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紀州征伐 後編
決着、紀ノ川決戦
しおりを挟む亜土雷と金兵衛隊の殺り合いが始まったのと、ほぼ時を同じくして、最後の大隊となった重秀隊は東と南の猛攻によって崩壊を始めていた。
西側に張っている金兵衛以外の頭目も、重秀に対して撤退要請を進言する伝令を出しており、皆が全面的な敗戦を前提としていた。
この状況の中では、流石の重秀と言えども無視はできない。
彼は呉穆との一騎討ちを適当に中断し、前線から風のように退いた。
「李醒の右腕よぉ……決着つけられねぇのは気持ち悪りぃが、俺も一軍の大将なんでな。悪く思うなよ」
腑に落ちない形で刃を収めた両者のうち、特に失意を示したのは熱血漢の重秀だった。
徹底抗戦から退却戦の構えに変更するべく本陣へ戻る彼は、勝負を投げられた事に憤る呉穆を背後に収める傍ら、その背中に鎮火した闘志の残り火を帯びていた。
「おのれぇ……スコスコと逃げよったか重秀! この恥晒しめが! …………やれ、仕方ない! こうなったら雑賀兵に八つ当たるのみだ!! 呉穆隊、集結せよ! 敵より素早く陣形を整え、逃げ出す余裕すら喰らい尽くしてやるのだ!!」
「おおぉぉぉーーっ!!」
一方の呉穆は、燃える死闘が強制終了した事で余計に熱を纏っていた。
個人の武力勝負が叶わないならば、将兵の合力によって為し遂げられる陣立てで競い合う。
「呉穆隊! 総突撃だぁーー!! 手間取るチンチラ共を一呑みに呑み尽くせェェ!!」
迅速な陣形の修正は、呉穆に軍配が上がった。
本来ならば、両者の実力はこれすらも互角だったのだが、勝敗が決まったと言っても過言ではない程の優勢・劣勢の戦況が、両者の動きに大きく影響を及ぼしたのだ。
それ故に、重秀本隊及び本陣は大打撃を受けてしまう。
せっかく整いだした陣形は脆くも綻び始め、呉穆に便乗する形で輝士隊と亜土炎隊も総突撃を敢行。戦場全体の流れが剣合国軍に大きく傾き、もはや楯突く暇すら消え失せる。
「若殿! 右翼の金兵衛様から報告が! 亜土雷の討ち取りに失敗、抑えられなくなった故に後退する、若殿につきましては逸早い離脱をするように、との事です!」
「ちぃっ! ……最後の砦も落ちたか……金兵衛は大事ないか!?」
「はっ! 負傷こそしておりますが、命に別状はありません!」
極めつけは、この戦局の中で唯一互角に渡り合っていた金兵衛隊が敗退した事。
一対二百という状況を長時間耐え凌ぎ、味方の合流まで殺り合った亜土雷は、やはり相当な実力者だった。
亜土雷隊は金兵衛の罠を強引に突破するや、鋭籍隊を頑強に防ぐ金兵衛本隊の側面を急襲。剣合国軍は南・東・西の三方向から重秀隊を攻める図式を作った。
「これ以上は打ち止めだな……。全軍! 退け! 退けェ!! 中野城まで退けェェーー!!」
重秀は打つ手なしと判断し、全軍に総退却を指示。本拠である中野城へ向けて敗走した。
「誰か! 平井の兄貴に援軍を求めに行け! 梶取に布陣して敵を足止めさせろ!」
十ヶ郷東部の平井城には、重秀の兄である鈴木重兼が控えていた。
だが重兼は元々の体が弱い上、今戦に関しては降伏派であった為に参戦はしておらず、四千の手勢と共に日和見に徹していたのだ。
「その御役目! この関にお任せ下され!」
重秀の側近にして、右翼崩壊に伴い殆どの戦力を失っていまった関掃部が名乗り出た。
彼は多数の怪我を負った状態に関わらず、汚名返上とばかりに意気が高かった。
重秀は力強く首肯するや、関の両肩に手を当てて無理を願い出る。
「関、頼むぜ! 兄貴さえ動けば俺達はまだ戦える! いいか! 何としても出兵させろよ!!」
「ははっ! 全力で説得に当たります!!」
重秀は藁にもすがる思いで関掃部を急行させる。
「俺達はひたすらに駆ける! 今後の人生で走る分を今使え!! この先、走れなくなっても良いから今だけはとにかく走れ!! 中野城へまっしぐらぁぁーーー!!」
