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戀王国の仲間達
意地の抗戦
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戦場に颯爽と姿を現した張真隊一万は、既に攻撃陣形を整えていた。
後は将軍による突撃号令が下るのを待つだけだ。
だが、張真は号令に先んじて威風堂々たる大喝を発する。
実際の戦闘を開始するよりも先に自分の存在を知らせ、敵の士気を下げようとしたのだ。
「ここに現れたはゲルファン王国にあって万人の兵と呼ばれる張真なり!! 万に満たぬ汝ら戀王国の弱卒たれがにわかに集おうが敵わぬ存在よ!!」
「なっ……張真……! 来たのか……あの地裂剣が……!?」
「まずい……これはまずいぞ……! とても戦う余裕、なんてねぇ……!」
まだ名乗りだけだというのに、戀王国軍兵は凄まじい反響を見せる。
「おおぉう!! 汝ら全員には、戦場に生える草花の養分に変わる事を命ずる! 我が剣に呑まれ、大地と一体になるを望まぬ者は直ちに失せよォーー!! 逃亡に一条の躊躇いあらば、我が剣より逃れるは叶わぬと知れ!!」
完全に畏縮する戀王国軍兵に対して、張真は躊躇いなく大剣を突き付けた。
「全軍、突撃ィーー!!」
「ウオオオォォーーー!!」
一万に匹敵する猛将と、一万の強兵。
将兵ともに待っていた号令が発すると同時に、天地を震わす大喚声を上げて突撃する。
「全軍撤退! 撤退だ!! 涼周は先に下がれ! 俺は于詮と共に敵を喰い止める!」
疲れを知らない士気高潮の猛兵を相手にできる戦力も体力も地の利もない。
ナイツの判断は即決だった。
新手と刃を交えていない今を逃せば次はないと見て、殿を果たす余力のある兵のみを残し、他の兵と涼周は徹底的に逃がす事にしたのだ。
「にぃにといる! 逃げる、にぃにとみんな一緒! 一緒じゃない、ぃや!!」
ところが、涼周は兄の指示に頑として従わない姿勢を見せた。
「…………説得しても時間の無駄か……。あぁ分かったよ! 絶対に俺から離れるな!!」
自分同様に仲間を置いて逃げる涼周ではない、逃げる際には涼周は相当な戦力足り得ると、ナイツはそう思って弟の居残りを認めた。
「兵達よ、引け! 引けぇ!! 脇目も振らずに禹凝城へ向かって引け!!」
ナイツの指示を受けて真っ先に後退を始めたのは、彼が直接指揮していた歩隲直下兵。彼等に至っては当面の敵が大きく崩れていた事もあって、比較的容易に戦線を離脱する。
次に下がり始めたのは、于詮が当初逃がそうとしていた于詮兵だ。本隊の遊撃に当たっていた彼等は崩れながらも、何とか離脱を図った。
そうなると、殿として残るのは于詮及び彼の直属兵、兄弟及びその護衛部隊となる。
「ナイツ殿、涼周殿! 本当にすまぬ……! 俺のせいで、貴殿等にまで……!」
「兎に角、切れるだけ切って血路を開くのみ! 死力を尽くしましょう!」
「おぉ……! ……やれ木っ端共が! 貴様らこそ、剣の餌食にしてくれるつ!!」
ナイツと于詮が率いるのは二千ばかしの兵だったが、それでも充分過ぎる程に、シュクーズ兵を相手に獅子奮迅の働きを見せる。
然し、それが通用するのは、あくまでシュクーズ兵に限った。
追加投入された張真兵はナイツの想像以上に強く、疲弊してはいるが精鋭たる于詮兵を、赤子の手を捻るように討ち取っていく。
当然ながら張真本人はもっと強い。立ちはだかる于詮兵の首と体を、砂でも蹴り飛ばすような軽さで吹き飛ばしながら進撃する。
(あれが張真か……! まさかこんなに早く奴等が到着するなんて! 敵軍の居場所さえ分かっていれば……于詮と合流して直ぐに兵を引いたものを!)
