大戦乱記

バッファローウォーズ

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戀王国の仲間達

これもまた戦場

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 戀王国の独立記念日は明日であり、戀王国民にとって今日は前日祭、ナイト一行にとっては不測の事態に備えた移動予備日だった。

 ナイトと秦恵蘭は戀王国軍の本部に顔を出し、キャンディとナイツと涼周は本城を出て城下町に繰り出そうとしていた。
その理由は明日の式典の主役とも言えるマノトの妻・リーリアを訪ねる為。
因みにメスナは既に、昨夜の内から実家とも言える母の家に向かっている。

「あっ! にぃに、おかーさん! バイカモ! バイカモ咲いてる!」

 然し、ナイツ達は本城を出てすぐに足を止めさせられた。
理由は水路の中に満開のバイカモが咲き誇り、涼周が観賞し始めたからだ。

「バイカモを知ってるなんて凄いわね。これはとても珍しい花なのよ」

「実は涼周の城を何処に築くかを協議した時に、淡咲が絵を見せて教えてくれたんです。柔巧にはこの花が咲いてて、温泉もあるとか何とか……」

「成る程ねぇ、それが柔巧を選択した理由の一つって訳。流石は淡咲ちゃん。温泉が大事な要素だって良く分かってるわ」

「えっ……今の流れでそっちなんですか!?」

 水面に咲く白く小さな花々を愛でる涼周。
温泉にも興味はあるだろうが、弟は花の方にご執心の筈だと兄は思う。
とは言え、淡咲が勧める要素とキャンディの重要視する要素が重なる事を考えれば、温泉が大切な存在であるのは確かなのだろう。

 そして涼周がバイカモや小川に生息している小魚達に魅力されたのも事実。
リーリアの許を訪ねるとして白鳳館を出て数分もせずにナイツ達は足止めをくらい、単独観賞会を開いている涼周はそこから離れなくなってしまったのだ。

 ではどのようにして先を進んだのか。

「ほら涼周! 向こうにもバイカモが咲いているぞ! あっ、あっちにはたくさんの魚が泳いでる!」

「ぅ、ほんとだ! あっちあっち! あっち行く!」

 答えは、ナイツが先にある動植物を示して涼周の関心と体を引き寄せ、屈んだ状態の弟を兎の様にあっちこっちとピョンピョン跳ねさせながら進む……だ。

「はぁー、何とか城下町まで来たぞ……」

「にぃに! あれ、あれ! べっこう飴売ってる!」

 溜め息を吐いて疲れを見せるナイツに反して、涼周はとっても元気百倍だった。
その様子を見て次なる試練を覚悟したお兄ちゃん。再度溜め息をつく。

「はふふっ! じゃ、次は私が代わるわ。ほぉーら周! こっちおいでー! べっこう飴よー!」

 奮闘するナイツと交代したキャンディは、涼周お望みの物を使って同人を手繰り寄せる。
まるで人参を目前に吊らされて走る馬、若しくは自分の尻尾だと気付かずに興味津々で追い掛け続ける子犬の様に、涼周はキャンディとべっこう飴についていった。

「ふははっ……第三者として見てる分には可愛いんだけどね」

 真面目なナイツは今の状況を見直し、結果的に遊びに来ているなと思って苦笑する。
だが彼等はこの後、遊びに来たという目的の方がまだしっくりする状況に陥るのだった。


「母上! あの人混みは何ですか!? 何か聞いてました!?」

「狼狽えるなんてみっともないわよ。どっしりと構えて、それで現状を把握するの。そうすれば一目して、自然とリーリアちゃんの考えが理解できる筈よ。ご覧なさい、彼女は夫の追悼を控えた前日にも拘わらず、懸命に今日限定のケーキを売っているのよ!」

「ですからそれが理解できませんって! 何で喪に服す前日に限定ケーキなんかを売ってるんですか!? かつての仲間として何か知らないんで――」

「知らないわそんな事。だって私は菓子職人じゃないもの」

「…………そうでしたそうでした」

 ナイツと涼周とキャンディがリーリアの営む菓子屋さんを遠くの視野に入れた時。
店に近付く事すら叶わぬ程に、彼女の店は大繁盛していたのだ。

 そして遠目ながら確認できる旗には、「マノト印の限定ケーキ! 本日限定の数量販売!」や「マノトの舌を虜にした甘味の復刻版! これを食べてあの人を想ってね!」等と書かれている。

「取り敢えず裏口から入るわよ。正面突破なんかしたら彼女に迷惑掛かるもの」

「寧ろこの状況では会いに行くだけでも迷惑なのでは……」

 想定外の事態にナイツは動揺を隠す事ができず、大勢の客を目前にしてはしゃぐ涼周を抱き止めるだけで精一杯だった。

 キャンディ達はリーリアの営む洋菓子店・順風豊命亭ジュンプウホウメイテイの裏手に回り込む。
そこはケーキの焼き上がる幸せな香りが一面に漂い、綺麗に整理整頓された空間だった。
これだけでもリーリアの手腕と内面が良く感じられるが、それで終わらせないのが彼女のクオリティというもの。
関係者しか入らない裏手に現れた予期せぬ客人を迎え入れる様に、きちんと手入れされた花々が風に揺られて、気持ち良さそうに首を振っているのだ。

 この出迎えが花を愛する涼周やキャンディに限らず、純然な軍人像を望むナイツの心まで晴れ晴れとさせる事は言うまでもないだろう。
三人は穏やかな気持ちを胸に、店内へと繋がる扉に手を掛けた。

