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ナシュルク解放戦
歩隲の看破
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その日の夕方。ナイツと涼周とメスナは輸送任務を終了して鳥亥集落に戻っていた。
ナイト達が湖でキャンプパーティーを開いている中、彼等は水の輸送に専念。慾彭に至っては体力が回復した反乱軍の編成を任された為に、途中離脱を余儀なくされていた。
「皆様、ご苦労様です。民の視察を兼ねて様子を伺いに参りました」
慾彭の代わりに現れた者は歩隲と彼直下の精鋭二千名。
どうやらナイツ達同様に本日の浄化作戦を終えた様で、明日一番にでも輸送できる量の水を用意した後、最終輸送も兼ねて此方に赴いたとの事。
「うん。民はとても喜んでいてね、俺もこんな気持ちが良い作戦は久々で楽しかったよ!」
行く先々の集落で感謝されたナイツは上機嫌そのものだった。
敵地にあって剣を振るうしかできない自分が、今日は多くの民の役に立てたのだ。
それだけでも嬉しく思うところに、手を合わした感謝までされれば、上機嫌にもなる。
そして、元来真面目で素直な彼は褒められる事で真価を発揮できる人物。
輸送を行って民の声を受ける毎に彼の思考は冴え渡り、効率的な作業工程を組んで人員の配置にも気を配った結果、時間の経過とともに成果を飛躍的に向上させた。
「でもやっぱり、メスナが陣頭指揮に当たってくれた事が大きいよ! どれだけ頭を使っても兵達のやる気がなければ何にもならないからね!」
「ははは……いやいやどうもどうも……」
本気を出させられた(酷使された)メスナは枯れた笑い声でナイツの笑顔に答える。
純朴そうでいて若は容赦ないなぁーとか、実家に帰ってから私ずっと酷使されてるなぁーとか、本来柄じゃないんだけどなぁーとか、兎に角乾いた笑顔を浮かべていた。
「ふふ、それはようございました。……実は私達から面倒事を任されて、ご立腹だったらどうしようかと心配しましたよ」
澄んだ笑顔を見せるナイツと疲れた様子のメスナに釣られて笑った歩隲は、思わず本音を口に出してしまった。
「ふははっ……そんな事で怒りなんてしないよ。確かに父上の行動は理解できない点が多いけど……もう慣れたし。それに今日の行動がどれ程大きな益を生むかも分かっているから」
子供扱いされたナイツだが、怒るでもなく苦笑して返す。
意味のある軍事行動につまらなさを感じる程、自分は子供ではないよと。
歩隲はうっかりといった表情を僅かに浮かべて謝罪する。
気遣いのない言葉に対して、年頃のナイツが気分を損ねてしまったのではと思ったのだ。
「これはまた失言を……。つい、昔を思い出したもので」
「気にしてないよ。それより昔ってのは独立戦争の事? 良ければそれを教えて欲しいんだ。俺もメスナも、父上達から全てを教わっている訳じゃないから」
怒るどころか興味を持ってくれたナイツを前に、ほっとした表情を浮かべる歩隲。
ナイトや我昌明から弄られたり、涼周号の良いではないか作戦を受けて狼狽えたりと、彼は軍師でありながら安楽武や李醒みたく、己の内情を隠す事が苦手な様だった。
「ふふ……それに付きましては、また次の機会に。……今はそれよりも先に、皆様へお伝えしたい事があります」
然し、次の瞬間には歩隲の気配が一変。涼やかな声音のままに真剣な面持ちを作る。
これは何かあるなと見たナイツとメスナも気持ちを入れ換え、パタパタと動き回って落ち着きのない涼周をじっとさせた。
「敵に動きがあったんだね」
その言葉を聞いた歩隲は首肯するかに見えて、首を振らずに話を続けた。
「厳密に言えば、これから動くと思われます」
「これから動く? ……それはどういう意味?」
「虎壟水塞に居るザエンという将は騒がしくて度量が狭く、事に関しては性急な男。彼ならば我々の療養中を狙ってくる、そう見ました」
すると今度はナイツの表情が険しさを増した。
歩隲の言わんとしている事を理解し、周りに聞こえぬ声量で確認する。
「ザエンが今夜にでも夜襲を仕掛けてくる……か」
「十中八九仕掛けて来るでしょう。援軍の遅れを気にしていた矢先にナイト殿が湖なんて作ったのです。そこで民兵達の態勢が整ったら、次は全力で攻められるのみですから」
ナイツとメスナは歩隲が直下兵の全てを率いてきた事に合点がいった。
要は湖や鳥亥集落目掛けて来襲するであろうゲルファン王国軍を自分達が迎撃するのだ。
「……ここにはメスナ隊が二千と慾彭から回された三千、それと集落自警団の民兵が二千人いるよ。この戦力で敵に当たるべき? それとも各地に散った味方を集めるべき?」
「現状の兵力で充分ですよ。下手に物々しく備えれば敵は予期せぬ動きに移行しかねませんからね。わざと不充分な備えを示し、逆に敵の油断を誘いましょう」
「後はザエンがどっちを狙うかですねぇ? 私達の方か、大殿の方か……」
「この際どちらでも構いませんよ。ナイト殿の方にも敵の夜襲へ警戒するように言っていますし、他の集落にも伝令を飛ばしています。ですから私達は来た敵だけに専念して、余り深く考えずに動きましょう」
手の込んだ策は必要ないと言う歩隲。
彼はただ、自分の部隊を輸送任務と称して鳥亥集落から密かに出撃させ、郊外に伏せさせるとだけ進言。他の者には集落内で迎撃に当たってほしいと言う。
