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紀州征伐 前編
中郷郡への侵攻
しおりを挟む剣合国軍総数八万、満を持して八月を出陣し、南へ進んで中郷郡を攻めた。
先陣は呉穆と徐款の二万。中郷を治める岡崎家の前線集落を片っ端から陥落させつつ、着々と歩を進めていく。
対する岡崎勢は緊急の軍議を開き、対応策を協議模索していた。
岡崎家本拠 和佐山城
「三千も兵が集まらんだと!? ……お二方、これでは戦にすらなりませんぞ!」
居城の一角にある軍議の間にて、報告を受けた岡崎家当主代理・岡崎三郎が、頻りに机を叩いた。
尚、彼が言う二人とは、先の戦で中郷へ逃れてきた的場昌長と鈴木重幸。
八月防衛戦最終日の追撃戦の折り、岡崎勢の主力となる将兵は全滅しており、実戦経験のない岡崎三郎に代わって、実質的にこの二人が指揮を執っていた。
そして、焦燥感に煽られる若武者に反し、雑賀衆随一の知略を誇ると噂される老軍師の重幸は、静か且つ力強く進言する。
「三郎殿。戦とは、兵の数でするものではありませぬ。兵の士気と将の采配で行うもの」
「なけなしで集まった兵は戦えるかも怪しい数です! 将に関しても、実績も名声も皆無な私ですぞ! これでどう戦えばよいのか、皆目検討もつきませぬ! 明らかに――うおっ!?」
尚も動揺する岡崎へ、雑賀随一の武勇を誇る的場が、強引に肩を抱く。
「どぅどぅ! ちぃと落ち着け岡崎の倅! 采配は重幸に任せれば良い! 兵もワシに預けよ!」
「た、頼もしい限りですが的場様……」
「おぉどうした? まだ何か、問題があるのか?」
「集まった兵の殆どが……恐らく老人兵ばかりです。若者は大半が出征して……」
「なればこそ心配無用。孫や息子の仇の為に集った古強者! そやつ等は過去の大侵攻も経験しておるし、祖国守護の精神が根付いておる! 実に頼もしいとは思わぬか? ……これはワシの経験則だがな、兵達の士気はお主の不安に反して滅法高いぞ」
岡崎の懸念を的場は気にしなかった。寧ろ、その方がやりやすいと意気込んで見せる。
岡崎には、的場の勇姿が特に心強かった。
彼は目に見えて鋭気を取り戻し、戦に臨む気構えを作る。
重幸はその姿を見て上々であると判断。岡崎の勢いがあるうちに強気な献策を行う。
「剣合国軍の侵攻に対し、此方は複数の少数遊撃隊による遅滞戦術を取ります。雑賀衆本来の戦い方に落ち着き、敵の気勢を削ぎながら、外部の援軍を待つのです」
「外部の援軍……覇攻軍の事ですか?」
「然り。宮郷や南郷の兵達だけでなく、盟友である覇攻軍にも援軍を依頼します。どの勢力にとっても、ここ中郷は剣合国軍の侵出を防ぐ為の要所。必ずや助太刀に参るでしょう」
「では、要はそれまで時を稼ぐ! ……という事で!」
「然り。我等両名に三千の兵をお預け下されば、剣合国軍をこの城に近付けさせませぬぞ!」
重幸の力説を以て、岡崎は徹底抗戦の意思を固めた。
岡崎勢は最終的に四千名の兵力となって居城を出陣し、同時進行で西と南に援軍を仰いだ。
陣頭指揮は的場昌長と鈴木重幸の老頭目二人。率いる兵の大半も老兵であったが、そこは的場の言う通りでもあり、一人一人の士気が異様に高かった。
岡崎三郎本人は居城に残り、不測の事態に備えた籠城戦の準備と、味方勢力との折衝に尽力する。内政や外交に於いて、父・義重の補佐をしていた彼にとっては、この役目こそが力の見せ所であったのだ。
そして、中郷侵攻が始まって二日目の早朝。
山中に布陣していた剣合国軍の先陣は、突如として鳴り響いた喚声や法螺貝の音に叩き起こされた。
無論、仕掛けたのは的場と重幸だ。
自国の利を活かして密かに小隊を展開し、四方八方の山々から鬨の声を上げさせて、多勢と思わせるように仕向けていた。
「いかんなぁ、下らんなぁ……威嚇にも劣る負け犬の遠吠え。それで戦えるつもりかねぇ」
「……全ての部隊に告げろ。陣の守りを固めて打って出るな。奴等も吠える以上はできん。気が済めば自然と帰っていくだろう」
先陣の将である徐款と呉穆は、重幸の狙いが誘い込みからの伏兵戦術による局所勝利の連続であると判断し、一兵の出撃も許さなかった。
陣門を固め、外側の兵に警戒を強化させる傍ら、内側の兵には無駄な体力を使わないように普段通りの振る舞いを行わせる。
二将は、伏兵の危険性を伴ってでも少数の敵兵を討つ行為に、限りない無駄を感じていた。その上で敵地という条件が加わり、安全を最優先したのだ。
「おぅおぅ、苛つく程に警戒しておるなぁ! されども、そこを突くのがワシの役目!