急いで駆け付けたばかり索敵にまで回す時間がなかった事が、ナイツの判断を誤らせた。
張真隊の到着前にシュクーズを追し返す算段が大きく外れ、結果的に見れば早い段階で撤退した方が被害が少なかったのだ。
偏に、ナイツはゲルファン王国軍を甘く見過ぎていた。
「おおぉう! 戀王国の弱卒たれ! そんなヨロヨロで我らに敵うとでも思ったか!! 皆も遠慮なく切り進め! 討たれた同胞達の仇を取るのだ!!」
「オオオォウッ!!」
張真隊は激しく損耗したシュクーズ隊右翼と代わるように于詮本隊の左側面に回り、先ずはシュハール隊と挟み込む状態を形作った。
「もっと展開せよ! 敵の背後も塞ぐのだ!」
その次には半数の兵を迂回させ、退路を遮断した完全包囲を組もうとする。
張真は武勇のみにあらず、用兵の技に関しても容赦のなさを持っていた。
「于詮殿! もう充分だ! 俺達も下がりましょう!」
先程とは比にならない三方攻囲に加え、退路まで失えば間違いなく全滅する。
ナイツはこれ以上の抵抗は不可能と見て、于詮を連れて戦場の離脱を進言した。
「俺に構わず引かれよ! この敗戦の責任は……俺が負わねば、ならん!」
だがここに来て、今度は于詮が頑として進言を聞き入れなかった。
どいつもこいつも我が儘ばかりと、ナイツは怒声を上げる。
「馬鹿を言ってないで引くぞ! 兵達を想って責任を感じるなら、無駄死こそするな! 次の戦で今度こそ雪辱を果たすんだ!! 分かったらさっさと引くぞ!!」
「何と言われようと、このまま下がる訳には……参らぬ! ……本当に俺の事は気にせず、ご兄弟は直ちに引かれよ!」
「息も絶え絶えな有り様で責任が果たせるか! いいから下が――うわぁっ!?」
意識を逸らしていた隙を突かれ、ナイツの騎乗する馬が流れ弾に当たって転倒した。
涼周は専属騎兵の膝上から飛び降り、兄の許へと駆け寄る。
「にぃに!? にぃに大丈夫!?」
「問題ないと言いたいが……足がなくなった……!」
落馬の衝撃よりも、ナイツにとっては退却時に必要不可欠な馬を失った事の方が痛い。
涼周専属騎兵を降ろして自分が乗るなんて真似はしたくないし、仮にしたとしても涼周を同乗させた状態で敵中を突破する事は不可能に近かった。
更に言えば味方騎兵の数も、簡単に見渡す限りで十騎程度しか残っておらず、場所も離れている上に、馬自体が限界に瀕している。
「…………これは……まずいぞ……! 引き際を誤った……!」
気合いで息をする周囲の味方兵は次々と殺られていき、頼みの于詮も余力が尽きつつあり、左方の防壁を易々と突破した張真の姿も遠目に確認できた。
進退極まったナイツは覚悟を決めると同時に、己の判断の甘さを恨む。
何故于詮と合流次第に退却しなかったのか、何故シュクーズ隊の撃退が可能だと思ったのか、何故涼周をキャンディに同行させなかったのか。
次に活かせるかも分からない状況にあって、数瞬の自問自答を何度も繰り返した。
「……にぃににぃに! ……にぃにぃ……!?」
戦略的思考を持たない涼周であっても、どうにもできない現状を把握。弟にとって頼りとなる兄の表情が鬼気迫っている事も影響し、恐慌状態に陥るや泣き出してしまう。実質的な無力化状態と言えた。
そんな弟を見て、兄の内情に一際激しい守護欲求が巻き起こる。
「涼周…………っくそぉ! 全兵撤退! 撤退だ!! 于詮、敗戦の責を果たしたいなら俺と一緒に下がってくれ! 涼周だけでも逃がしたい! お願いだっ!! 死ぬならそれから死んでくれっ!!」
「弟君を……承知致したぁ!!」
このままでは南亜会戦の様に、また大切な仲間を傷つける。……いや、今回は仲間以上に想える涼周を失いかねないと思うと、ナイツは思考の全てを放棄して自棄くそを起こし、単純な力による敵中突破を狙った。
(涼周を敵の手に掛からせるなんて……俺や于詮達が死んでも御免だ!!)