それこそが歩隲の策であると見抜いたナイツは彼の意見に理解を示し、集落に籠って戦う手筈の七千名に臨戦態勢を整えさせた。
ナイト達が湖でキャンプパーティーを開いている中、彼等は水の輸送に専念。慾彭に至っては体力が回復した反乱軍の編成を任された為に、途中離脱を余儀なくされていた。
「皆様、ご苦労様です。民の視察を兼ねて様子を伺いに参りました」
慾彭の代わりに現れた者は歩隲と彼直下の精鋭二千名。
どうやらナイツ達同様に本日の浄化作戦を終えた様で、明日一番にでも輸送できる量の水を用意した後、最終輸送も兼ねて此方に赴いたとの事。
「うん。民はとても喜んでいてね、俺もこんな気持ちが良い作戦は久々で楽しかったよ!」
行く先々の集落で感謝されたナイツは上機嫌そのものだった。
敵地にあって剣を振るうしかできない自分が、今日は多くの民の役に立てたのだ。
それだけでも嬉しく思うところに、手を合わした感謝までされれば、上機嫌にもなる。
そして、元来真面目で素直な彼は褒められる事で真価を発揮できる人物。
輸送を行って民の声を受ける毎に彼の思考は冴え渡り、効率的な作業工程を組んで人員の配置にも気を配った結果、時間の経過とともに成果を飛躍的に向上させた。
「でもやっぱり、メスナが陣頭指揮に当たってくれた事が大きいよ! どれだけ頭を使っても兵達のやる気がなければ何にもならないからね!」
「ははは……いやいやどうもどうも……」
本気を出させられた(酷使された)メスナは枯れた笑い声でナイツの笑顔に答える。
純朴そうでいて若は容赦ないなぁーとか、実家に帰ってから私ずっと酷使されてるなぁーとか、本来柄じゃないんだけどなぁーとか、兎に角乾いた笑顔を浮かべていた。
「ふふ、それはようございました。……実は私達から面倒事を任されて、ご立腹だったらどうしようかと心配しましたよ」
澄んだ笑顔を見せるナイツと疲れた様子のメスナに釣られて笑った歩隲は、思わず本音を口に出してしまった。
「ふははっ……そんな事で怒りなんてしないよ。確かに父上の行動は理解できない点が多いけど……もう慣れたし。それに今日の行動がどれ程大きな益を生むかも分かっているから」
子供扱いされたナイツだが、怒るでもなく苦笑して返す。
意味のある軍事行動につまらなさを感じる程、自分は子供ではないよと。
歩隲はうっかりといった表情を僅かに浮かべて謝罪する。
気遣いのない言葉に対して、年頃のナイツが気分を損ねてしまったのではと思ったのだ。
「これはまた失言を……。つい、昔を思い出したもので」
「気にしてないよ。それより昔ってのは独立戦争の事? 良ければそれを教えて欲しいんだ。俺もメスナも、父上達から全てを教わっている訳じゃないから」
怒るどころか興味を持ってくれたナイツを前に、ほっとした表情を浮かべる歩隲。
ナイトや我昌明から弄られたり、涼周号の良いではないか作戦を受けて狼狽えたりと、彼は軍師でありながら安楽武や李醒みたく、己の内情を隠す事が苦手な様だった。
「ふふ……それに付きましては、また次の機会に。……今はそれよりも先に、皆様へお伝えしたい事があります」
然し、次の瞬間には歩隲の気配が一変。涼やかな声音のままに真剣な面持ちを作る。
これは何かあるなと見たナイツとメスナも気持ちを入れ換え、パタパタと動き回って落ち着きのない涼周をじっとさせた。
「敵に動きがあったんだね」
その言葉を聞いた歩隲は首肯するかに見えて、首を振らずに話を続けた。
「厳密に言えば、これから動くと思われます」
「これから動く? ……それはどういう意味?」
「虎壟水塞に居るザエンという将は騒がしくて度量が狭く、事に関しては性急な男。彼ならば我々の療養中を狙ってくる、そう見ました」
すると今度はナイツの表情が険しさを増した。
歩隲の言わんとしている事を理解し、周りに聞こえぬ声量で確認する。
「ザエンが今夜にでも夜襲を仕掛けてくる……か」
「十中八九仕掛けて来るでしょう。援軍の遅れを気にしていた矢先にナイト殿が湖なんて作ったのです。そこで民兵達の態勢が整ったら、次は全力で攻められるのみですから」
ナイツとメスナは歩隲が直下兵の全てを率いてきた事に合点がいった。
要は湖や鳥亥集落目掛けて来襲するであろうゲルファン王国軍を自分達が迎撃するのだ。
「……ここにはメスナ隊が二千と慾彭から回された三千、それと集落自警団の民兵が二千人いるよ。この戦力で敵に当たるべき? それとも各地に散った味方を集めるべき?」
「現状の兵力で充分ですよ。下手に物々しく備えれば敵は予期せぬ動きに移行しかねませんからね。わざと不充分な備えを示し、逆に敵の油断を誘いましょう」
「後はザエンがどっちを狙うかですねぇ? 私達の方か、大殿の方か……」
「この際どちらでも構いませんよ。ナイト殿の方にも敵の夜襲へ警戒するように言っていますし、他の集落にも伝令を飛ばしています。ですから私達は来た敵だけに専念して、余り深く考えずに動きましょう」
手の込んだ策は必要ないと言う歩隲。
彼はただ、自分の部隊を輸送任務と称して鳥亥集落から密かに出撃させ、郊外に伏せさせるとだけ進言。他の者には集落内で迎撃に当たってほしいと言う。
それこそが歩隲の策であると見抜いたナイツは彼の意見に理解を示し、集落に籠って戦う手筈の七千名に臨戦態勢を整えさせた。
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