大戦乱記

バッファローウォーズ

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和を求めて

両雄並び立つ

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「はい、現行犯逮捕ね」

(狂い姫!? いつの間に……いや、ここは――)

 忽然と現れたキャンディが杉谷の右肩に手を当てて、暗い笑みを浮かべていた。

 杉谷は一瞬の呆然の後、懐から短刀を抜こうとする。果敢にも、列国から「狂い姫」と揶揄される化物級の強さを持ったキャンディに、抗おうとしたのだ。

「っ――があぁぁぁーーーっ!?」

 然し、短刀に手をかけるよりも早い一瞬の刹那。
光速と言っても過言ではないキャンディの右膝蹴りが繰り出され、臀部へもろに受けた杉谷は壁体に衝突。壁の一部分を食い破り、一坪分の壁ごと吹き飛ばされてしまう。

(何だ何をされた!? 何処の風景だこれはっ!?)

 余りにも早すぎる一撃に杉谷の思考は追い付かず、自分がどの様な状態か分からないまま高速回転し、風を切って飛空艇から本城内までの空中を滑空する。

 目に見える景色は万華鏡の様に定まらず、滞空時間にして極僅かなれど、死の淵にあって走馬灯を見るかの様にスローな体感速度。
一定の速度を超えた事で視角情報の整理が追い付かなくなった人間が感じるという領域だ。

「――ぐはあぁぁっ!?」

 そして杉谷の理解が及ばぬうちに、彼は和室と庭園の間に位置する縁側へ落下。それと同時に飛空艇の壁が館の壁に突き刺さり、内側へ食い込んだ部分が適度な衝立を成した。

「おぅ、奥! 相も変わらぬ健脚だな! それはそうとこれ、下手すれば銃弾より危険じゃないか? 怒ってるのは可愛いが、今は客人を重視してほしかったな」

「否。剣合国軍大将よ、このジーイングの身は気にせずとも良い。寧ろ、赴きある空間に添えられた意外性ギャップにより、見事な席が出来上がった事を、奥方と刺客に感謝せねばなるまい」

「お……おぅ? ……うむ、そうか。……貴殿がそういうなら、そうだな」

 派手に縁側を破壊した杉谷と、一歩間違えば殺人ブーメランになりかねない壁。
それを前にして一切の動揺を見せないナイトは流石だが、彼に負けず劣らず、常人離れした平常心と一風変わった美意識を持つジーイングも大概だった。

(父上が反応に困っているだと!? ……アレス・ジーイングという大将、噂通りの相当な曲者だ!)

(ナイト殿が反応に困るとはな。アレス軍大将……やはり只者ではない)

(殿のふざけ精神を抑制させる程の曲がった美意識。成る程、「曲」者とは良く言うものです。これはこれで恐ろしい)

 真面目に振る舞おうとして、却って裏をかかれたナイト。
そんな彼の様子を判断材料にしたナイツとバスナと安楽武は、ジーイングを見切った。
至って真面目に、ふざけることなく、真剣に。

 その一方、当のナイトもジーイングの意外性について思うところがあったらしく、真面目な雰囲気作りに努めていた姿を止め、至って普段通りの振る舞いに改める。
言い換えるならば、ラタオがレティに言った様に、剣合国軍側の特にナイトに関しては、堅苦しい会談を望んでいないという事だ。

「…………ともあれ、貴殿が気にしないと言うならば、俺も別段気にしないぞ!」

(……? 父上、いったい何を?)

 ナイトは半壊した縁側へ近付き、韓任や衛兵に捕縛された杉谷の前に仁王立つ。
睨む事もなく、敵意を向けるでもなく、ちょっと英雄寄りのナイト然とした雰囲気で、自らの暗殺を図った相手と目を合わせる。