その一方で降伏を良しとしない彼が、次に選んだ戦場は中野城。
同城で態勢を立て直し、籠城戦を展開しようと考えていた。
重秀本隊は陣形などお構い無しに乱れ散り、兵達が個々の動きで戦場を離脱していく。
最早この状況では殿を残すだけ無駄であると判断し、無様な姿を晒してでも生存本能に従った逃走を行った方がマシであると考えたのだ。
「重秀!! そう易々と逃がしはせんぞ!!」
「へっ! 輝士隊副将のお出ましか! 野郎共ォ!! 俺が道を開く!! 後に続けよォォ!!」
ナイツと別行動をとり、鈴木勢の背後に回っていた韓任隊一千。
重秀達の進路上に立ちはだかった彼等は、陣形という防具を脱ぎ捨てて無防備となった雑賀兵達の蹂躙に乗り出し、させん! と重秀が韓任へ立ち向かう。
「ふぅんっ!!」
「っ――があぁぁっ!?」
だが……哀しいかな。呉穆との死闘を演じた後の重秀には、輝士隊随一の猛将たる韓任と殺り合える程の余力が純粋に足りなかった。
先んじて放った魔弾も常時の半分程度の威力ゆえに簡単に弾かれ、肉薄した韓任の矛を長銃で防ぎ止めても、そのまま押し切られて落馬する。
「終いだ! 重秀!!」
八月防衛戦で対峙した二人にとっては何とも呆気ない決着に思えたが、韓任は一切の余念を捨てきり、重秀の首級を取るべく矛を振りかざした。
「――ぬぅっ!? 貴様等は……!」
刹那、三発の魔弾が飛来して韓任の矛に当り、軽くだが彼の体を仰け反らせる。
次いで、輝士兵の中を鎌鼬が如く猛スピードで切り進んだ長巻の騎馬武者が、一瞬の隙を突き、擦れ違い様に重秀を拾い上げた。
そして崩れた姿勢のまま、馬体まで傾ける手綱捌きを以て、一呼吸遅れて振られた韓任の矛を人馬ともに軽やかに躱す。
「三井! それに金兵衛!!」
「飛ばしますよ兄上。舌噛まないように」
魔弾を撃った者は三井遊雲軒、重秀を拾った者は金兵衛。
二人は重秀の救出に成功するや、馬に鞭打って疾走。金兵衛が先駆けとなって韓任を無視し、輝士兵を可能な限り迂回して、素早く包囲を脱してしまう。
このあたりの速さは、的場同様に接近戦を得意とする金兵衛だからこそだった。
「おっ、おい金兵衛! 兵達の多くが置いてきぼりに…………」
「残念ながら、もう全ては救えないっす。残された者の命は彼等の運次第なんで…………諦めてください」
良くも悪くも、金兵衛は重秀より将であった。
事態を逸早く理解し、感情を抜きにした戦略的思考と行動をとる。
こうなると、普段は弟をリードしている重秀でも、何も言い返せなかった。
(お前ら……マジですまねぇなぁ……。だが必ずよ、てめェ等の仇は取るぜ。今だけは……背を向ける事を許してくれェ…………!!)
弟の言に偽りなし……そう思った重秀は包囲を突破できずに討たれてゆく同胞の姿を尻目に、激しい復讐心を抱くとともに歯を砕く。
結局、退路を断たれた重秀隊は多くの者が戦闘続行を余儀なくされ、包囲を脱した兵は僅か数百名ばかりであった。
「一兵たりとて生きて帰すな。逃がせば次の戦で戦力として復活するぞ」
そこにきて、李醒による猛烈な追撃号令が下された。
呉穆・亜土雷・亜土炎・ナイツ・韓任は破竹の勢いを以て十ヶ郷郡に侵攻し、追われる側の鈴木勢は完膚なきまで蹴散らされ末、更に数を減らして四散する。
李醒本軍および李洪・メスナ・楽瑜・飛蓮も後続として紀ノ川を渡り、大々的な敗残兵の捜索・掃討・捕縛に当たった。
こうして、紀ノ川合戦は剣合国軍の大勝利に終わった。
鈴木勢の死傷者は八千を優に超え、降伏・捕縛者は三千を数えた。
対する剣合国軍の死傷者総数は二千から三千程度であり、これは地の利を敵に押さえられた状況下での勝利とは思えない程の、軽微な損害と言える。
偏に、亜土兄弟が示した奮戦と、単独で参戦した涼周達の活躍の賜物だった。
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