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紀州征伐 前編
蒲生砦陥落
しおりを挟む紀州征伐戦四日目。岡崎三郎が降伏した夜の翌日早朝。
ナイツは和佐山城と蒲生砦の中間辺りまで赴き、高所に登るや否や、戦場のある北へ向けて魔力声を放ち、前線の兵士達に朝を告げてやる。
「すぅーー…………我はジオ・ゼアイ・ナイツ!! 和佐山城は我が手勢三千によって陥落した!! 繰り返す!! 我はジオ・ゼアイ・ナイツ!! 和佐山城は我が手勢三千によって陥落した!!」
鶏が朝を告げ、それをもとに兵士達が起床し、鶏の着ぐるみ寝巻きに身を包んだ寝惚け状態の涼周がにぃにの腕に噛み付くより先に、ナイツは衝撃的な朝チュンもといコケコッコーの役目を果たした。
当然、和佐山城に近い蒲生砦の重幸達には確かに聞こえた。
彼等は下手な目覚ましの何倍にも該当する名乗りを聞いて盛大な動揺を示すと同時、目前に迫る危機的状況を肌で感じ取った。
「呉穆隊前進!! あの様な砦! 一撃で屠ってやれェェェーーー!!」
「徐款隊も出陣!! 殺られっぱなしは気持ち悪いでなぁ! 今日は朝から仕返しよォ!!」
何と、ナイツの成功を信じた李醒が予定時刻に合わせて全軍を出陣させたのだ。
総数八万の大軍は一挙に押し寄せ、蒲生砦への攻撃を再開。
呉穆と徐款は前日までの鬱憤を晴らさんものとして、この討ち刻を機に攻めに攻めた。
「剣合国軍だ! 正面の剣合国軍が早くも攻めてきたぞーー!?」
「まずい! このままでは挟撃されるぞ!? 何とかせねば……!」
「何とかってどうするんじゃ!? 前に八万、後ろに三千! 対してワシ等は二千以下じゃぞ!」
「と、とにかく前面の敵の迎撃だ! 急いで配置につくぞ!」
一方の岡崎勢は目に見えて浮き足立っていた。
兵数に至っては虚偽なれど、ジオ・ゼアイ・ナイツという存在が背後から声を届かせているという事実が、殊更大きな影響を与えていたのだ。
「兵達よ! 皆落ち着くのだ! 先程の声は虚報! 落城の報告はあがってきておらん! ただ単に我等を脅かす為、少数で背後にまわって吠えただけぞ! それよりも、今は前面の敵に集中せよ! 我等が狼狽えれば、それこそ城が落ちるものと心得るのだ!!」
重幸は懸命に喝を入れ、右往左往する兵達を叱咤激励する。
彼は状況把握に努めるより先に、まずは抗える状態を取り戻そうとしたのだ。
「しっ、重幸様!? あれはまさか!?」
そんな時、護衛兵の一人が和佐山城の方角を指し示す。
「そんな……ばかなぁっ……!?」
和佐山城があろう場所からは、モクモクと立ち上る黒煙が確認された。
ただし、これは城全体が燃えている訳ではなかった。
剣合国軍の拠点として利用する為、全部に火を掛ける事はせず、老朽化した蔵に大量の薪や油を放って派手に燃やしていたに過ぎなかった。
更に言えば、城が燃える光景を極端に嫌がる飛蓮を想ったナイツが、城域の半分までなら放火を許可すると言った李醒に進言した結果でもあった。
そして、不安を煽る様に上る黒煙が決定的証拠となり、岡崎勢の兵士達は重幸の言葉よりも敵であるナイツの言葉を信じきってしまう。
彼等の士気は一撃で粉砕され、その分を吸収したかの様に、剣合国軍は盛り上がる。
正に勝機にして、完全なる討ち刻。呉穆・徐款隊は一気呵成にして必殺怒涛の勢いを以て砦を攻め立て、瞬く間に門を打ち破った。
「うおぉぉぉーー!! 門が破れたぞぉーー!! 一気に突っ込めぇぇーー!!」
入口が確保されれば、あとは数と勢いのままに流入されるのみ。防衛側にとっての地の利は失われ、残ったものは遺憾ともしがたい戦力差。
こうなってはもはや、重幸にも為す術がなかった。
「くぅぅ、おのれ李醒ぇ……! 『殺る』と決めれば一切の容赦なし!!