 ナイツにはそれが理解できなかった。
乱世に於ける暗黙の了解を破った暗殺者なぞ、今更見抜くべきでもないだろうに……と。

 だが、それでもナイトの行動に変わりはなく、彼はさっと杉谷を見抜いて……

「ふっははは! うむ、始めからこの狙撃はなかったものと捉えよう。……アラヨドッコイ!!」

「ぬっ……あだぁっ!?」

「!!?」

 捕縛された杉谷を担ぎ上げ、多少強引ながらも会談の末席へ放り投げる。
それはまるで、殺すのを躊躇うどころか、俺の腹の内を知れといった感じであった。

「――さて。……では腹を割って話そうではないか」

 杉谷が韓任に警戒されながら落ち着くと同時に、胡座をかいたナイトがジーイングに改めて向き合った。

 ナイツやバスナ、李洪。それにジーイング側の諸将はこの乱雑ぶりに少々戸惑いつつも、対するジーイングが平然と首肯する姿を見て、強引ながらも彼等に倣う事とする。

 そして話を切り出した者も、一番最初に乗ったジーイングだ。
彼は先ず、自軍に於ける同盟の意義についてを語る。

「……ならば、まずは私から話そう。此度の両国軍事同盟が意味する当方の利点だが、第一に戦力の一極集中が狙える事。敵は当然、覇攻軍である。本国たる真政に隣接する横鷺オウロ(中郷郡南)及び透晋を攻め落とし、真政の安全を図るつもりだ」

 八月防衛戦より前に、アレス軍は覇攻軍領の透晋へ侵攻し、敗北している。
その雪辱を晴らす意味も兼ねて、横鷺郡および透晋は何としても手中に収めたかった。

「第二に、貴国と連合して覇攻軍を討ち果たした後の話だが、私は西へ勢力を伸ばし、グンセイ川沿いまで領土を拡大する」

 グンセイ川とは、中央大陸の真ん中から西方にかけて、広域に入り組む大河を言う。
大陸中央から東側を流域範囲とするシンシャク川に対を成す存在だ。

「グンセイ川沿い……即ち川を境にして、北は呂国軍、西は袁術軍に備える訳か」

「ふっ……その時まで其奴等が存在しておれば、そうなろう。呂国に関しては現国王の呂沈が病に伏せ、二人の王子による内乱の兆しあり。袁術に関しては、あれは人の皮を被った猿よ。それを見抜けぬ愚かな輩が群れを成し、形だけの大勢力を築いたに過ぎん」

「ふっははは、袁術なる男は所詮、お山の大将か。……実物をこの目で見たわけではないから断言はできんが、音に聞こえる人物評を基に判断すれば、確かに被り物を頂いた猿か」

 賢王・呂沈は既に老齢で、二人の王子は共に我欲が強い人物と名高い。
袁術なる大将も、かつてジオ・ゼアイ・アールアに味方した有力貴族・袁家の末裔という肩書きに抱き付くだけで、実際は何も掴めない小物と評されている。

 その為、ジーイングは二勢力の先は明るくないと判断。僅かな苦笑を交えていた。

「そして第三に……これは私の個人的な思惑だが、これから境を成す存在が如何なる者なのか、見極めたく思った訳だ」

「成る程な。それで……貴殿にはこの俺がどう映る?」

 ナイト曰く、最も知りたい理由。
相見える機会の少ない大将同士が実際に目を合わせ、互いに推し測る。
自分が見抜く他人の本質と、他人から思われている自分の本質。此度の対面は、それを知る良い機会でもあったのだ。

 無論、そこで感じるイメージによって今後の関係が大きく変わり、同盟を結ぶに相応しき信頼を持っている相手かどうかを意味している。

 ナイトの問いに対してジーイングは、一転して真顔に改まった。

「私から見るジオ・ゼアイ・ナイトとは、世が求める英雄のそれなれど、謀略からは求められぬ一介の武人に見える。……何ゆえにそこの男を生かそうとする?」

 ジーイングが挙げた “そこの男”とは、全身ズタボロ状態でうつ伏せになっている杉谷。
ナイトはジーイングの冷徹な眼差しを前に、あっけらかんとした雰囲気を作る。

「……これは異なことを言う。いの一番に刺客の存在を感謝したのは貴殿だろうに」

「惚けられるな。確かに場の雰囲気を変えた功は評価したが、あくまでも鉄砲玉をそのままにするつもりはない。飾りの役目を終えたならば即座に退場させ、詮議の後には処断する。……されど、貴殿の顔色からはまるで、詮議の後にも生かす色に満ちておる。敵国大将の暗殺という暴挙にでた覇攻軍を謀略で意趣返しするならば、そこの男は公開処刑すべきであるにも関わらず……だ」

