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八月防衛戦
敵将首、一点狙い
しおりを挟む李洪の指揮によって韓任隊が巻き返し始めた頃。
悪戦苦闘していたメスナ隊も徐々に反撃の態勢を整えつつあった。
中心となる人物は無論、ナイツだ。輝士隊本陣を囮に使い、密かに移動する雑賀兵の小隊を十五番隊と共に排除していた。
然し、それが可能であるのは何も、十五番隊が機動作戦に長けているだけではない。
ナイツ率いる遊撃部隊の中に、李洪とはまた違う観点で、雑賀兵の戦法を理解できる者達が混ざっていたからだ。
「ナイツ殿、次は東から一部隊迫ってる。一旦北に戻って、身を隠すのに上出来な岩場があるからそこに伏せよう」
「ありがとう飛蓮! よし、行くぞ皆! 北へ向かう!」
索敵・奇襲・伏兵に熟達した直属兵五十名を伴った飛蓮が、ナイツ隊に加勢していた。
彼等も森林や山中での戦いを得意としており、機動力や身軽さは雑賀兵を凌いでいる。
迅速かつ的確な索敵を基に飛蓮が次の一手を考え、ナイツがそれを実行に移すのだ。
父や兄譲りの直感で策を生み出す飛刀香神衆の姫と、抜群の行動力で戦果に繋げる輝士隊々長の前に、雑賀兵達は一転して敗退を続けるしかなかった。
「うぬぬぬぅ……どうなっておる……! 急に負けだしたぞ!」
雑賀衆右翼の一将 島宗近。北東へ後退したメスナ隊を追う形で輝士隊本陣の側面に迫っている彼の部隊は、ナイツと飛蓮の連合小隊によって悪戦苦闘中。
現在の位置関係を鳥瞰で示すならば、メスナ隊の守る輝士隊本陣が北側にあり、南東からは島隊が、南西からは庄司隊が攻め寄せているといった状況だ。
「島! どうやら苦戦しておるようだの!」
そんな中、島宗近の本隊へ庄司加仁が兵を率いて現れた。
「庄司か……お主、部隊の許を離れて大丈夫なのか?」
「大丈夫でなければここには来ん。……相対するメスナ隊はただ闇雲に守るだけ。故にワシ等は強攻を避けながら攻め進む事ができたが、剣合国軍の本陣に近い此方は思うように進めんと見た」
「正にその通りだ。李醒を警戒すればこそ、東側には多くの兵を配備しなければ不測の事態に対処できぬ。そしていざ攻めようにも、奴等は地の利を以て我等の数倍の速さで動いておる。……どうも報告によれば、敵にも我等と似た者達が居る様でな」
「うむ、聞いておるぞ。昨日合流したという涼周軍の一部、飛刀香神衆であろう。奴等ともなれば、山中合戦の真髄を知っていても何ら不思議ではない」
「そこにナイツの小倅と輝士兵共が加わってな……先程から負け続きなのだ。なぁ、庄司。一つ手を貸してはくれぬか?」
「おぅ任せろ! その為に手の空いた兵を引き連れて来た!」
庄司は島の要求に快く応じ、早速手勢を率いて北上する。
島も予備兵の多くを庄司に預け、彼の作戦に従った。
「大兵を以てナイツを突破する! さすれば小賢しい奇襲などできなくなるわ!」
庄司は多勢による敵中突破を狙い、一気に輝士隊本陣へ肉薄する策をとった。
本陣を攻められたナイツは後退を余儀なくされ、それに伴って局地的な敗北はなくなり、全体的な戦闘になると判断したのだ。
「ナイツ殿、敵の大部隊が動いたみたい。数はざっと二千から三千で、真っ直ぐ本陣に向かって猛進してるって」
だが、一見して苦境にも見えなくもない戦況を前に、ナイツは不敵に笑った。
「飛蓮。島隊の本陣まで案内してくれる?」
「ふふっ……! いいよ。じゃ、行こっか」
純朴そうな顔に反して何とも嫌らしい手を思い付くものだと、飛蓮は微笑した。
ナイツ・飛蓮隊は交戦した時から島隊の本陣を探しており、島宗近が焦れて大兵を繰り出した現在、その居場所は知れていた。
「今から手薄となった敵本陣に突入する! 討つべきは只一人、島宗近! それ以外は捨て置け! 疾く疾く、全力で切り抜けるぞ!!」
味方の本陣は第一の囮、自分達が先程まで見せていた戦い方は第二の囮に過ぎない。真の目的は敵将を討ち、敵軍に動揺を走らせる事。
彼等は少数の利を活かして密かに進み、道中を警戒する敵の物見は、案内を兼ねるカイヨー兵が飛刀で黙らせる。
「見えました。ナイツ様、あそこが敵本陣です。奥に見える男が島宗近だと」
そして庄司隊が輝士隊本陣を目前に捉えた頃、同じようにナイツ・飛蓮隊も、島隊の本陣を視野に入れていた。
