大戦乱記

バッファローウォーズ

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死神が呼ぶもの

跳ね橋の攻防

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「……マヤシィ殿……かたじけない!」

「へへへへっ!! おめぇは充分示したぜ!! 後は俺に任せて後ろに下がりな!!」

 マヤシィは銃を掲げながら豪快に笑って返し、カタイギに後退を勧める。

 当のカタイギも、マヤシィの言っている意味は理解できた。
激しい乱戦に紛れて敵が侵入している故、安全な場所へ下がって指揮に徹しろと。

 だが、それでもカタイギは前にあろうとした。

「マヤシィ殿、忠告感謝致す! だがこのカタイギ、もう二度と不覚はとらぬ! 故に心配ご無用!! それよりマヤシィ殿が来られたお陰で、我等の勢いは更に増している! この流れを維持しながら積極的に敵を迎撃すべきだ!!」

 カタイギは、流れを握っている自分達から下がる必要はないと思う一方、沛国軍の「勇」たる自分の後退が、全軍の士気を低下させると思っていた。
だからこそ彼は、多少の危険を冒してでも最前線に留まる必要があると主張する。

『うわああぁぁっ!?』

「な、何事だっ!? どうした!?」

 然し、マヤシィが眉根を寄せ、彼にしては珍しい困惑の色を僅かに浮かべた時、カタイギの主張が通らない事態が発生する。
なんと、カタイギ隊の持ち場にある跳ね橋が、突然降ろされたのだ。

「守備隊! 何をしている!? 誰が橋を降ろせと命令した!?」

 カタイギのいる防壁上の通路から見れば、跳ね橋は直ぐ右手側に位置した。
彼は目前の戦闘を中断するや、すぐに内側の味方を確認する。

「おいっ! 何をしている!? なぜ味方同士で戦っているのだ!?」

 跳ね橋を守る部隊の持ち場は、敵が防壁を越えた訳でもないのに混戦状態にあった。
降ろされた橋も上がる気配が一切なく、外部に待機していた松唐軍は要塞の中へ雪崩れ込まんとしている。

 そして何より、連続する異常事態を前にしたカタイギ本人が冷静を失っていた。
度胸はあれども経験に劣る彼では、この現状に適う対処法を見出だせないのだ。

「ドウドウ! 騒ぐな騒ぐな。狙ってたのはおめぇの命だけじゃねぇって事だ。状況が分かったなら、後ろへ下がって態勢を立て直しな!! 沛国軍の復旧は沛国の将軍にしかできねぇぜ!!」

「うっ……うむ。承知した……! かたじけない、マヤシィ殿!」

「礼なんていいから早くしな。おめぇがもたつけばもたつく分、無駄に死人が増えるぜ?」

「おおぉっ! ……皆、すまんが俺は一度下がる! この場に残る者はマヤシィ殿に従って戦え!! いいか! 我等はまだ、負けた訳ではないっ!! 決して諦めるなァ!!」

『ッオオォォォーーー!!!』

 敵の侵入を許したこの状況にあって、マヤシィの存在は一際頼もしかった。
単純な場数以上に、将としての貫禄がカタイギを優に超えている。広く知れ渡る武名と今しがた見せた技の冴えが、現場の第一線に立つ剛将として底知れない安心感を誇る。

 カタイギも沛国兵も、そんなマヤシィに勇気を貰った。
彼等は陥落の兆しとも言える状況に陥って尚、逆に士気を上げたのだ。

「うおおぉぉぉっ!! 負けるな!! 押し返せェーー!!」

「松唐軍め、沛国軍の底力を見せてやる!!」

 真面目な沛国兵らしく、生真面目に士気を上げる。
言われた通りに奮戦し、他国の将が臨時で上官となっても変わらぬ奮戦を示した。

「フンッ! 沛国の弱卒共が!! いい加減にして失せよ!! 全騎、このブライに続けェ!!」

 それを知っている松唐は、橋の前に精強な騎馬隊を控えさせていた。
言うまでもなく、内部の制圧を有利に進める為だ。

「くっ……!? 精鋭騎兵が来たぞ! 怯むな! 密集して脚を止めるんだ!!」

「……だ、ダメだ!? 俺達だけじゃ止められない! 援軍……援軍をくれ!!」

 突入を受け持った騎馬隊は、沛国兵の奮戦を容赦なく捩じ伏せていく。
それもその筈。ブライと名乗る隊長が率いる騎馬隊は、松唐より指示を受けた松留が選抜した部隊なだけあって、松留大隊の中でも有数の実力者集団なのだから。

 間者の内応によって掻き乱れていたところに突入すれば、跳ね橋守備隊をあっという間に蹴散らす事も何ら不思議ではなかった。

「フッ……士気が高いのは貴様等だけではないぞ! まぁ、仮に我ら以上の士気を奮ったところで、我等との力の差は埋まらぬがな!! ハッハッハッ!!」

 得意気になった隊長のブライは、矛を肩に掛けて豪語する。
彼の前には、味方の騎兵以外に動く者はないと言うのに。

「さぁて、我が兵ども! 遠慮なく突っ込め!! 我等ブライ隊が今戦最大の武功を……むっ!?」

 防壁の下に居るブライが、矛を突き出して号令を下そうとした正にその時。
彼の視線先……もとい目前で、肉片と土煙が派手に舞い上がった。

「…………ん? ブライ隊の進撃が止まったぞ。どうかしたのか?」

 期待できる部下を送り出し、第二波として控えている松留が、不意に訪れた静けさに疑問符を浮かべた。

『ぎゃあああぁぁぁぁっ!!?』

 静寂の到来より数秒後。今度は突如として盛大な悲鳴が多く上がり、橋を渡って内部へ侵入した騎兵達の悉くが物理的に追い出された。

「あぁっ!? おい! 何だァ!? ブライ、ブライどうした!?」

「しょ、松留様……あの大鎧がブライ様では……!?」

 状況の把握に苦しむ松留が大声を上げて確認すると、傍に控える側近が、押し出された物々の内の一つを槍で指し示す。

 見れば、無残にも掃き出された無数の肉片の中に、一つだけ他とは違う豪華で大きな作りの鎧が確認できた。
それは紛れもなくブライの大鎧であり、中身は彼の上半身であった。

「なっ……!? ざけんなよっ! いったい何があったァァ!?」

 跳ね橋周辺に於ける攻撃の手が休まる中、松留の怒声は良く通った。

 故に、彼の声は累洙陣地の内部にまで届いた。
届いて、理解し難い威力の反撃を行った者から、返事を受けとる事ができるのだった。

「うへっへへ! 何があったかなんて単純なこと聞くなよ。中に入ってきた奴、みーーんな俺が殺しちまったんだからよ!」

「なっ……て、てめぇは……!!」

 血の霧より悠々と現れた巨漢は、大きな刃を装着した魔力装填式の金剛長銃を肩に掛け、肉片を踏み潰しながら跳ね橋を渡ってきた。
何を隠そう隠しきれない、マヤ家が誇る烈火の二番銃こと「炎獄の射手・マヤシィ」だ!!

「入ろうとしてるとこ悪ぃんだが、俺より後ろは客を選ぶ場所でな。そう簡単に横着させる訳にはいかねぇぜ。
――行くぞおめぇ等ァ!! 気合い入れて掛かれェェ!!」

『グゥウオオオオォォォーーー!!!』

 マヤシィに次いで姿を現したグラルガルナ精鋭兵一千。
彼等は先頭を踏破するマヤシィに続いて出撃し、十倍近い敵に対して白兵戦を挑んだ!!
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