弟を死なせてなるものかという、自分ではない者に向ける生存本能。若しくは自他の死を厭わない程の保護欲だろうか。
兎に角、ナイツは知らずのうちに、涼周や自らが忌み嫌う死兵になった。
後は将軍による突撃号令が下るのを待つだけだ。
だが、張真は号令に先んじて威風堂々たる大喝を発する。
実際の戦闘を開始するよりも先に自分の存在を知らせ、敵の士気を下げようとしたのだ。
「ここに現れたはゲルファン王国にあって万人の兵と呼ばれる張真なり!! 万に満たぬ汝ら戀王国の弱卒たれがにわかに集おうが敵わぬ存在よ!!」
「なっ……張真……! 来たのか……あの地裂剣が……!?」
「まずい……これはまずいぞ……! とても戦う余裕、なんてねぇ……!」
まだ名乗りだけだというのに、戀王国軍兵は凄まじい反響を見せる。
「おおぉう!! 汝ら全員には、戦場に生える草花の養分に変わる事を命ずる! 我が剣に呑まれ、大地と一体になるを望まぬ者は直ちに失せよォーー!! 逃亡に一条の躊躇いあらば、我が剣より逃れるは叶わぬと知れ!!」
完全に畏縮する戀王国軍兵に対して、張真は躊躇いなく大剣を突き付けた。
「全軍、突撃ィーー!!」
「ウオオオォォーーー!!」
一万に匹敵する猛将と、一万の強兵。
将兵ともに待っていた号令が発すると同時に、天地を震わす大喚声を上げて突撃する。
「全軍撤退! 撤退だ!! 涼周は先に下がれ! 俺は于詮と共に敵を喰い止める!」
疲れを知らない士気高潮の猛兵を相手にできる戦力も体力も地の利もない。
ナイツの判断は即決だった。
新手と刃を交えていない今を逃せば次はないと見て、殿を果たす余力のある兵のみを残し、他の兵と涼周は徹底的に逃がす事にしたのだ。
「にぃにといる! 逃げる、にぃにとみんな一緒! 一緒じゃない、ぃや!!」
ところが、涼周は兄の指示に頑として従わない姿勢を見せた。
「…………説得しても時間の無駄か……。あぁ分かったよ! 絶対に俺から離れるな!!」
自分同様に仲間を置いて逃げる涼周ではない、逃げる際には涼周は相当な戦力足り得ると、ナイツはそう思って弟の居残りを認めた。
「兵達よ、引け! 引けぇ!! 脇目も振らずに禹凝城へ向かって引け!!」
ナイツの指示を受けて真っ先に後退を始めたのは、彼が直接指揮していた歩隲直下兵。彼等に至っては当面の敵が大きく崩れていた事もあって、比較的容易に戦線を離脱する。
次に下がり始めたのは、于詮が当初逃がそうとしていた于詮兵だ。本隊の遊撃に当たっていた彼等は崩れながらも、何とか離脱を図った。
そうなると、殿として残るのは于詮及び彼の直属兵、兄弟及びその護衛部隊となる。
「ナイツ殿、涼周殿! 本当にすまぬ……! 俺のせいで、貴殿等にまで……!」
「兎に角、切れるだけ切って血路を開くのみ! 死力を尽くしましょう!」
「おぉ……! ……やれ木っ端共が! 貴様らこそ、剣の餌食にしてくれるつ!!」
ナイツと于詮が率いるのは二千ばかしの兵だったが、それでも充分過ぎる程に、シュクーズ兵を相手に獅子奮迅の働きを見せる。
然し、それが通用するのは、あくまでシュクーズ兵に限った。
追加投入された張真兵はナイツの想像以上に強く、疲弊してはいるが精鋭たる于詮兵を、赤子の手を捻るように討ち取っていく。
当然ながら張真本人はもっと強い。立ちはだかる于詮兵の首と体を、砂でも蹴り飛ばすような軽さで吹き飛ばしながら進撃する。
(あれが張真か……! まさかこんなに早く奴等が到着するなんて! 敵軍の居場所さえ分かっていれば……于詮と合流して直ぐに兵を引いたものを!)