――行くぞぉ兵共!! 子や孫の仇を、片っ端から討ち尽くせぇーー!!」
「オオオォォォーー!!」
だが、厳重な警戒態勢にある呉穆隊を前にして、的場隊三百名は当然の様に突撃を開始。呉穆隊陣地の端に攻め寄せたのだ!!
「倅の仇だ!! 剣合国軍め、死に尽くせぃ!!」
「中郷の地、決してくれてはやらん!! わし等の恐ろしさを思い知れ!!」
「侵略者どもが! 早々に失せろ!!」
八月防衛戦で息子や孫を失った老兵ばかりが、老いて益々盛んな的場に乗せられて熱を放ち、殺気を滾らせ、仇を一点に見据えて突撃する。
「来たぞ! 一人残らず返り討ちだ!!」
「老人共が、勢いだけでどうにかなると思うなよ」
「西方守護を司る我等を、甘く見たが運の尽き!!」
対する呉穆隊兵士も、その殺意に怯むほど弱くはない。
敵の来襲を目視するや直ちに迎撃射撃に移り、無謀とも言える突撃を前にして、労せず討てる絶好の狩り刻と判断した。
「邪魔くさいわ剣合国の狗っコロ共ォォォ!!」
然し、この状況は的場にとって無謀の二文字に該当せず、寧ろ呉穆や徐款が居ない状態で敵将と遭遇した剣合国軍兵の方が無謀と言えた。
身を隠せる障害物が多い場所を、少数精鋭で攻めた事。剣合国軍への憎悪が戦の恐怖を忘れさせ、矢弾による迎撃を恐れず進んだ事。
上記二点が影響して、的場隊は瞬く間に陣地へ肉薄。呉穆隊の一角を容易に突き崩す。
「ふっふふ! この程度で良かろう……皆、退くぞ! 次の狙い目に移り、そこでも同じ様に虐殺してやるのだ!! ワシ等の恐ろしさ、まだまだこれからよぉ!!」
「オオオォォォーー!!」
深い木々が情報の伝達を阻害させ、呉穆は対応に遅れる。
それを狙った的場は敢えて少人数で攻め、ある程度の戦果を上げると直ぐさま反転し、敵の増援が現れる前に姿を眩ましてしまう。
「的場昌長再び見参!! 剣合国軍の狗っコロ共!! 死して死に尽くせ!!」
的場昌長は、その後も執拗に突いては退くの戦法を繰り返した。
「的場昌長まだまだ見参!! 剣合国軍殺しは飽きぬな兵共よ!!」
「的場昌長! 乗って参った! ワシ等の恐ろしさを国に帰って伝えるがよいわ!!」
「この程度で終わりはせんぞ!! 的場昌長! 今日は千人の仇敵を切るつもり!! 狗っコロは斬られろ斬られろ!! 殺されて殺されろ!!」
決死隊の奇襲攻撃は、最終的に九回にも及んだ。
剣合国軍の兵達は聞き飽きた名前が各所で上がる度に士気を低下させ、当初は無視を決め込んでいた呉穆や徐款も次第に怒りを露にした。
特に、冷静を失った呉穆は徐款の忠言を無視して追撃部隊を出撃させてしまう。
「来たぞ! 岩を落として敵を分断せぃ! 銃兵も一斉に撃ち掛けよ!」
追った先では重幸が待ち構えていた。
彼は落石を以て呉穆隊の戦列を掻き乱し、伏兵を以て一方的に攻撃する。
唯一の救いは伏兵自体が少数であり、目を覆いたくなる被害を受けなかった事だ。
「ちっ……! 迂闊に出れば伏兵に遭い、籠れば一方的に襲われる! ……的場昌長、鈴木重幸! 今に見ていろ!! この死に損ないの目立ちたがり爺共がっ!!」
二万という大軍を率いていながら、高々数千の老兵達に良いように閉じ込められる。
噛み合えば負け知らずながら噛み合う事ができない呉穆にとって、先述の状況が凄まじい屈辱にあたるのは語るに易く、彼は窮地を脱しながら頻りに喚いた。
結局、この日は前日と打って変わり、剣合国軍が翻弄され続ける形で一日を終えた。
被害は一千を優に超え、対する雑賀兵の骸は百に満たなかったという。
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