――撤退だ! 撤退するぞ!」
重幸は僅かな護衛兵と共に姿を消し、再起を図るべく西へと落ち延びた。
彼が離脱した後、指揮官を失った砦はあっという間に陥落。半数近い守備兵が投降し、残るは討死と逃亡が半々を占めていた。
「……重幸には逃げられたか。ならば追っても無駄だ。それよりは的場を片付ける。
――呉穆と徐款はこのまま進んで若君と合流し、和佐山城に入って以降の準備を進めよ。私と王晃は反転して的場を包囲する。亜土雷殿は周辺一帯の敵施設を全て降すように。輝士隊と弟君の軍は武具・兵糧を運びながら呉穆等に続かれよ」
蒲生砦陥落と時を同じくして、李醒は次の行動に移る。
その用兵は神速のそれであり、対する者にとっては最悪の一言に尽きた。
一転して、次は的場が危機的状況に陥る。
昨日までは一万の王晃隊が徹底した守備態勢にあったから良かったものの、今朝は前述の敵に加えて二万の李醒本隊までが攻勢に転じたのだ。
少人数の遊撃隊による散兵戦術で抗える規模ではなく、的場隊も瞬く間に蹴散らされ、的場本人は持ち前の武勇と土地勘を以て辛うじて包囲を脱するが、従う兵は僅か数十人という惨たる有り様だった。
蒲生砦より南側には然したる要害もなく、東西を走る紀ノ川を中心にした田園風景が広がっていた。和佐山城はその一角にある小山の中腹にあった。
呉穆と徐款は大した抵抗を受けずにすんなりと入城を果たし、正午を過ぎた頃には李醒本隊と王晃隊も続けて入った。
亜土雷・亜土炎隊一万五千も、各集落や防衛陣地等に籠る岡崎勢残党の大半を降し、安全な補給路と進軍経路の確保に成功。
城を接収した李醒は直ちに軍議を開き、各将へ指示を飛ばす。
この電撃的進軍速度を支えているのは呉穆と徐款であり、二人が迅速に下準備を整えたからこそ、李醒は続け様に行動する事が可能だった。
「呉穆は南へ進出し、覇攻軍の動きを調べよ。徐款と王晃は西だ。宮郷と南郷の動きを調べ、街道の確保に努めよ。若君と弟君は東へ赴き、ファーリム、バスナ両軍との連携を取れる状態を作ってください。私はこの城にあって全体の指揮と補給を担う。各隊は逐一報告を寄越し、現地では計画的な行動をとって休息と警戒に努めるように」
「警戒は分かるが、休息にまで気を回す必要があるか?」
すかさず呉穆が問う。
彼は電撃戦を敢行した事で兵は疲れているものの、適度な休息のみで充分だと思っていた。
「必要以上に兵の体力を消耗させるな、という意味だ。動かす者と休める者を徹底し、効率良く事に当たる事で、不測の事態に直面した際、全力で動ける態勢を整えておくのだ」
半分以上の土地が山地にあたる紀州では、軍備充分な剣合国軍は足が遅くなってしまう。その遅れを強行軍で補う場合、相当な準備と体力を必要とする。
故に、指示が下れば何時でも駆けられる様に備えよ、という事だった。
「李醒が斯くも言うなら、きっとそうなるだろうね」
「面倒事は避けるが定石ですが、覇攻軍は存在そのものが面倒故、万全の状態を整えねば一手打たれただけで後手に回りかねません。そういった意味で言えば、若君の任務はとても重要なもの。宜しくお願いします」
「了解した。バスナ達にも伝えておくよ」
重要な任務だからこそ、ナイツは他者との連絡を疎かにしない。
李醒は言葉にこそ出さないが、ナイツとバスナであれば失敗はないと首肯した。
