大戦乱記

バッファローウォーズ

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和を求めて

言葉の矢嵐

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 中野城を発したナイト達が最初に巡る場所は、必然的に城下町となる。
ここは拠点の膝元という立地条件は元より、出征の末に戦死した雑賀兵が最も多い場所。
即ち、人口最多を誇る十ヶ郷郡の中心街に当たるのだ。

 この地を厚く遇する事で剣合国軍のイメージ改善が効率的に拡がり、それが以降の活動の円滑化に繋がるとは言うまでもない。

(…………と、理屈は分かっているんだけど……やっぱりねぇ……)

 衆目を集めるナイツの傍にあって、メスナは心の目線を逸らした。

 大広場に集まった群衆はナイトの御高説を他所に、彼と征伐軍副大将を務めたナイツへ睨みを利かしており、真面目に耳を貸す者など一割も満たないと断言できる。

(どれも敵意や嫌悪感や忌避感に満ちた睨みばっかり…………まぁ、当然と言えば当然か。大人達は過去の紀州征伐を鮮明に覚えてるでしょうし、子供だって親や祖父母から聞かされて育っている筈。……何より、子供世代は今回で体験しちゃったからね。そりゃあ、あんな顔もしますよ)

 ここへ集まった民の中には、先の戦で父親・夫・息子を失った者が当然の様に居る。
彼・彼女等は、剣合国軍への恭順を表面しに来たのではない。
今後の統治について意見を述べに来た訳でもない。
野次馬や物珍しさに惹かれて、馬鹿みたいに足を運んだなんて到底あり得ない。

 ただ、身内を失った苦しみを、どうしようもない恨み節を、喚きに来たのだ。
彼・彼女等は、元より話し合いなど、するつもりもなかった。

「…………若、大丈夫ですか? 辛かったら、私が前に立ちますよ?」

 誹謗中傷が平然と飛び交う中にあって、視線を逸らさずにいるナイツ。

 メスナは彼にそっと近寄るや、彼の心を守るべく声を掛けた。
純粋な少年に言葉の矢面は辛すぎるとして、如何な叱責をも上の空にできるスーパー・スルー・スキル(略して3S)を持つ自分が盾になろうと慮ったのだ。

「大丈夫。これは大将の責務であり、大将を目指す俺の試練だから」

 然し、ナイツは毅然として構え、眉の一つすら微動だにさせなかった。
大将という存在の大変さを知り、強靭な精神を養うための機会と捉え、果敢に挑む。

 メスナは若き主の凛然とした姿に頼もしさを覚える一方、底知れない哀しみと、得も言えない寂しさを抱いた。

(奥方様に叱られる度、泣きながら私の後ろに隠れちゃってたあの若が……こんなにも強くなったか。……でも…………可哀想に。剣合国軍次期大将として産まれたばかり、こんな苦行にも耐えなくちゃならないって思うなんて。何で素直に、大殿と奥方様の好意に甘えようとしないかな?)

 ナイトとキャンディは当初、息子兄弟を演説の場に立ち会わせる気はなかった。
それは当然、今のような事態に巻き込みたくないという親心から来ている。

 それでもナイツは、父母からの再度の忠告があったにも関わらず、剣合国軍次期大将として民の前に姿を見せると、頑として聞き入れなかった。

(せめて……童ちゃんが外されたのが救いか……)

 ナイツとナイトはレモネに命じて、涼周を部隊後方へ移していた。
これは兄として父として、涼周を大事に思ったが故。

 同時に、ナイツが己の冷静を保つ為でもあったろう。
民から浴びせられる非難の声の中には、間接的・直接的を問わず、新興勢力の大将である涼周を馬鹿にする発言まで含まれていた。

(仮に、ここに童ちゃんが居て、民の声に打ちひしがれちゃったら……若はきっと平静を保てなくなる。それを見越して童ちゃんを除外したなら……本当に強くなりましたね。
――でもね若。私はそんな風になってまで、若に強くなって欲しいとは思いませんよ……贅沢な想いかもですけど……ね?)

 ナイツの死角に立つメスナは、ゆっくりと眉を傾けた。

 大戦乱の世界で、剣合国軍次期大将として生を受けた英雄の卵。
彼が治世で普通の少年として産まれていたら、どんなに良いことか。こんなに苛まれる必要なく、純然たる騎士様になって、多くの人を守る為に構えるのだろう。

(皆の為に強くなりたい。その想いは充分なぐらいに分かりますよ。伊達に側近やってませんからね。……でも、素直な心を殺してまで得る強靭さなんて……裏から不意を突かれれば簡単に崩れるし、嫌がらせ目的の人は裏口の鍵を持っているんです。ですから本当に大事なのは、自分だけで我慢強く耐える事に慣れるより、人の……家族の温もりを覚える事なんです)

 勝手ながら、主に対して憐憫の情を抱くメスナ。
輝士隊の遊び要員にして、ナイツのメンタルケアを受け持つ彼女は、今すぐにでも思いの丈を話してあげたかった。もっと楽に構えても良いんですよと……検討違いにも思える考え方を、不器用に耐えるだけの少年に教えてあげたかった。

(あんな心ない言葉まで……真剣に受け止める必要はないんです。表で真摯な色を浮かべて、裏で風に流してしまえば良いんです。あんな非建設的で感情のままに罵る声なんて…………律儀に聞くだけ無駄ですから!!)