「…………殺しはしないさ。紀州征伐の意義は、雑賀衆に苦死をもたらす事ではないからな。結果として力を行使せざるを得なくなった分、これからは徳に努めるつもりだ。雑賀衆も剣合国軍も関係ない。互いに平穏無事を願う仲間として、末永く生きていける様に」

「……完全なる綺麗事だな。それは勝者側の強引な主張の押し付けに他ならんぞ。察するでもなく、雑賀衆はそうは思っておるまい。必ずや、また害を為してこよう」

「そういった害を未然に消し去るのが、大将である俺の役目だ。アホだ何だと言われようとも、俺は俺を貫く。俺が笑って皆が笑えば、俺達の勝ち。敵だった奴が釣られて笑ったら、それは大勝利なのさ。俺達にとっても、敵だった者達にとっても……な。
――だから、命を狙われるべき俺が命を狙われたぐらいで、憂さ晴らしの様な処刑はしない。今まで充分過ぎる程に、俺のクソ親父共が殺したからこそ、俺はその逆を行くのさ! それって、夢があるとは思わねぇか? なぁ、お前ら!!」

 豪快に膝を叩くと同時、ナイトは後ろに振り返って仲間衆に同意を求めた。
安楽武は羽扇を扇ぎながら穏やかな顔を浮かべ、バスナは腕を組ながら大きく首肯。ナイツ、李洪、韓任も、英雄然としたナイトの雰囲気に感じ入った様子で頷いて返す。

 アレス軍の諸将は、目前で顕れた剣合国軍の結束力および想いの強さに感銘を覚えた。

「……ふっ……! 成る程な……だからこそ貴殿は、世が求める英雄なのか。大将という同じ身分に生きる者として……少しだけ、貴殿の純粋さが羨ましく思える」

 アレス軍の代表たるアレス・ジーイングが、静かに申した。
代々謀略によって栄えたアレス家の現当主にして、曲者揃いの諸貴族を束ねる大将の彼もまた、先代達と同様に「謀略を求められる大将」に該当する。
謀略を用いねば主家存続を図れぬ家柄が、業の血筋が、生まれ待った人格が、ジーイングの内に眠るコンプレックスと言えるだろう。

 故に彼は、陽の下を大手を振って歩けるナイトが、若干妬ましく思った。
そして、少なからず顔色に顕れたその感情を、ナイトは確かに見抜く。

「……次は俺だな。俺から見えるアレス・ジーイングという男についてだが――」

「言わずとも理解に及ぶ。他者の本質を見抜く事に優れる貴殿が、私を見誤る事はない。……それに私とて、「私」という大将については理解しているつもりだ。事ここに至って可愛く振る舞うつもりもない故、いま見抜いた「私」の存在が、正しく私であろう」

「…………そうか。なら、言わないでおこうか」

 僅かに哀愁を帯びるジーイングに釣られ、ナイトも眉根の角度を緩めて見せた。
同情というより、「冷血を好みしアレス家当主」と揶揄されるジーイングにも、ちゃんとした感情がある事を理解できて安堵した……だろう。

 ナイトにとっては、それだけでも充分だった。

「ふっははは!! よしよし! 俺もジーイング殿も、互いに良き所を見抜いた様子! ならばこれ以上の探りあいは無用!!」

 一転して豪快に笑うや否や、ナイトはスッと立ち上がり、着座しているジーイングに向けて手を差し出した。ジーイングもそれに倣って立ち上がり、剣合国軍の諸将、アレス軍の諸将も腰を上げて向かい合う。

「剣合国軍大将 ジオ・ゼアイ・ナイト。ここにアレス軍大将 アレス・ジーイングとの間に友好的な同盟を求める!! 承諾頂けるならば、この拳を握られよ!!」

「ふふっ! アレス・諸貴族連合軍総帥 アレス・ジーイング。この一瞬を心に刻み、貴殿の拳を握り取ろう。両国軍事同盟の件、しかと承諾致した。この盟約が両軍に於ける光となる事を、切に願う」

 ナイトに当てられたジーイングは、柄にもなく熱を帯びていた。
それはこの場に居合わせる両軍の諸将も同様であり、エソドアや安楽武の顔も、柄ではない安堵の色を帯びていた。

 こうして剣合国軍とアレス軍の軍事同盟は無事に締結され、両軍は今後、協力体制を取って勢力拡大に勤しむ事となる。
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