大戦乱記

死神が呼ぶもの

カタイギの危機

「命惜しむな、名を残せ! 死力を尽くして功名を得よ! 全軍、敵を押し潰せ!!」

　軍陣の先頭に立つ松唐が、馬上にて矛を振り下ろす。
それを合図にして、松唐本隊の約半数に当たる七千が突撃を開始。
カタイギ、マヤメン、マヤシィ、ナイツの計一万五千と相対する、松留および亜伝隊二万の許に猛然と加勢した。

「敵の総攻撃か! だが、如何に数を増やそうとも、マヤメン殿が築かれたこの要塞は揺らがん! 沛国の勇者達よ! 侵略者どもを撥ね返せェ!!」

『ウオオォォォーー!!』

　カタイギの鼓舞で、沛国兵は高い士気を維持した。
彼等の支えとなっているものが、マヤメンが築いた堅固な防衛陣地と、勇将・カタイギの存在である事は言うまでもない。

　ナイツは後方で指揮を執るマヤメンと合流後、彼と共にその様子を眺めていた。

「流石は沛国の戦士ですね。国防の主役に相応しい奮戦ぶり、見事の一言に尽きます」

「カタイギ将軍自らが戦列に加わってますからね。否が応にも兵の士気が高い訳です。それに、向こうにはマヤシィ殿も乱入されましたから、心配は無用に思えます。……寧ろ、手数に劣る此方が危険だと」

　真上から累洙ルイシュ陣地を望めば、要塞の北堀でオバイン隊四千と竹禅隊一万が交戦。
川を正面にした陣地北側の更に北側で、カタイギとマヤシィの部隊一万四千(沛国兵一万一千、グラルガルナ精鋭兵三千)が、松留隊一万四千と交戦。
南側でマヤメンとナイツの部隊四千(グラルガルナ精鋭兵二千、輝士兵二千)が、亜伝隊一万三千と交戦。

　沛国軍の持ち場に戦力を集中させた為に、圧倒的な兵数の差を出してしまったのが、マヤメンとナイツの持ち場だった。
その上、立地的にも累洙陣地の中央に位置する事が影響して、ナイツはこの場こそが攻防の要であると見ていた。

　だからこそ彼は、マヤシィ隊がカタイギ隊の加勢へ向かったと知るや、本陣に控えている三千の内の二千を率いて、マヤメン隊の許へ駆け付けた。
直ぐ南隣には、李洪・メスナに加えて、韓任が控えているマヤメン隊の許へ。

　別の言い方をすれば、マヤメンもナイツがそう動くであろうと予期して、兄であるマヤシィをカタイギの許へ向かわせたとも言えた。

「……それでも心配すべきは、依然としてカタイギ将軍ではないかと」

　然しマヤメンは、危機はここに非ずと言った。
ナイツは怪訝な顔を浮かべて聞き返す。

「……どういう事でしょう? 松唐は敢えて、戦力の多いカタイギ将軍の持ち場を狙うと?」

　マヤメンは敵大将・松唐の立場になって、戦略的思考を働かせる。

「……持ち場というか、指揮者を狙うでしょう。この戦場にあって最も数が多く、最も戦意の高い兵団が沛国軍です。そして彼等の武官筆頭はカタイギ将軍にして、士気の柱も彼です。
――私がこの要塞を攻める側であれば、序盤の内に彼を討ち取ります。そうすれば……後は一撃で決着がつきますからね」

「なっ……!?」

　淡々と語るマヤメンの言動に、ナイツは戦慄した。
其処らの将軍以上に先の展開を読めるナイツが、マヤメンの考えを聞く事で彼の戦略脳に及び、最悪の事態を想定できたのである。

