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紀州征伐 後編
炎と周の初連携
しおりを挟む楽瑜の拳と的場の大薙刀が交わる度に、地は唸りを上げて空気も共鳴する。
猛将同士の激闘は、これでもかという程に他者を寄せ付けなかった。
その一方で亜土炎は、沛国防衛戦の際に見たフォンガンとオルファイナスの一騎討ちを思い出して、またもや次元の違う戦いに驚嘆する。
(……人はあれ程までに強くなれるのか。私達の戦など、まるで遊びでは…………ん?)
「亜土炎、何してる」
楽瑜の登場によって置いてきぼりを喰らっていた彼の足下へ、気が付いたら涼周がいた。
険しい顔付きで行う上目遣いが、得も言えぬ幻妖さを放っている。
それはまるで、一騎討ちに魅入って指揮を放棄している将軍を諌める様だった。
「あっ、あぁ……すまん。考え事をしている時ではなかったな」
戦の最中であると暗に叱られた亜土炎は、ぎこちなく返す。
これが、二人に於ける記念すべき初会話であった。
(……何だ……この違和感の無さは? この子供は……何故こうもしっくりとする?)
涼周と改めて向かい合った亜土炎は、兄とはまた違う威圧を放つ涼周の姿を前にして、心の中で疑問符を浮かべた。
戦場にあって限り無く不釣り合いな「幼子」という存在でありながら、そこに佇んで睨みに似た眼差しを作るだけで、妙な落ち着きの良さを醸し出している。
それが亜土炎にとって摩訶不思議であり、普段とのギャップの違いも相俟って、今の涼周がとても目を引く存在に見えたのだ。
この子供なら或いは……と、亜土炎は期待する。
「……勝利の為に、ここから戦局を動かしたい! 弟君……私に力を貸してはくれぬか!?」
「にぃに言ってた。楽瑜の手から離れたら亜土炎の傍に居ろって言ってた。亜土炎、強い強い、にぃによりも強い。だから傍に居れば安心って言ってた」
「そうなのか……若君が、私の事をその様に……!」
弟の出撃に際して、兄は楽瑜と稔寧に護衛を任せていた。
その上でナイツは、的場ないし強敵との戦いが発生して楽瑜の拳が埋まる事態をある程度まで見越しており、涼周には自重を約束させ、稔寧には変わらぬ護衛を任せ、現場にあって確かな実力を持つ亜土炎の傍に居ろと忠告した。
だが、ナイツの潜思はこの程度では終わらない。
「それににぃに、こうとも言ってた。亜土炎が涼周求めるなら、涼周はそれに応えてあげろって言ってた。亜土炎が涼周守るから、涼周も亜土炎助けなくちゃいけないって!」
戦略的思考に偏るナイツは、どうせ涼周が出撃するなら亜土炎隊との連携を図らせ、亜土雷大隊右翼の優勢に繋げるべきだと考える。
亜土雷に勝る協調性を持つ亜土炎を信じて、涼周の出撃を独断認可し、相互の寄り添いで得られる感情的上昇効果に期待したのだ。
「だから涼周! 亜土炎助ける! だから亜土炎も、すんごい頑張る!!」
涼周の表情は依然として険しいままだが、良い意味で晴れ渡った真摯さを伴っていた。
そんな純粋な応援を受けた亜土炎は、それだけで充分な程に士気を高める。
(戦場という非日常の中にあって、こんな幼子が戦いの道に立ち、そして私を必要としてくれる……! この子の言う通り、私が頑張らねばならん!! 兄や的場を……見返してやる!!)
口だけではない涼周の存在に一目置くと同時、主将達に見劣りしている自分が必要とされた事で、満たされた承認欲求のごとき心地好さを感じた亜土炎。
曇りなき眼を向ける涼周に対して手を重ね合わせ、心より感謝を示す。
「弟君、御助力感謝する! いざ、共に行こう!!」
「ぅ! 涼周、お手てフリフリして敵眠らしてく。亜土炎、そこを突く!」
「委細承知! 赤翼隊は弟君の左方を、黄翼隊は右方を固めよ! 白翼隊は私に続け! 弟君によって掻き乱された敵中に突撃し、戦局を揺るぎないものとする!!