 伊達に側近をやってない。その言葉に偽りはなく、メスナは普段以上に強張っているナイツの肩から、彼が相当な無理をしている事に気付く。

 それでも、ナイトが懸命に訴え、ナイツとキャンディがひたすら聞き入れる中、末席に当たるメスナが勝手に発言するなど許されない。

(…………それはそうとあんたらねぇ……いい加減にしなさいよ……!)

 故に彼女は、ナイツに先んじて冷静を失いかけていた。
尊敬するナイトやキャンディの真言に耳を貸さず、大好きなナイツの気持ちを理解しようともせず、己の自己満足の為だけに罵詈雑言を口走る民衆。

(幾ら過去の恨みがあっても、それを償おうとする此方の想いを拒み続けた上で戦を仕掛けてきたお前達に、かくも言う資格はないでしょ!!)

 軍人としては失格ながらも、人としての感情に人一倍強いメスナは、我慢ならなかった。
彼女の怒りは堰を切り、内側に押し留めていた殺意が顕になろうとする。

「……ちょっといい加げ――」

 だが、声を張り上げようとしたその時だ。

「皆、鎮まりなさい!! あたら暴言を吐くのは、士に限らず恥ずべきものぞ!!」

「し……重兼様……!?」

 隠居もとい義士城での監禁を余儀なくされた佐大夫に代わり、鈴木家当主となった鈴木重兼が、ナイト達の反対側より姿を現したのだ。
それはまるで、群衆を挟撃するかの位置関係であり、恨みの分散を図ったようにも見えた。

「重兼様……なぜです!? なぜ「平井の重兼」とも言われる貴方様が、仇敵の肩を持つのですか!? 剣合国軍が我等十ヶ郷の民にしてきた仕打ちを知らぬ筈はないでしょう!!」

「先の合戦! 前線の味方に援軍を出さなかったのは如何なる理由で!? まさか上に立つ貴方が、率先して怖じ気付いたなどとは申されますな!」

「こんな所で突っ立っておられる場合か! 早く平井へ戻って兵を集め、剣合国軍から我等を解放するべく挙兵なされよ!! それが責任を果たすという事! 違いますか!?」

「私達は八月の戦で多くの人を失い! 今回の征伐でも尊厳を侵されたのですよ!! なのに何で、平井に住む人は出兵どころか早々と降伏して所領を安堵されているんですか!? 余りにも不公平じゃないですか!? どう責任取るんです!!」

「中野に住む我々だけが苦しむ傍ら、貴方は唯一人だけ楽をしていた! これ即ち鈴木家の恥さらしであり、剣合国へ通じていた証拠!! 今更どの面下げて現れた!!」

 今度は一転して、十ヶ郷郡陥落の一助を担った重兼に、民の叫びが向かった。
誰も彼もが和平派の重兼を疎み、彼の領土が安堵されたのは得意な外交術によって剣合国軍と内通していたから、だと考えていた。

 対する重兼だが、詰め寄らんとする群衆を護衛が抑える前にあって、一歩も後退る事なく凛乎たる様を示す。
とても病弱な文人とは思えぬ程に、覚悟のある眼差しをしていた。

「皆の想い、重々承知の上。ことここにあっては言い訳もしない。逃げも隠れもしない。……だがな、私やナイト殿の想いだけは、心の何処かに置いてくれないか?
――私達はただ単純に、皆には苦しくても生きてもらいたいのだ。戦なき先の治世を望んで、待ってほしい。耐えてほしい。治世にあって必要な存在は、私の様な卑怯者ではなく、ここに居る皆なのだ。努々、それを忘れないでくれ。……この通りだ」

 美しくも哀しく、それでいて揺るがぬ想いを帯びた権力者の瞳。
そんな覚悟を向けた上で、重兼は深々と頭を垂れた。

「…………重兼様…………」

 紛いなりにも鈴木家当主となった人物にここまでされては、民も怒りを抑えざるを得ない。

 民達は重兼たっての願いを前に言動を落ち着かせ、僅かなれどもナイトの言葉を聞いた後、自然と散会していった。
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