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南攻北守
北部動乱
しおりを挟む梅朝 涼周軍本拠地・柔巧城
覇梁本軍の楚南着陣より六日後。紫蘭の月、第三週頃。
楚丁州を巡って剣合国軍と覇攻軍が睨み合う一方、涼周軍は剣合国軍を援護するべく、承土軍に対する牽制を行っていた。
作戦指導者は涼周軍参謀を務める魏儒。補佐官には飛刀香神衆副頭領の侶喧。
彼等はアバチタ山岳軍と承土軍の領内に多くの間者を放ち、民の間に不穏な噂を広める事で、軍事行動の誘発に成功したのだ。
「間者の報せでは、四万の軍勢を整えたアバチタ山岳軍が南部の国境へ向けて出陣し、承土軍の東部兵団も東への侵攻を中止して転進。承土本軍からも、角符へ向けて数万規模の援軍が派遣されるだろうとの事。……一先ずは承土軍の意識を他所へ逸らせましたな」
軍議の間に集まった魏儒とシュマーユと稔寧と営水に、侶喧が報告をもたらした。
アバチタ山岳軍は、剣合国の東方に存在する勢力だ。承土軍とは犬猿の仲にあり、両軍の間で起きた直近の戦争を挙げれば、承土軍が侵攻した角符・沓顔戦だ。
剣合国軍による心角郡平定戦と同時期に勃発しており、承土軍の錝将軍・蒼虎の衡裔が角符を、東部兵団大将の霹靂臥 ・霍悦が沓顔を攻略していた。
そこに目を付けた魏儒は、飛刀香神衆の優れた裏方能力を借りる事で、両勢力の民を介して戦の気運を高め、それに反応した軍を出陣させたのだ。
「流石は飛刀香神衆。味方の血を一滴も流す事なく、こうも鋭い煽動を成功させるとはな。……貴殿らを敵に回した承土や承咨の、何と無様で浅慮な事よ」
「侶喧殿、それに飛刀香神衆の皆様、お疲れ様でした。御手腕、甚だ尊敬に値します」
満足できる結果を前に、魏儒と営水は互いに頷き合って侶喧達を褒めちぎった。
片や実行指揮を執った侶喧は、如何にも彼らしい謙遜で答える。
「何の何の、口の軽い女・子供にコソコソと偽情報を流しただけの事。大した事はしておりません。それよりも、失地奪回に意気込むアバチタ山岳軍を上手く組み込んだ魏儒殿の策謀こそ、褒めるに値しましょう」
「だが、それも元を辿れば、承土本軍に不穏な動きを察知した貴殿等の諜報能力の高さだ。奴等が出陣準備を整えていると知らなければ、私どころか涼周軍全体が後手に回っていただろう。そして知る事が叶ったからこそ、それを活かす策も生まれるのだ。改めて感謝いたす」
「お褒めの言葉、実に有り難く!」
今度は素直に喜ぶ侶喧。その返答に無駄がないところも、如何にも彼らしかった。
「……それで、この後はどうなさいます? 影ながらアバチタ山岳軍を援護するのですか?」
もう一人の裏方担当であるシュマーユが尋ねた。彼女は主に内政と補給を担う存在だ。
「うむ……そうだな。できる事なら承土軍に不利を生じさせたい。特に沓顔を制する東部兵団が狙い目であり、かの地をアバチタ山岳軍のもとへ奪回させたいところだ」
答えた魏儒から沓顔および東部兵団の名を聞いて、次は営水が語る。
「……東部兵団の侵攻に際して、沓顔は目を覆うほどの惨劇に遭ったとか。やはり、彼等の品位は極めて低いのでしょうね」
彼は真顔のまま淡々と貶す。同僚だった魏儒も、それに便乗する。
「奴等は進路上の物を私有物と捉える上、腹が減っていれば鼠すら奪っていく浅ましさを持つ。永き戦乱に伴って効率的な兵站運用が研究され、数多の勢力に広まり、組織化された現代にあって尚、奴等は非合理的・非人道的な現地徴収を嬉々として行う。真に浅ましい限りだ。……楽瑜殿と稔寧殿が抜けられた今となっては、拍車がかかっていても不思議ではない」
「……かつての主上とは、また違う最悪ぶりですね。……見てみぬ振りをしていた自分が言うのも、おかしな話でしょうが……彼等の暴虐は見過ごせぬ事かと」
「承土軍に属していた私とて同じ想いだ。……逆を言えば、だからこそ変えていかねばならんのだ。“最悪” の二文字を知っている我々が、この世に二文字を現出させぬ様にな」
改めて、魏儒の理想は高いと言えた。