「忙しい中ごめんね。ちょっといいかし――」

「あぁっ!? 奥方様に若に童ちゃん! 手伝ってくださーーい!!」

 裏口の扉を開けて中に入るや否や、先頭を切るキャンディの姿を捉えた休憩中のメスナが、エプロンドレス姿で抱き付きながら援護支援を要請する。

 援護を得意とする彼女が自らの救援を要請するなど滅多にない事であり、ナイツはもう……この時点で嫌な予感しかしなかった。

「皆さん聞いてくださいよー! 母さんったら私が帰るや否やお帰りも言わずに「一日限定の特別ケーキ売るから看板娘やって」って言うんですよー! もう朝から大変で大変で! ねぇ若ぁ! 私の本職って何でしたっけ! 軍人ですよね!? そうですよね!?」

「メ……メスナ! 落ち着いて! そうだよ、メスナは将ぐ――」

「百万歩逃げても違うわ!」

 言おうとして、すかさずキャンディが阻んだ。この時点で……もうナイツにできる事は何もない。
キャンディは無茶苦茶な力説を以て、有無を言わさぬ権力を以て、叱咤激励を兼ねた宿命の再確認を果たさせるべく、ガシッ! とメスナの両肩に手を当てる。

「今のメスナちゃんは立派な菓子職人よ! そして将軍たるもの、これしきの事で動じては駄目! 大丈夫、やればできる! マノト殿亡き今、お母さんの絶大なる刃となれる者はメスナちゃんを置いて他に居ないわ! マノト殿の分まで頑張るの!!」

「ひえぇー! 母さんも奥方様も揃って容赦ないですぅー! 私が居なくても普通に従業員居ますしちゃんと回りますってばー!」

 半ば泣き叫ぶメスナは懸命に訴えたが、リーリアと同じ事を言うキャンディを前にして残りの半分を諦めに回したという。というか立派な菓子職人と言った傍から将軍たるものって、余りにも矛盾が過ぎるだろうと、彼女は思った。

「まぁまぁキャンディ殿! よくお越し下さいました」

 そんなキャンディ達のやり取りを聞いたのか、厨房の奥から清らかな声音がした。
声主はおっとりした雰囲気と垂れ目が特徴的な女性。他でもないメスナの母・リーリアだ。
彼女を見る度に、ナイツはメスナが圧倒的なマノト似なのだと思う。

「リーリアちゃんお久! ごめんね忙しい時に来ちゃって。でも安心して! ただ応援するだけじゃないわ。そうよね、二人とも?」

「へぇっ?」

「ぅ?」

 突然振られた有無を言わさぬ動員令に、ナイツと涼周は疑問符を隠しきれなかった。

 キャンディは両手を腰に当て、さも当然の如く申したといいます。

「へぇっでも、ぅでも、ぽっでもないわ。この流れで分からない? 私達も手伝うのよ」

 ナイツの嫌な予感は、見事に的中したといいます。

 リーリアは既に売り子用のエプロンドレスとメスナのお古ドレスを用意して無言のニコニコ顔を作り、メスナはメスナで道連れとばかりに裏口を完全封鎖。
こんな時に限って母子の連携力を遺憾なく発揮し、息子兄弟の強制動員に成功した。


 そして数時間後――

「あぁーつかれたー。何で父さんの命日前にケーキなんか特売するのよー」

 後片付けを終えてエプロンドレスを脱いだメスナが、いの一番に机に突っ伏した。
疲労のせいか羞恥心など皆無になった彼女は軍服を着るのも億劫になった様で、将軍らしからぬ薄着姿のまま、だらしなく体を伸ばす。
それに反して彼女の母・リーリアは、これも一種の戦争とばかりに慣れている様子を示し、一切の疲れを見せないニコニコ顔で事情を説明する。

「仕方がないでしょ。思い付いたら迅速に、があの人の口癖だもの。だから少しぐらいは肖ってもいいじゃない。それに、あの人だって賑やかな方が好きよ!」

「説明になってなぁーい!」

 時刻は十六時。順風豊命亭は十四時で早めに店終いし、ケーキ完売の大戦果を収めた。
メスナと涼周とナイツの三大看板で大いに客を呼び込み、キャンディとリーリアを含む正規の店員達が手際よく客を捌いて難局を乗り切ったのだ。

「ぅにゅぅ……! ぅにぅにぃ……!」

「はぁぁ……俺達、何しに戀王国まで来たんだっけ……」

 客の荒波に揉まれた兄弟も一様にへばった姿を見せる。
ナイツに至ってはその存在が、涼周に至ってはその容姿が最大の武器となり、熱烈な人気を博して多大な功績を残した。

「……でもどうして、今年に限って例年と違う事を?」

 ナイツが再度問い掛け、メスナも頻りに首を縦に振る。

「貴方達まで巻き込んでごめんなさい。ただ、理由はさっき言った通り本当の気紛れと思い付きなの。あの人は……賑やかな方が好きだったから」

 リーリアの答えは先程と変わらない。
ただし彼女の声音には、若干のもの悲しさと懐かしさが顕れていた。

「……マノト殿の事、本当に愛しているんですね」

 ナイツは涼周を撫で撫でしながら、隠しきれていないリーリアのマノト愛の深さを知る。
リーリアは僅かに頬を染めながらも小さく頷き、ナイツを真似てメスナを撫で撫でする。

「はい。だからここに、メスナが居ます。私とあの人の愛の証が、ここに……!」

「母さん、ちょっと恥ずかしいよ……!」

 まだ他の店員だって居るのにと、メスナは顔を赤らめた。
それにも拘わらずリーリアは、愛娘の頭を撫で続ける。
彼女はマノト同様の愛の深さをメスナにも向けていた。

(娘が遠く離れた土地で戦っているんだもんな……我が子を想う母親として、当然の想いだろうな)

 ナイツはリーリアの想いを改めて理解した。
将軍として戦地を駆けるメスナが、時たま見せる無理強いを望まなくなる程に。
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