「ここまで来れば、バレるバレないは関係ない。俺と輝士兵は一気に突撃して島宗近の首のみをあげる。カイヨー兵達は周囲の索敵と退路確保を頼む。飛蓮は一緒に来てほしい。敵将までの道を援護してくれ。
――では、いくぞっ!!」
役割分担を端的に済ませたナイツは剣を振りかざし、茂みから躍り出て斜面を駆け下る。
「若に続け!!」
八十一名の輝士兵と飛蓮もそれに続き、喚声を上げずに突撃を開始。約四百名からなる島宗近の本陣に切り込んだ。
「えっ!? あっ、てっ、敵襲! 敵しゅ――ぐあっ!?」
「うわぁっ!? うっ、撃て! 撃ちかえ――ぎゃあっ!?」
飛蓮による飛刀攻撃が機先を制し、迎撃射撃の態勢をとろうとした銃兵を射とめる。
「好援護だよ飛蓮! よっし、退け退けー! 雑魚は退けぇーー!!」
揺らいだ敵の戦列にナイツが先頭となって切り込み、隊列を更に掻き乱す。
本陣が奇襲されるとは思っても見なかった島隊の動揺は凄まじかった。
ナイツ隊に面する銃兵は構える間もなく飛蓮に排除され、瞬く間に白兵戦へ持ち込まれた為に、他の銃兵も味方への誤射を恐れて援護射撃に二の足を踏んでしまう。
その上、単純な切り合いともなれば、圧倒的に有利なのは輝士隊の方だった。
度肝を抜かれた雑賀兵を蜘蛛の子を散らす様に切り伏せ、寡黙かつ激しく処していく様は、まるで阿修羅の様相を呈している。
「これは、相手が違いすぎる……!? 全員引け! いや逆に北へ駆けろ! 坂井隊と合流するのだ!」
暫く……いや、十数秒ほど刃を交えただけで、島は撤退を決断した。
重秀直下の精鋭兵でもない自分の兵では、輝士隊との白兵戦に到底勝てない事を改めて知り、銃を使えない自分達の弱さも理解していたのだ。
島隊は元より雑賀兵の多くは半農半兵の傭兵。日夜、訓練や軍事行動に従事する職業軍人とは違って地力が低く、それを機動力と銃で補っているに過ぎない。
故に、いざ刃を交えれば雑賀兵は輝士兵の相手ではなかった。
(あいつが島宗近! 逃がすかっ!)
魔力を込めた剣を振りかざし、前方に斬撃を放って道を切り開く。
一撃をまともに受けた雑賀兵達は悲鳴を上げる暇すら貰えずに体を両断され、味方の無惨な死体を視認した他の雑賀兵は恐れ戦いて後退る。
「はあぁぁっ!!」
機は今也!! ナイツは足に魔力を込め、その場から飛び掛かった。
距離にして実に四十メートル程を一気に詰め、心・義・体の全てが揃った見事な兜割りを以て、驚愕の色を浮かべた島宗近を、その色のまま両断する。
「しっ! 島様!? 島様が討たれた!?」
「逃げろ! 庄司様の部隊まで逃げろぉー!」
将を討ち取られた雑賀兵達は一目散に背を向けて逃げ出した。
先程の斬撃に次いで繰り出された一閃を前にしては、上官の仇討ちの為にナイツへ挑もうとする事は、とてもじゃないができなかったろう。
「俺達もさっさと引き上げよう! 敵地深くに長居は無用だ!」
「あっ! ちょっと待ってナイツ殿! あれってヴァージじゃない!? あれを使えば全体を混乱させられるかもしれないよ!」
引き際にあって、飛蓮が本陣内に置かれたある物を指し示す。
それは正式名称をヴァージナルと言い、光信号で離れた場所へ指示や状況を送信する機械(とっても高価)だ。各勢力ごとに光信号は暗号化されており、発せられたそれを部隊に併設されている情報部が解読し、部隊ごとの伝令役を果たす。
「良い考えだよ飛蓮! それを使って緊急信号を発してやろう! きっと敵は驚くぞ!」
「了解! おりゃっ!」
ナイツの同意を得た飛蓮はガラスで保護された赤いボタンを軽く蹴る。
それと同時に、けたたましい高音が山中に木霊し、天に向かって赤い煙弾を撃ち上げた。
「うわぁぁー! 相変わらずうるさぁーい!」
「ふははっ、そうだね! よし! それじゃあ敵の増援が来る前に、さっさと引こうか!」
ナイツ達は退路確保に努めていたカイヨー兵と合流し、来た道は戻らずに東へ向かう。戦場を一旦離脱して、迂回しながら味方本陣に戻る事にしたのだ。
雑賀衆が得意とする突いては退くの戦術。ナイツは見事にこれを実践し、突き始めてから退くまでに要した時間は僅か数分であった。
その数分間に上げた戦果は一際大きく、何より特筆すべき点は味方の死者が零であった事に他ならない。
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