大戦乱記

バッファローウォーズ

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南攻北守

護増国の英雄

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 蝶華国騎兵の追撃に対し、一人で対応に当たるファーリム。
大薙刀を豪快に振りおろす蝶歌を巧みな馬術で軽くあしらい、蝶華国兵の突き出した槍は剣先で片手間に弾き返す。

 空ぶった蝶歌の大薙刀が地を穿ち、後続の追撃速度をも減速させる。
絶妙な「返し」をされた騎兵達も、得物を通して全身に衝撃を波及されて態勢を崩し、挑めば挑むほど落馬していく。
それが後続の隊形を乱して追撃の手を阻害するのは、言うまでもないだろう。

「蝶華国の方々よ! 俺達を追っても無駄に怪我するだけだぞ! それよりは自分達の陣を守った方が良いだろう! 手遅れになる前にな!」

「聞く耳を持つ必要はない! 所詮はしょうもない流言だし、こいつ等と別に動く奇襲部隊なんて存在しない!! ただ、あたし等を惑わそうとしてるだけ! 一刀入魂で追い掛けろ!!」

「……フッ、蝶華国の姫大将・蝶歌。若いながら大したものだな」

「何時までも余裕ぶってられると思うな! ハアァッ!!」

 肩に剣を掛けて蝶歌を一瞥するファーリムに、蝶歌は再び大薙刀を繰り出す。
絶妙な間合いとタイミングを狙った強撃は、先に空ぶった一撃の倍速く、そして数倍の破壊力に富んでいた。間違いなく、本気の攻撃と言えよう。

「っ――うあぁぁっ!?」

『あっ!? 姫様ッ!?』

 然し、魔人である彼女でさえ、ファーリムが相手では赤子同然の様に一瞬で弾かれる。
いい加減ではないものの、遊びと言っても過言ではない優雅な剣筋を以て。

 それでもファーリムの「返し」は本気並みの反発力を誇り、猛女と聞いて相応しいと思える程に豊満な肉体を持つ蝶歌を、護衛兵同様に軽々と仰け反らせる。

 蝶歌は桜色の戦衣に包まれた飛蓮並みの胸を、体に響かせた衝撃で意図せず大きく掻き乱すとともに、右半身を馬上から浮かび上がらせた。

「ふっ!? くぅっ……! アガレェェーー!!」

 だが、蝶華国随一の猛女と謳われるだけあり、彼女も相当な馬術を習得していた。
手綱を引いて馬体を調整し、トーチュー人仕込みの妙技を以て態勢を立て直す。
武技・馬術に長けた蝶歌ならではの、精鋭兵顔負けの数瞬間であった。

「おぉっ!? 上手いこと立て直したな! 危険に追いやった俺が言うのも何だが、大怪我に繋がらずで何よりだぞ!!」

 それを見てファーリムは感嘆し、蝶歌の護衛兵達も歓声を上げる。

「……今後を思えば、大怪我して退場してくれた方が助かるがな」

 片や、戦場にあっては蝶華国を敵と捉えるメイセイが、一転して物騒な事を呟き、すかさずナイトが反応する。

「ふっはは、こらこらメイセイ。お嬢さんに向かって怪我しろなんて言っちゃいかん!」

「向こうはそう思われたくなさそうだが?」

「向こうは向こう。俺達は俺達だ。蝶華国の姫大将に怪我なんてさせたら、彼女を慕う彼の国の民に申し訳がたたんだろ?」

「…………ふんっ、天性のお人好しめ。それでお前が大怪我しても、俺は知らんぞ」

「問題ない問題ない!! 俺にはお前達が居る!! ふっははははっ!!」

 蝶歌隊の相手をファーリムに一任して、余裕綽々と談笑するナイトとメイセイ。
そして、そんな二人をバスナが諫めるまでが、彼等のやりとりだった。

「っ! 何時までもふざけやがって!! どこまであたし等を侮辱するつもりだ!!」

 するとメイセイの言う通りに、敵意を逆撫でられたと感じた蝶歌が怒号を上げる。
その声は前面に構えるファーリムを越えて、ナイトの耳に直に届いた。

 ナイトは一転して雰囲気を改めるや、真剣かつ誠実な眼差しを蝶歌へ向ける。

「……不快にさせてしまったな。すまぬ。だが、これだけは知っていてくれ。俺達は貴国を蔑ろにするつもりはない。ただ過去を謝罪した上で、手を取り合いたいと……それ故に傷付けたくないのだ。
――理解は難しいだろうが、少しでも御身を大事に想うなら退いてくれ。それが貴殿の為にもなれば、蝶華国の民の為にもなる」

「いい加減な綺麗事を言うな! 聖人君主ぶれば誰もが雲の切れ間を見れるとでも思うのか!? お前ら一族のそんな傲慢が、あたし等を恒久的な日陰に追いやったんだろうが!!」

 その反論に、メイセイは舌打ちし、バスナとファーリムも表情を曇らせる。

 が、ナイトの顔色に変わりはなかった。
彼は先代と先々代の非を粛然と聞き入れ、尚且つ、真に想う事を訴え返す。

「……確かにそうだ。弁明の余地もない。然し、だからと言って、永らえられる命を無下に刈り取るのは間違っている。剣合国の今と昔で違いがあるとすればそこだ。
――虫の良いことを言うが、俺は貴殿らを敵にしたくない。助け合う仲間として、共に乱世を歩んで行きたいと願っている」