だが理想を語るだけでなく、彼には揺るぎない覚悟と、実行に移せる才能がある。
「クックッ! まァ、邪な輩共には相応な嫌がらせで “最悪” な事態に陥れてやっても良いのだが……それをやりまくると涼周軍の名に泥が塗られる上、涼周殿の心にも反しよう。故に、まぁまぁ最悪な妨害工作で手打ちにしてやるべきだろうな」
一点だけ残念なところを挙げるならば……聖守将と謳われながらも義のない敵には容赦がなく、策に挑めば悪将に匹敵する程の闇がかった笑みを浮かべる事だろう。
「……それでは……やりすぎない程度の、妨害工作を考え、ましょう」
締めは稔寧だ。気配で魏儒の悪どさを人一倍強く感じた彼女は、他の諸将が苦笑する中にあって程々の闇を主張した。
「うむ。この魏儒や飛刀香神衆が敵に回った事、地獄の底で後悔させてくれよう!」
意気込みが先走っていると言うか、矜持や想いが強すぎると言うか、はたまた両方か。
兎に角、この日の魏儒は一際冴え渡っていたという。
この軍議の後、魏儒・侶喧・稔寧は妨害工作の準備も含めてカイヨーの守備へ戻り、営水とシュマーユが柔巧に残った。
そして、柔巧で対承土軍の軍議を行った三日後の事。
剣合国軍にとって南東の脅威足り得る承土軍の意識がアバチタ山岳軍へ逸れ、涼周軍の意識が承土軍妨害に集中する一方、沛国の東南部国境に築かれた前線陣地では――
「てっ、敵軍来襲っ!? 敵軍来襲ゥーー!! 律聖騎士団が攻めてきたぞォーー!!」
機を図ったかの様に、ファライズを治める重横が律聖騎士団を派遣。
旧ナムール家武将の田俚を先陣に据え、二万五千の兵力で侵攻を開始した。
「急いで狼煙を上げろ! 先ずは遊撃隊を指揮するカタイギ様にお知らせするのだ!!」
「周辺の民を城の方角へ避難させろ! 訓練通りにやれば何ら慌てる事はない!! 冷静かつ迅速を呼び掛け、手を貸し合って避難させるのだ!!」
「全兵、守備配置に付け!! 防衛線を死守する我等が避難の一刻一秒を稼ぐぞ!!」
『オオオォォーーー!!』
対する前線の沛国兵だが、彼等はマヤ家三男・マヤメンに緊急事態の対応を叩き込まれており、沛国軍上層部の期待を上回る対応力を発揮。
決死の想いを力に変え、沛国軍が武器とする結束力を遺憾なく示そうと奮起した。
「……ん!? お、おいっ! 見ろ!? 北側の陣地でも狼煙が上がっているぞ!?」
「な! 何だとぉっ!? ……まさか、向こう側にも敵が来襲したと言うのか!?」
然し、今回の律聖騎士団は一味違った。
否! 侵攻行為そのものが二味違う!!
敢えて言えばこの事態は、戦略眼に欠ける重氏の我が儘が起因した訳ではなかったのだ。
沛国 東北部国境 前線陣地
「栄えある松国の戦士全員に告ぐ!!
――命惜しむな、名を残せ!! 死力を尽くして功名を得よォ!!」
『ウオオオォォォーーー!!!』
南東に接する重氏と連携する形で、北東に接する松氏が同時侵攻を開始した。
大将である松唐自らが陣頭指揮を執り、五万の兵力で北側の国境守備隊を圧倒する。
今までは沛国を含めた三国で三つ巴状態だった勢力図が改まり、重氏・松氏連合 対 沛国という構図になって襲い掛かったのだ。
「松唐様、報告します! 今しがた陣門の突破に成功し、竹禅将軍率いる騎馬隊が内部の蹂躙に乗り出した模様! 亜伝将軍率いる歩兵部隊も、包囲を狭めて総攻撃に出ました!!」
「上々である。早速二将軍へ告げよ。「全力で押し潰し、我が軍の精強ぶりを近隣諸国へ知らしめるのだ。一人も残さず討ち滅ぼし、制圧後の火種も余さず消し尽くせ」」
「ははぁっ!! 承知致しました!!」
北側前線陣地の沛国軍守備隊は、五万もの大兵力を揃えた松唐軍の猛攻を前にして為す術なく敗れ去った。
武勇を示して威名を上げる事こそ、乱世を生きる戦士の最大の名誉であり、如何なる相手にも全力で挑んでこそ、意味もあれば価値もある。
その様に捉える松唐には一切の遠慮がなかった。
彼は配下の将兵に命じ、沛国兵を一人残らず討ち果たさせたという。
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