大戦乱記

バッファローウォーズ

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ナシュルク解放戦

戀王国軍でも食卓軍議

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 程蕪が起案した夜襲は失敗も失敗。大失敗で終わった。
程蕪本人がナイツ・歩隲隊に敗れて五千近い兵を失った様に、ナイトが居る戀王国本隊に攻撃を仕掛けたザエンも散々に追い散らされ、万を超す大損害を受けて撤退した。

 終戦から一時間後には朝日が昇り、二箇所の戀王国軍は敵の死傷者総数を把握。自分達が大勝利を収めた事を理解すると、朝日に向かって勝鬨を上げた。
この勝利を活かすべく、傷付いたゲルファン王国軍に追い討ちを掛けるべく、ナイトと我昌明は騎馬隊を率いて北上。ついでにナイツ・歩隲隊との合流も図ろうと考えた。

「全軍止まれぇ! ……ナイト殿、あれはバティム城に後退した張真とシュクーズ軍ですぞ」

 然し、追撃の途上で彼等は新手のゲルファン王国軍と遭遇する。
それは我昌明が言った通り、ギザ郡の東に下がった張真・シュクーズ軍二万。ザエンの援軍要請を受けて近くまで来ていた彼等も、日が昇るとともに北上を開始したのだ。

「……ざっと二万はいるな。対して俺達は……」

「三千もおりませんな。ここは退くべきかと」

 二万対三千は純粋な戦力差がありすぎる。
ナイトは静かに首肯すると、ザエンの悪運を嘲る様に張真達を一瞥して馬首を返した。

「……戀王国軍がここまで来ているという事は、ザエンの夜襲は失敗した様だ」

 一方の張真も後退していくナイトと我昌明を見て状況を把握した。
この敗戦を、自分達が手を下さずして政敵が衰えたと見るか、純粋な迎撃戦力たる味方が減ったと見るかは別として、彼は馬を並べるシュクーズにこう告げた。

「我等も敵は無視して虎壟水塞に向かおう。まずはザエンの奴がどれ程の痛手を被ったのか、それを直接見るべきだ」

「では、進軍を再開するとしましょう」

 張真・シュクーズ軍は警戒態勢を崩す事なく、ゆっくりと虎壟水塞へ向けて歩を進めた。
それは端からザエン軍の救援など眼中にないと思える悠然ぶりであった。



 転進したナイトと我昌明は鳥亥集落に入り、ナイツ・歩隲隊との合流を果たす。
そこで敵の増援が到着した事を報告し、改めて食卓軍議を開いた結果、これ以上敵が増える前に虎壟水塞を攻める事が決まった。

「私が湖に向かって慾彭殿と交代します。後方支援と反乱軍の軍編成はお任せください」

「うむ。頼んだぞ歩隲。俺達は慾彭と于詮が到着次第、即座に出陣する」

 唯一手を止めている歩隲が今後の行動を話し、ナイトがそれに返すや否や、歩隲の皿にあった三枚のナーンが瞬時に消えて無くなる。
その理由は歩隲本人が、目にも止まらぬ早食い王な訳ではない。
ただ単純に、円卓を囲んでいる他の者達がバヒュン! シュシュン! フシュン! と、風を切る速度で無駄な動作一つ見せずに奪い取ったのだ。

「…………それと私のナーンが一瞬で消えたのですが……ナイト殿、知りませんか?」

「ひやんふぁ(訳:知らんなぁ)。ごっくん…………涼周、我昌明。何か知っているか?」

 歩隲の真正面に座っているナイト。自分の皿にあったナーンは食べ終わった筈なのに、モグモグとしている頬はナーンを丸呑みした程に膨らんでいる。一人目の容疑者だ。

「ぅん! 知らない! ぅ、歩隲ナーン美味し!」

 バターナーンはやっぱり美味しいよな。その笑顔はよぉく分かるぞ(ナイト談)。
歩隲から見てナイトの左隣に座る涼周は、父同様に自分のナーンを食べ尽くしていた。
にも拘わらず四枚目のナーンを食べているという事は、それだけで涼周が容疑者の一人になるのだが、抑々にして本人が堂々と自供しており間違いなく犯人の一人だった。

「ゴッフォファッホ!? …………うむ! 存じ上げませんな」

 歩隲から見て彼の右隣に鎮座する我昌明。
歳のせいだろうか、ナーンらしき大きさの食べ物を一呑みにしたまでは良かったが、喉につかえさして噎せている。無茶すんなよ良い歳なんだから(ナイト談)。

「…………はぁ、そうですか……では仕方ありません」

「ああぁ!? 何すんだ歩隲! それ俺の沢庵!?」

 溜め息をついた歩隲が右の人差し指を軽く振ると、顕現した水の刃がナイトの沢庵を跳ね上げて、一切の狂いも見せずに歩隲の小皿に乗り移らせる。

(どいつもこいつも……何て才能の無駄遣いだ……)