「松唐が抱える暗殺者集団か!? 奴は……それをこの戦でも使うのか!?」

　ルーキン達が沛国へ亡命した際、国境を越えてでも追い討ちを仕掛け、炎に沈めんとした黒づくめの集団がいた。(第十一章「剣合国と沛国の北部騒動」参照)
彼等は残虐にして非道な少数精鋭の暗殺部隊。否、松唐から見て非国民に当たる者達へ、裁きを下す闇の執行機関とでも言うべきか。

　兎に角、誰が見聞きしても良い印象を抱けない輩共であり、実際に対戦したナイツやマヤシィからすれば、毛嫌いする存在だった。

「松唐本人が出てきた事を思えば、その者等が従軍している可能性も高いと言えるでしょう。それと、彼等本来の役目とは違いますが、実際に対峙した兄上から聞けば……彼の者達が百名も動員されれば、一個中隊ぐらいは撹乱できるだろう……と。
――この二つは、あくまでも仮説の話ですが……その一個中隊というのが、カタイギ将軍自らが率いる部隊でないことを祈ります」

「祈ってないで、何か手を講じるべきでは……!?」

「御安心ください。既に手は打ちましたよ。兄上がカタイギ将軍の持ち場に乱入したのがそれです。戦局云々より、将軍個人の護衛を頼んでおきました」

「……成る程……理解しました」

　流石はマヤ家随一の知将だと、ナイツは感服した。
感服して、マヤメンの言う事ならば間違いはないと、気を引き締め直した。

　そして彼等が想定した事態は、存外早く訪れるのだった。

「撃てェ!! 突けェ!! 弾けェ!! 沛国の勇者達よ! 侵略者どもを残らず討ち返せェェ!!」

　ナイツが先に述べた様に、勇将・カタイギは最前列で奮闘していた。
彼は指揮と実戦を兼務して、号令の為に朴刀を振りかざし、川を越えて防壁を登ってくる敵を切り落とす為にも朴刀を振るう。

「ウオオォォォッ!! カタイギ将軍に続けェ! 敵を討ち落とせぇーー!!」

「敵は怯んでいるぞ!! 将軍に続けェーー!!」

　勇敢な将軍に勇気付けられた沛国兵達は、皆が自然と前へ出る。
それはカタイギが示す勇姿に全力で応えようとする想い、または侵略者を前にして退けぬ想いの顕れと言えた。

　然し、強すぎる想いは、時として諸刃の刃にもなる。
今回の場合は、前へ出ようとする姿勢が仇となって激しい乱戦を生み出し、最前線が敵味方の入り乱れて然るべき大混戦となってしまった事だ。

「あぁっ!? カタイギ様! 後ろです!!」

　カタイギ隊の中にあって、その時を虎視眈々と狙っていた者達は、大勢の敵を一度に切り伏せようとしたカタイギの隙を見逃さなかった。
彼等は飛矢の如く猛然と駆け出すや、標的の背後から槍や剣を差し向ける。

(裏切りか!? まずい!? 間に合わぬ――)

　カタイギは側近の悲鳴を聞いて即座に反転しようとしたが、彼の背後を取った者等は沛国兵に扮した暗殺の玄人。ルーキン達を襲った、あの黒づくめ共だ。
そして優れた戦闘技能を有するカタイギだからこそ、手遅れを確信できてしまった。

「愚将なりカタイギ! 覚――ごぼぉっ!?」

『!!?』

　だが、カタイギの背後に襲い掛かろうとした数人の暗殺者は、突如として飛来した砲丸の如き赤い魔弾によって胸を抉られ、一瞬の内に絶命する。
そう、その時を狙う者等がいるならば、その時に備える者もいるのだ。

「ホールインワン、クリヤァァ……! 邪魔者の排擲に成功だぜ……!!」

　櫓上より大型の狙撃銃を構えるマヤシィが、面を食らっているカタイギ達へ向けてドヤ顔を作って見せた。
普段から見せている「うへっへへ!」という軽薄な笑顔ではなく、「ニヤァァ!」という表現がとても良く似合う、悪のヒーロー染みた笑顔だった。