急いで駆け付けたばかり索敵にまで回す時間がなかった事が、ナイツの判断を誤らせた。
張真隊の到着前にシュクーズを追し返す算段が大きく外れ、結果的に見れば早い段階で撤退した方が被害が少なかったのだ。
偏に、ナイツはゲルファン王国軍を甘く見過ぎていた。
「おおぉう! 戀王国の弱卒たれ! そんなヨロヨロで我らに敵うとでも思ったか!! 皆も遠慮なく切り進め! 討たれた同胞達の仇を取るのだ!!」
「オオオォウッ!!」
張真隊は激しく損耗したシュクーズ隊右翼と代わるように于詮本隊の左側面に回り、先ずはシュハール隊と挟み込む状態を形作った。
「もっと展開せよ! 敵の背後も塞ぐのだ!」
その次には半数の兵を迂回させ、退路を遮断した完全包囲を組もうとする。
張真は武勇のみにあらず、用兵の技に関しても容赦のなさを持っていた。
「于詮殿! もう充分だ! 俺達も下がりましょう!」
先程とは比にならない三方攻囲に加え、退路まで失えば間違いなく全滅する。
ナイツはこれ以上の抵抗は不可能と見て、于詮を連れて戦場の離脱を進言した。
「俺に構わず引かれよ! この敗戦の責任は……俺が負わねば、ならん!」
だがここに来て、今度は于詮が頑として進言を聞き入れなかった。
どいつもこいつも我が儘ばかりと、ナイツは怒声を上げる。
「馬鹿を言ってないで引くぞ! 兵達を想って責任を感じるなら、無駄死こそするな! 次の戦で今度こそ雪辱を果たすんだ!! 分かったらさっさと引くぞ!!」
「何と言われようと、このまま下がる訳には……参らぬ! ……本当に俺の事は気にせず、ご兄弟は直ちに引かれよ!」
「息も絶え絶えな有り様で責任が果たせるか! いいから下が――うわぁっ!?」
意識を逸らしていた隙を突かれ、ナイツの騎乗する馬が流れ弾に当たって転倒した。
涼周は専属騎兵の膝上から飛び降り、兄の許へと駆け寄る。
「にぃに!? にぃに大丈夫!?」
「問題ないと言いたいが……足がなくなった……!」
落馬の衝撃よりも、ナイツにとっては退却時に必要不可欠な馬を失った事の方が痛い。
涼周専属騎兵を降ろして自分が乗るなんて真似はしたくないし、仮にしたとしても涼周を同乗させた状態で敵中を突破する事は不可能に近かった。
更に言えば味方騎兵の数も、簡単に見渡す限りで十騎程度しか残っておらず、場所も離れている上に、馬自体が限界に瀕している。
「…………これは……まずいぞ……! 引き際を誤った……!」
気合いで息をする周囲の味方兵は次々と殺られていき、頼みの于詮も余力が尽きつつあり、左方の防壁を易々と突破した張真の姿も遠目に確認できた。
進退極まったナイツは覚悟を決めると同時に、己の判断の甘さを恨む。
何故于詮と合流次第に退却しなかったのか、何故シュクーズ隊の撃退が可能だと思ったのか、何故涼周をキャンディに同行させなかったのか。
次に活かせるかも分からない状況にあって、数瞬の自問自答を何度も繰り返した。
「……にぃににぃに! ……にぃにぃ……!?」
戦略的思考を持たない涼周であっても、どうにもできない現状を把握。弟にとって頼りとなる兄の表情が鬼気迫っている事も影響し、恐慌状態に陥るや泣き出してしまう。実質的な無力化状態と言えた。
そんな弟を見て、兄の内情に一際激しい守護欲求が巻き起こる。
「涼周…………っくそぉ! 全兵撤退! 撤退だ!! 于詮、敗戦の責を果たしたいなら俺と一緒に下がってくれ! 涼周だけでも逃がしたい! お願いだっ!! 死ぬならそれから死んでくれっ!!」
「弟君を……承知致したぁ!!」
このままでは南亜会戦の様に、また大切な仲間を傷つける。……いや、今回は仲間以上に想える涼周を失いかねないと思うと、ナイツは思考の全てを放棄して自棄くそを起こし、単純な力による敵中突破を狙った。
(涼周を敵の手に掛からせるなんて……俺や于詮達が死んでも御免だ!!)
弟を死なせてなるものかという、自分ではない者に向ける生存本能。若しくは自他の死を厭わない程の保護欲だろうか。
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