大戦乱記

バッファローウォーズ

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紀州征伐 後編

幼主の想いと少年騎士

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 涼周は理不尽な強さを以て、雑賀兵の掃討に転じた。
レモネを守る為か、更なる力の差を示して投降心を加速させる為か、はたまた両方の理由からなのか。兎に角、涼周は一声も発しないながら攻めに攻めて攻め出した。

「おっ、おぉ涼周様! 実に見事な戦ぶり!」

「見たか雑賀兵共! これが我らの将の御力だ!」

 飛んで跳ねて切って捨てる。その熾烈さは味方であるカイヨー兵達が戦慄する程に、俊敏な飛蓮が真似できない程に、人外なものであった。

 こうなると雑賀兵の抵抗は無駄中の無駄に終わり、敗走は殊更早い。
涼周が忌避すべき力を発動して数分の内に戦闘は収束。雑賀兵の捕虜は二百名に及び、三百名以上が戦死、残る百名未満が逃亡した。

 飛蓮は二百名のカイヨー兵を率いて軽い追撃を仕掛けるが、退いた先に新手が伏せられている事態を警戒して、山に入ってまで追撃をしなかった。
尤も、麓まで追った時点で残りの逃亡兵は三十名程度であり、取るに足らない存在となっていた事も影響する。

「…………涼周様……申し訳ありませんでした……」

 そして城内では、雑賀兵が次々と拘束されていく傍ら、レモネが不恰好な謝罪を行う。
当の涼周は戦闘終了に伴って自然鎮火しており、返り血に塗れた状態で立ち尽くしていた。

「………………」

 眠たそうでいて、何処かレモネを心配している目。幼子にあるまじき現場適応能力ゆえに達観としている目。死した兵士に向ける為の鎮魂の目。
姿・気配は平常に戻っていた涼周ながら、レモネをじっと見て沈黙を貫くその目だけは、妙に『思わせる』色を纏っていた。

「すみません……! 俺、実戦になったら……何もできなくて……! ただただ、手が震えて……! 本当に何も、できなくて…………ごめんなさ……ぃ…………!」

 無言の涼周を前にして、レモネは急な安堵感に襲われた。

 泣きながら謝罪するレモネを前にして、涼周は血を帯びていない右手を動かす。

「……ごめん……なさい……」

「なっ!? なんで……なんで涼周様が謝って……! 涼周様は……なにもわるくなんて……」

 ハッと頭を上げたレモネは、一心全てが贖罪に向いた涼周の瞳を見て、強く心を痛めた。
リミッターを解除したような圧倒的強さが、容赦なく毅然と見据える眼差しが、幼子とは思えぬ死の乱舞で戦場を席巻する姿が、戦々恐々としていたレモネには却って良かった。
護衛という立場にありながら、ただただ無力な様を示した自分を苛む一方、自分が戦うまでもない状況を作り出した涼周には頭が上がらなかったのだ。

 にもかかわらず、涼周は血が付着していない手で、レモネの頭を撫で撫でし始める。
それがレモネの心の回復を助け、涙せざるを得ない心境を作って無性に泣かす。肩の力をどんどんと抜かし、握力を皆無にして剣を落とさせ、全身を小刻みに揺らさせて嗚咽を促進させる。

 レモネは自分自身で、もう全てが不甲斐なく思った。

「涼周、レモネに無理させた」

「おれは……そんなこと、かくごのうえで……! ここにたってぇ……」

「涼周、レモネに嫌な思いさせた」

「だから……そんなことは……かくごして……」

「レモネ、とっても恐い思いさせられた」

「だからそれはっ……! 俺が無力だったからぁ!!」

 涙が地に落ちる様に、レモネの頭は再び下へ下へと向かっていた。
だが涼周の言葉に触発されて自棄を起こしたレモネは、頭を上げ直すや涼周の両肩に手を当てる。吐瀉物と雑賀兵の返り血に塗れた、汚れきった両手を。

「……!? ご、ごめんなさ――えっ?」

 一瞬遅れて気付いたレモネは、またもやハッとして手を引こうしたが、涼周はすかさず制止した。小さな両手で力強く、震えるレモネの両手を受け止めたのだ。

「大丈夫。涼周、レモネ守る。レモネ、お手てキレイキレイでいてていい。レモネの代わりに涼周が汚れるから」

「……っぅ!?」

 それは目を逸らしたくなる様な悲しい花だった。渇いている……とまでいかないものの、確実に常識から逸脱したが故に咲かせられる異端の花。
それから目を逸らさなかったレモネは、それだけで充分強いだろう。

「……そんなこと……そんなこと、良い訳ないじゃないですか……!」

 強く、優しく、そして勇敢だった。
彼にとっての涼周とは光であり、主と仰ぐ人物であり、守るべき年下の子なのだ。
汚すべからざる純白な存在にして、守らねばならない大切な存在。

 それ故にレモネからすれば、自分を守る為に涼周が汚れるなど、もっての他である。
彼は涼周の手を振り払う。涼周がそれに驚くことすら気に留めず、決意を新たにした熱い眼差しを向ける。

「俺は……私は、もっと強くなります! 今はまだ弱いけど……涼周様を守れるように……強く!」

「無理する、良くない。レモネはレモネでいる」

「はい! だから俺は俺でいます! 涼周様を守れるように努力するお……私でいます!!」

 自分が戦う理由に変わりはない。
綺麗なレモネのままでいて良いと思う涼周の想いに対して、レモネ本人は戦士として精進する道を貫くと返す。

 それが涼周にとって苦しいものだとは、彼は分からなかった。
否、冷静を取り戻したとは言え、そこまで気が回らなかったのだ。

 二人のやり取りを聞いていた稔寧は、涼周とレモネの会話が平行線になる事を憂慮した。
彼女はさっと歩み寄って二人の体に触れるや、優しい眼差しで休養を進言する。

「……涼周様、レモネ様。蓮が外へ出てくれましたから、もう敵の襲撃は、ないと思われます。衣服を着替えて、奥で休まれては?」

「ぅ、分かった。レモネ、お手て洗いに行く」

「あっ……はい。……お供します」

 現場の引き継ぎは稔寧が果たし、涼周とレモネは後方へ下がろうとした。

 だが、その数秒後であった。一人の伝令が慌ただしく現れる。

「隊長の飛蓮様は居られますか! 李醒様より伝令です! 飛蓮様は居られますか!」

「蓮であれば、先ほど追撃の為に外へ、半数の兵を率いて向かいました。李醒将軍よりの伝言、わたくしが承ります」

 臨時で指揮を執る稔寧が応対に当たり、伝令は李醒の言葉を稔寧に伝える。

「北側より雑賀兵一千が来襲し、現在西慶様の部隊と交戦しております! 李醒将軍からは援軍送るに及ばず、なれど城内の警備を再度強化するようにとのお達し。それと、まだ敵に増援があるやもしれぬ故、努々御油断なされませぬように。特に城外へ出撃した部隊は深追いを避けて程々で帰城するべしと」

「承知致しました。西慶様の御武運を、お祈り致しております。蓮にも人を送り、そのように伝えましょう」

「はっ! では宜しくお願いします!」

 東と西に続いて北側でも戦闘が始まった。

 数を見るに北側の雑賀兵部隊が本隊とも思えるが、畳み掛けるような多方面攻撃は一種の波状攻撃の可能性もあり、まだまだ後続が現れる恐れを含んでいる。

 それ故に、慎重を重視した李醒はナイツと飛蓮に注意喚起を促し、涼周とレモネは速やかに更衣を済まして稔寧の傍へ戻り、西側の守備を固めた。
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