直下兵に苦戦しつつも、正面から突進した騎兵達は不敵な笑みを向ける。
如何な精鋭騎兵であっても容易に突破できない筈の防陣を前にしても、彼等が余裕の込もった表情を浮かべられるのは理由があった。

「行け、シバァ。雑魚どもを余さず蹴散らせ」

「あいよっと! おら退け退けェーー!!」

『なっ……!? ぐわあぁぁ!?』

 止められた流れの中へ強引に割り込んだ男が一騎。
卓越した槍技の冴えを以て、鋼鉄の盾ごとマヤシィ直下兵を穿ち飛ばす彼は、旧楽瑜隊副将の一人、シバァだった。

 その後には狂王子・承咨も続き、切り開いた突破口を押し広げていく。

「い、いかんっ!? マヤシィ様を……マヤシィ様を呼び戻せ!!」

 危機的状況に瀕して、小隊長が叫び声とも言える指示を上げた。

 世にあっては無名なれど、楽瑜の口からは「我に見劣りしない勇者」と謳われるシバァ。ナイツやバスナには劣るものの、敵に対しては情け容赦のない承咨。
精鋭騎兵三百に加えて先述した二人の魔人まで現れては、如何に勇猛なマヤシィ直下兵と言えども、百人ばかしではどうしようもないと言えた。

「はっ! 遅ぇんだよ!!」

「ぐあっ……!? マヤシィ様……申し訳ありま……せん……!」

 勝負は一瞬でついた。敵兵の群れをはね除けながら、防陣の中心へ単騎先駆けしたシバァの槍が、小隊長の心臓を一突きで貫いたのだ。

 陣頭指揮を執る人物を失った事で、跳ね橋の守備隊は事実上の壊滅をきたす。
突破口は更なる拡がりを見せ、マヤシィ直下兵は陣地内部やマヤシィ本隊の許へと四散。承咨隊を阻む存在は消滅した。

「…………」

 にもかかわらず、先駆けを果たすべきシバァの足は止まっていた。
彼は絶命した小隊長の亡骸を静かに見つめ、感慨に耽る様に表情を霞ませる。

「どうしたシバァ。なぜ進まぬ」

「……いえね、上官の為に熱くなる奴等を討つのは、少々忍びないもんで」

「ふん、楽瑜の許が恋しくなったか? ならば立ち去っても構わんぞ」

 催促と疑問を投げ掛ける承咨に対し、シバァは顔を向けなかった。

 承咨は別段気にするでもなく、気勢の衰えたシバァへ冷淡に返す。
味方の士気を一切気にしないところが、承咨の自己中心性の顕れであった。

 然し、それでもシバァ達には、承咨に尽くす理由があった。

「これまた、厳しい冗談ですぜ。……ですがね、責任おって処断されるところを助けられた恩義、忘れたとは言いませんよ」

「ならばさっさと切り進め。貴様が開いた血路こそが、勝利への近道だ」

「はいはいっと。……まったく、人使いの荒い事で」

「無駄口を叩くな。ここから先、慢心は死を意味すると心得ろ」

「俺は何時でもそのつもりッス。……んじゃ、早速行きますか!!」

 シバァと承咨は片手間に得物を振るい、橋を昇降させる左右の鎖を切断。
後に続く味方の援護を得られる状況を整えるや否や、累洙陣地への侵入を果たした。

 松唐軍兵も彼等に続いて跳ね橋上を占領し、マヤシィ隊の退路を遮断。
一部の兵は承咨隊に従って陣地内へ侵入した。

 この事は、敗走した跳ね橋守備隊の残兵より、前しか見ていなかったマヤシィ本隊へ具に知らされる。

「大将ォー! 後ろを固める丙隊が壊滅したらしいですぜ!? 橋の上も占拠されて中に敵が入って……俺らも何かやべぇ状態になりそうですぜ!?」

「おおっとぉ……敵さんも中々やりやがるかぁ!?」

 松留本陣に迫っていたマヤシィは、松唐および松留の姿を捉えていた。
そんな中で届けられた苦境の報告は、タイミング的に最悪の一言に尽きる。
何せ敵将首を前にして進むか、退路の確保の為に退くか。そのどちらも重要であり、どちらをとっても敵軍の主力部隊に背を討たれるからだ。

(今回の松唐軍には松唐・松留・亜伝・竹禅の四将以外に、将らしい奴はいねぇと思ってたが……奴等め、まだ何か隠してやがったか)

「大将! どうしやすか!? このまま敵本陣に突っ込むっすか!?」

「それよりも、一旦下がって態勢立て直すべきだぜ大将! このまま攻めても包囲されるだけだ! みんな死んじまうぞ!?」

「い、いや! 既に包囲されてるぞ!? 俺達は今、袋の鼠なんだ!」

「んならいっそのこと、敵将首取るまでだ! 目の前のあれ取れば、包囲なんて自ずと崩壊すらぁ!! 退却すんのはそっからでも遅くねぇ!!」

 慌てふためくマヤシィの側近達。将に似て、彼等も脳筋が多かった。

「へっへへ! 敵将を前にして、そんなに喚くんじゃねぇよ。みっともねぇぜ?」

 後ろではなく、側近でもなく、松唐に向けて睨みを効かすマヤシィ。
その目は声音に反した真剣さを帯びていた。

「……ハッ! 面白れぇ! そんなぬるま湯包囲で俺達を討てると思ってんのかぃ?
――総員退却だ!! ブルゥとゴギィの部隊を先頭に、砦までの血路を開け!!」

「大将は!? 大将はどうすんですか!?」

「松唐の奴が無傷タダで見逃す筈はあるめぇ。俺が殿を果たす。運がよけりゃ、奴の首を挙げられるかもしれねぇしな」

「それは……如何に大将でも危険じゃねぇすか?」

「元々、戦場に危険じゃねぇとこなんかあるかよ。自分の力で安全側に持ってくしかねぇんだから、危険だろうが何だろうがやってやらぁ」

 マヤシィは矛を扱うように金剛長銃を構え直した。
仁王立ちに似ていながら、後退る姿勢をも感じられる佇まいを以て。

 それに伴って部下達は反転・退却を始め、突撃時にマヤシィの左右を固めていた最強兵が陣地までの先駆けとなる。

 そしてマヤシィ隊が完全に背を見せたと分かるや、松唐も動き出す。

「お前達の出番だ。一気に掛かれ。厄介なマヤ家の番犬を、この機に討ち取るのだ……!!」

「いよっし!! 行くぞおめぇ等ァーー!! マヤシィの首を挙げろォーー!!」

『おおぉぉぉーーー!!』

 待ちに待ち、耐えに耐えた松留本隊の突撃。
彼等の戦力は大きく削られていたものの、依然としてマヤシィ隊の数倍を有していた。

 兵士一人一人を見ても、形勢逆転に合わせて士気が昂った事で、先程まで感じていたマヤシィへの恐怖心が大分マシになった様子。
追撃される側としては、厄介この上ない状態と言えた。

「へっへへ……! 群れるだけのとっちゃん坊や共が! 吼えてねぇでさっさと掛かってきな!! 皆まとめて、良い夢見せてやるぜェェーーー!!!」

『ヒィッ……!!?』

 だが、それでもマヤシィは笑う。笑って、魔力を纏う咆哮を上げた。
それは松留隊の兵士が束になって上げた喚声を掻き消すほどの威圧を放ち、たったの一動作だけで “安全側” へと近付けるものだった。
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