――皆、今この時に全身全霊を掛けよ! 我等の手で、勝利を引き寄せるのだ!!」
『オオオオォォッ!!』
ナイツを通じて涼周の戦法を聞いていた亜土炎は、逸早い順応を示す。
隊内最強を誇る五部隊の内の三隊を動員して、万全の突撃陣を即座に形成。続け様に涼周が黒霧を発生させ、多くの雑賀兵を気絶させた。
「おい!? 前の奴等が急に倒れたぞ! 大じょう――なっ!? 敵が突っ込んで来るぞ!?」
「これはまずい! と、止め――ぎゃあぁぁーー!?」
麻の如く乱れた敵中へ、一撃必殺の突撃をぶちかます亜土炎本隊。
その威力は凄まじく、的場による迎撃指揮が無い事も影響して、為す術のない雑賀兵達は良いように吹き飛ばされた。
「効果は大! 甚だ大!! 皆! 弟君に呼応してひたすら攻めよ! 今はただ突撃あるのみ!!」
亜土炎および剣合国兵の獅子奮迅ぶりは、涼周の戦法効果を一際助長させる。
それも一回きりの攻撃で終わらないところが、的場隊にとっての厄介な点だった。
涼周の魔力が続く限り黒霧の撹乱攻撃もとい無力化攻撃は継続され、亜土炎隊は将兵一丸となった突喊をけしかけ、的場隊をズタズタに蹴散らしていく。
その流れは敵も味方も看過できぬ程に勢いがあり、囮役である筈の亜土炎隊が役目以上の注目を浴びて、戦場全体の戦況を傾けんとしたのだ。
「……ちっ、敵さんの方に流れが有りやがる。殺してやりてぇ程に、良くねぇ流れだ」
中央に構える鈴木重秀が、左方に当たる的場隊と亜土炎隊の戦闘を一瞥。
具体的な苦境については肌で感じ取り、危機的状況の前触れだと判断する。
「関! 腕っぷしの強ぇ奴等を連れて的場の援護に回れ!」
「諾ッ! 兵四百、援軍出撃! 出!!」
重秀の左に構える関掃部隊八百名の内、半数が的場隊への増援として派遣される。
「三井! 関が居た場所に予備兵と共に入れ! 俺の左は任せたぜ!」
「了! 予備兵三百前進! 関地補充!」
関掃部、坂井与四郎に並ぶ重秀側近の一人、三井遊雲軒。
後方にて重秀の支援に努める彼は、予備兵を率いて関掃部の後地に布陣する。
「んでよぉ! おめぇ等はそこから動くんじゃねぇよ!!」
重秀は愛用の長銃から魔弾を撃ち出し、渡川を再開した鋭籍・棋盛隊に撃ち掛ける。
魔弾は水面に当たるや砲撃の三倍近い爆発を伴い、爆心地周辺の剣合国兵を死傷させた。
「おらよっ! 隠れても無駄だぜ!」
かと思えば、次の一発は護衛兵に守られた状態にある小隊長を護衛兵ごと撃ち抜いた。
雑賀銃兵達も重秀に倣って弾幕を張り、鋭籍・棋盛隊の動きを完封する。
「ぬぅ……! 亜土炎様の方に敵が向かった今、何としても上陸して足並み揃えた攻撃をしたいところだが……鈴木重秀のせいで下手に進軍できぬ!」
(元々の実力が高い重秀直下の雑賀兵が、地の利を得たをだけでも厄介な上に、重秀本人の実力も合わさって近寄れん。ここは両端の御兄弟に任せるしかないのか……)
決して大きくないものの、確かな動揺が鋭籍・棋盛隊に広がっていた。
それが原因で両部隊の兵士達は渡河を躊躇い、亜土雷からも無理な前進をして被害を増やさないように、との伝令が再度送られてくる。
棋盛はそれを悔しがって愚痴を漏らし、鋭籍に至っても対応に困っていた。
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