 彼等のやり取りを黙って見詰めるナイツはただただ呆れる。
彼がバスナであれば、その元気を戦に回せと言っていたに違いない。

(父上と涼周だけなら言うのになぁー。我昌明や歩隲はあくまでも父上に付き合わされてるだけだし……普通に気が引けるよ)

 全ての元凶はナイトにありと見るナイツは、黙して食べる事に専念した。

「ぁっ、にぃに! 沢庵!」

 だが、そんなナイツに戦をけしかける者あり。実の父たるナイトである。
抑々にして沢庵とナーンの組み合わせって何なん? と思って躊躇いを見せている息子に対して箸を伸ばし、涼周の警告にナイツが従うより先に沢庵を奪取したのだ。

「ふっははは! そんなに静まりかえってどうした息子よ!」

(…………くっ……本当に面倒だな!)

 黙って食べれば隙を突かれ、騒いでも隙を突きそうなナイトに面倒臭さを覚える息子。
真摯に対応しても無駄だと思った彼は、いい加減な返答で軽くあしらおうとする。

「……別に、何でもないです。ただ次の戦は攻城戦になるので、梯子や盾といった道具を多めに用意する必要があると考えていただけです」

「おぅ! 食事中でも次の戦に頭を向けるその気構え! 我が息子ながら見事!」

「…………いやいや、一応軍議中なんですけどねぇ……」

 呆れ続けるナイツの精神を気遣ったのか、メスナがナイトのアホに言い返した。
そして、立場上この円卓内で最下位になるメスナが割って入った事は大きく、ナイトはこれを区切りとして、食べながらではあるが真剣な軍議に話を戻す。

「ふっはは! いやすまんすまん。つい昔を思い出してはしゃいでしまった。…………確かに、息子の言うように次は攻城戦の様相となろう。それに沿った準備を整えるならば、梯子や熊手縄、盾や銃や弓は多く必要だ」

「その辺の道具はこの集落で調達できるでしょうが、水や兵糧はとても心許ないです」

 寂れた町とは言え大集落なだけあって、攻城戦に用いる梯子や縄は鳥亥集落で調達できる。銃や弓、それに付随して必要となる矢弾も、ゲルファン王国軍が軍基地に残していった物や、先の夜戦での戦利品を代用できる。
だが水や兵糧に関しては圧倒的に不足しており、慾彭の率いる本隊と合流しない限りは供給できない状態にあった。
それ故、ナイト達だけで水塞攻めに向かう事ができないのだ。

「……それと、もう一つだけ懸念があります……」

 ナイツが食べる手を止めて地図を睨むと、歩隲がすかさず反応を示す。

「東側から攻撃する為、敵の援軍が現れた際に背後を取られる可能性がある……ですか?」

「うん。補給線維持を兼ねて東側から攻撃するのは仕方ないと思うけど、全軍の正面が水塞に向くのは危険だと思うんだ。ここは戦力の分散を招いてでも、東の国境方面に備えの戦力を置いた方が良いんじゃないかな?」

 南から北へ向かう順に、旧サンケルティア城と湖と鳥亥集落。
これらの拠点は干からびたドルトア川の東側に面しており、当然ながらそれ以上東となればゲルファン王国軍の領土に当たる。
旧サンケルティア城や湖を後方の補給拠点とするなら、主力が川を越えて西に向かう事は避けるべきであり、仮にその手を採れば敵の援軍は真っ先に補給拠点を襲撃する。
襲撃されるだけならまだ良いが、最悪の場合は水門が開かれて拠点や別動軍と分断される可能性まであるのだ。

 ところが、いの一番に反応しただけあって歩隲は無策ではなかった。
彼は妖艶な含み笑いを浮かべるとともに、ナイトから奪取した沢庵を手掴みでゆっくりと口に運んで頬張り、僅かに出した桃色の舌で指を舐めながら答える。
その仕草が、声音が、欲情に飢えた男女を一撃で誘殺できる程の色香を放っていた。

「補給を兼ねて私が東に張るつもりですよ。それに東側に主力を配したのも、私に考えあっての事です。……では、今からそちらを御説明しますね……!」

 水真師・歩隲は、ここに来て漸く虎壟水塞の攻略作戦を発表した。
それを聞いたナイツとメスナは驚嘆し、歩隲に対して内心恐れを抱く。

「……歩隲殿、この作戦……一体いつから用意してたの? 父上に呼ばれた時に考えた訳じゃないのは確かだよね?」

「作戦を練ったのは半年ほど前の事ですよ。これはその時に考えた数ある内の一つ。慾彭殿に状況を教えてもらい、今回の戦に適合するように改善したものを、秦織城を出る前に部下に言い渡しただけです……ふふ……!」

 最後に見せた笑みは、安楽武が戦の前によく隠していたものだった。
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