「っ……今更……! 今更どうにか出来るものかっ!! 蝶華国も護増国も他の豪族達も! もう何十年も前に手遅れだ! 今更お前が真の解放者を目指したところで、あたし等は……!!」

「今できなければ明日以降も試みる!! 俺の代で駄目ならば息子達がどうにかしてくれよう!! 兎に角、俺以降の剣合国は――」

「ナイト殿、新手だ! 意識を切り換えろ!」

 想いを伝えきるより先に、バスナの呼び掛けが割って入る。
ナイトはやむを得ず会話を中断して、即座に戦闘態勢を整えた。

 そして多勢の気配がする東側を見てやれば、森の中より新手の騎馬隊が姿を現していた。
松明によって煌々と照らされる銀色の甲冑に、守護の女神を模した白地の旗。先頭を駆けるのは大剣を携えた巨漢の猛将。
それは紛うことなき護増国騎兵一千と、彼等の将である價久雷だった。

「不測の事態に備えておいて良かった。者共! 蝶歌殿の騎馬隊に加勢するぞ!! 眠くて仕方ないだろうが、気張って駆けろ!!」

 予期せぬ襲撃に備え、予め伏せられていた護増国騎兵。
進軍に次ぐ進軍から夜警と出撃と、休む間もない彼等だが、戦に挑めば気力を振り絞り、闘志を滾らせて勇猛果敢に突撃する。

「流石は護増国の精鋭兵。見事な胆力だ。……討つに難く、そして討つべきでない存在達。……さぁて、どう対処するか……」

「どうもこうもない。阻むなら切り進むのみだ!」

 手首を回して大剣を構え直したメイセイが、馬首を東へ寄らせて迎撃態勢をとる。
見るからに本気で殺り合う気構えだ。

「メイセイ! くれぐれも加減を間違えるなよ!」

「護増国の英雄・價久雷に、加減などいるものかっ!!」

「如何にも! 本気で来い、飛雷将・メイセイ!!」

 先陣を切る者同士、先ずはメイセイと價久雷が激突した。

 互いの大剣がぶつかると同時に盛大な衝撃波が生み出され、護増国騎兵が僅かに抱いている眠気を完膚なきまで吹き飛ばす。

『ジオ・ゼアイ・ナイトを討ちとれェーー!!』

 猛将の一騎討ちが兵達の気勢を上げる要因となり、護増国騎兵はナイト達の前方や右側から一気に詰め寄る。
今が千載一遇の好機と見て、多少の犠牲は覚悟の上で挑んでいく姿勢だ。

「……バスナ、側面を頼むぞ。俺は正面を切り開く!」

「はっはっはぁっ!! いいや、大将とバスナとメイセイが三人で前を進め!! 後ろの可愛い子ちゃん達の相手は、俺が纏めて務めよう!!」

 言うや、体を捻ったファーリムは後方へ向けて豪快に剣を振り切り、脅威的な威圧と魔力を込めた強撃をわざと空ぶらせた。

「うっ……!? きゃあぁぁっ!?」

『ヒィッ!? うぉわあぁぁっ!?』

 武神将が放った羅刹の一閃は攻撃範囲こそ狭く、自らの馬体の裏側で不発させた為、蝶歌は元より巻き込まれた蝶華国騎兵はいないものの、その気迫は精鋭兵をいとも簡単に畏縮させ、肝の据わったトーチュー軍馬をも恐慌状態に陥れる。

 更には一瞬遅れて赤黒い衝撃波が発生し、その熱風を零距離で浴びた兵達の多くが脱落者となった事で、隊列は大きく崩れ、蝶歌隊は完封されたのだ。

「次だ次だァ!! メイセイ、お前の獲物を横取りさせろ!!」

「……仕方がない。あんたにくれてやる!」

 手慣れた連携で選手交代したメイセイとファーリムの迅速な動作には、一切の隙がない。
まるで二人の神経が一つに繋がり、一つの体で二頭の馬を同時に捌くかの様に、息の合った手綱捌きと割り込み・離脱だった。

 そして、前者はバスナと共にナイトの左右を固め直し、前方に先回りした騎馬小隊を新たな目標と捉える。後者は價久雷と側面の騎馬本隊の前に踊り出て、魔力の陽炎を纏いし剣をズォッ!! と突きつける。

「よし次ィ!! ……の前に護増国軍の兵達に告ぐ! お前達は挑まぬ事をお勧めするぞ! 俺に挑んでも詮無きこと! 仮に俺を越えてナイトに挑んでも、それはやっぱり詮無きこと! 荒野の果てに、徒に骸を曝すのみだ!
――ならばこそ、家族を想ってこの場は退け!! そして後を價久雷に任せれば、適度に彼を痛めてやる故、それを理由に全員で帰国せよ!!」

「なんたる身勝手な……! その様な流言、護増国の勇者には到底――」

 というところで、價久雷は念のために部下達をチラ見した。

兵士一同「………………!!」サッ! ササッ!!(首を振って視線を逸らす音)

「…………もういい!! 俺がやるから、お前達は休んでいろっ!!」

兵士一同「………………!!」グッ!!(ガッツポーズの音)

 價久雷は、ファーリムと改めて相対した。
心なしか彼の大きな背中には、哀愁が帯びている……という感じがした。
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