剣合国軍は軍議を終え次第、広域に各大隊を展開させる。
抵抗を続ける敵を降しつつ、次の侵攻と不測の事態に備えた足場固めに従事。その中でもしかと療養は取り、一切の隙を見せない構えであった。
「ぅーー! 高い高ーーい! にぃにより高ーーい!」
「うむ! 涼周殿! もっと高く! もっと高く参りますぞ!!」
まぁ……それは表の姿であり、内側は寧ろ、無駄な行動で溢れていた。
涼周は楽瑜の高い高い、別名「高すぎて普通の人なら他界他界になる高い高い」を受けて盛大にはしゃぎ、ナイツは早速溜め息をつく。
「はぁ……楽瑜、涼周。あんまり羽目を外さないでよ?」
「ぅ、ただいま! にぃにも、にぃにも他界他界する!」
「えっ、いや俺は遠慮しま――」
楽瑜の右手にポスンと着地した涼周がナイツを指差し、応えた楽瑜は涼周を稔寧に預けるや、ナイツに肉薄して有無を言わさず大空へと巻き上げる。
「将たるもの、広い視野が重要なり!! いざ参られぃーー!!」
「え!? ちょっ――ああああぁぁぁぁーーーー!?」
涼周と楽瑜。この二人はナイツの居ない所で連携技を編み出し、今こうして実践に移す。
これこそがナイツや李醒が求めている「連携」であろう。
ナイツはその一番槍を飾る事になると同時に、高所恐怖症気味な彼はとても疲れたという。
「中郷郡へ侵攻した剣合国軍の先陣部隊は、呉穆と徐款の二万であったが、両将は岡崎勢を率いる的場昌長と鈴木重幸の遅滞戦術に苦戦を強いられた。
早急に中郷郡を制圧して足場を固めんとした李醒は、先陣と合流するや各所の敵陣地を無視して進軍。一気に蒲生砦まで迫り、攻撃を行った。
然し、この攻撃は鈴木重幸や的場昌長の目を本隊に向ける為の囮であり、二大英雄及び飛蓮とレモネが、五百の兵を率いて土橋家の居城を奇襲。岡崎三郎を降伏させた。
翌日、ナイツは蒲生砦の背後を脅かし、重幸隊は前後の挟撃に遭って敗走。重幸は宮郷へ向かって逃走したとされ、李醒と王晃に蹴散らされた的場もそれを追う様に戦場を脱した。
岡崎三郎はこの紀州征伐の後、戦史から名を見なくなる。
だがそれは、謀殺や粛清に遭った訳ではない。元来、彼は戦で名を残す柄ではないのだ。
彼の活躍ぶりは戦史よりも、地史または産業史に記述される事が多く、天仁王時代には良質な木材を多量に用いた普請奉行として、数々の築城や都市計画に従事。これを記す現在では「山林王」の異名を持つ程に、敗戦を機に成長した軍閥と言える。
聞く話によれば、奇襲したナイツが居城へ放火しなかった為、岡崎家秘伝の書物「植林益博論」なるものが残り、それを参考にして事業を成功させたという。
この件に関して、あの御方はこう語る。
「本当の「勝利」とは、「今を勝って未来で利を生む事」……って、仁義好館では教わるらしいよ? 軻壁が言ってた。ただ、あの時点では俺も義兄上も知らないし、知らないのに体現している義兄上は流石だなって思うよ。…………でもね義兄上、碁が苦手な俺に完勝して誇らしげな顔を浮かべても、それが未来の利になると思うなよ」
それはナイツとの勝負で五戦五敗を喫したばかりの台詞として、とても痛々しいものだった。
傍で観戦・応援していた私と姫は苦笑を受かべ、賭けに勝ったマヤトゥーはレモネの大福を強奪する」
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