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和を求めて
甘毒に呑まれた謀将
しおりを挟むエソドアと稔寧は互いの素性を知った上で、早くも適切な距離を測ろうとした。
同盟相手であれ、「エソドア」という人物は警戒するに越した事はないのだと。
然し、やはりと言うか涼周は違っていた。
それが何だとばかりに目を丸々とさせ、互いに定まっていないエソドアと稔寧の視線を合わせる様に、間に入って一言告げる。
「ぅにに! エソドア、真っ白なお目々、キレイキレイ! 稔寧の髪と一緒!」
「私の目が……美しい……ですと?」
その言葉を前に、今度はエソドアが目を丸くした。
丸くして、いつになく目元を緩めて見せる。
「……ふふふ……何とも嬉しい事を……いや、嘘であっても実に嬉しい」
「うぅん、うそじゃない。白色のガラスみたいに真っ白でキレイ。キレイ見せる為に、黒い布被ってる、違う?」
「成る程……そうとも言えるだろうな」
忍ぶ為の黒であり、白に染まった目を映えさせる為ではない。
だが、涼周はそれを一種の表現方法だと捉えた。
白と黒のコントラストがエソドアのファッションであると思い、病に屈しない精神の源になっているんじゃないか、そんなところまで考えた。
対するエソドアは、子供故の純真無垢な発想を聞いて、再び気を良くする。
それが、彼の遠慮を穏やかに打ち壊した。
(……つい、拒みたくないと思ってしまう。出来うる事なら、心の底から信頼してみたい……)
涼周という存在もまた、言ってしまえば「天然の毒」だろう。
関われば必ずと言っていい程に緊張の鎧を溶かし、人として感じる温もりに心が殺られた挙げ句、謀将としての視界を霞ませてしまう猛毒。
(それでも……鈍らせる毒だと知った上で、飲みたいと心が欲する。この子の為に、智を奮ってみたいと心が踊る! げに恐ろしき大将よ)
剣合国軍嫌いと言われる聖守将・魏儒が、剣合国軍の一員たる涼周に忠誠を誓った理由。
魏儒同様に、智謀を以て大戦略を制するエソドアには、その気持ちが充分理解できた。
彼は稔寧に視線を改めると、放つ気配も穏やかなものに一変させる。
「良い良い。本当に良い主君を持たれておる。……貴殿らが羨ましく思えるくらいに」
「ふふっ! そうでございましょう? 羨ましいでしょう? わたくし達は、涼周様の事を強く、お慕いしております。涼周様も、わたくし達を想って、くださいます。この揺るぎない関係は、他所様の軍では、絶対に体験する事が、できぬ事かと。……ふふっ!」
「ふっふっふ……! これはまた、何とも意地悪な言い方ですなぁ……。しかも、なんだか我が兄の冷たさを言われたみたいで……貴女様には敵いませぬわ」
「ご高名なエソドア様との対話。せっかくの機会ですから、ちょっとした意地悪を……と、考えてみました。平に御容赦を」
稔寧は微笑を浮かべつつも、口元を態とらしく袖で隠した。
そのあざとい仕草の何と小憎たらしい事か。仮にエソドアの目が見えていたなら、彼はきっとそう思ったに違いない。
「構わぬ構わぬ。一向に構わぬよ。
――ところで今更だが、御二人は何故ここに? 涼周殿に関しては草花の中から現れた様な」
稔寧の結界が体を軽くさせ、涼周のオーラが心を癒した結果、エソドアは普段通りに立ち上がれるまで回復した。
彼は流れに流れた事態の把握に努めようと、ここに至るまでの姉妹の行動について尋ねた。
「あのねあのね、ご飯用意できるまで、涼周と稔寧散歩してた」
「ふむふむ……確かにナイト殿と話すナイツ殿の声に、そのような内容が混ざっておった」
「でね、もう良いと思って戻ったらね、にぃにが迷子になったって!」
「ふむ? しっかり者のナイツ殿が迷子とは……はて? …………あっ」
(涼周殿を呼びに行って、入れ違いとなってしまったのか……)
「だから涼周が、仕方ないけどにぃに探してあげてるの。メスナが言ってた。にぃに最近「とっしゅつぐせ」が付いたって、言ってた。だから迷子なる。にぃにウロウロしてるから迷子なっちゃう。だから涼周が探すの!」
(いや……迷子なのは……君達の方だろうに)
思わずツッコミたい衝動に駆られたエソドア 。
だが、せっかく落ち着いたのだから、逸る口に倣う事もあるまい。
彼は涼周の説明に相槌を打ちながら、稔寧が放つ気配を探ってみた。
「うふふっ……!」
そして、穏やかな稔寧の気配から察するに、彼女は分かっていて妹に付き合っている。
(だからねー、大宰謀おじさんもねー、敢えて乗ってあげる事にしたよー。むむ? ナイツ殿が可哀想だって? 構わぬ構わぬ、一向に構わぬよ)
「ふふふ……こんな可愛い子を困らせるとは、ナイツ殿は見掛けによらず困った兄君だな」
「ぅん! にぃに困った困った! だから涼周がにぃに守る!」
「良い良い! 真に良い兄想いよ。貴殿の優しさが、ナイツ殿の支えとなろうぞ」
エソドアは、いとも簡単に鞍替えした。
言い換えるならば、何だかんだ言って涼周と打ち解ける為に、ナイツを売ったのだ。
哀れなりナイツ。大広間にいる彼は今、一際大きなくしゃみをした。くしゃみをして、その様子を聞き拾ったナイトに、盛大に笑われたという。
「……だが、そうだったのか。それで花壇の中まで探そうとしたのだな」
「ぅぅん、違う」
「むむっ!? 違うのか? 私とした事が、推理を間違えるとは」
「にぃに探してたら疲れた。慣れないお城、疲れる。だから稔寧と一緒に寝てた」
「風が心地好くて……腰掛けただけなのですが、ついつい、横になってしまいました」
「そこに黒々おじさん来た。猫じゃらしでツンツンしたら咳しちゃった……ごめんなさい」
「あぁいや、気にする事はない。人目を忍んだつもりだった故に、突然現れて驚いてしまっただけだ。心身ともに、未熟な私が原因なのだ」
普段から眠たそうな稔寧が、涼周と一緒に居る事で熟睡してしまい、そこで彼女の気配が途絶えた。稔寧の腕を枕にして、抱かれる形で眠った涼周も然り。
そこへ気配を殺したエソドアが現れ、誰も居ないと思って気を許した途端、探知した涼周が目を覚まして猫じゃらしをフリフリ……という流れ。
何とも珍妙な、それでいて大自然的な出会いだった。
「……それはそうと、御二人はお腹が空いたであろう。ナイツ殿はもう戻っているだろうし、私達もそろそろ戻らぬか?」
場の雰囲気を改めるべく、エソドアの方から大勢の中へ戻る事を提案した。
涼周は表情を一変させるや、二つ返事で了解する。
ナイツ捜索の疲労は仮眠で解消されたが、介抱疲れから一層の空腹に襲われていたのだ。
食に関しては強欲な涼周が、断る理由はないだろう。
三人はこの場を後にして、一路、大広間へ戻っていった。
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