大戦乱記

バッファローウォーズ

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正しき忠誠

血に塗れし小川

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 連合軍の撃破に息巻いている田俚隊は、添櫂集落北の郊外で銹達隊九百騎と遭遇した。

「血祭り開幕だ。騎馬隊二千、先行して奴等を蹂躙しろ!」

 田俚の指示が下り、二千の騎兵が戦の第一刃を受け持つべく突撃を開始。銹達隊目掛けて全力疾走を見せる。

「全騎反転だ。下がるぞ」

「何っ!? 逃げるのか! 剣合国軍とは恥さらしこの上ない、愚弱な奴等を言うのだな!」

 迫り来る戦闘大好き騎兵達を無視して転進する銹達隊。
背中にかけられる罵詈雑言すら無視して、ひたすらに駆ける。
一々あの様な挑発に引っ掛かっていたら、とても遊撃役など勤まらないだけに、彼等の無視移動は実に手慣れたものだった。

 それが気に入らないのか、田俚隊騎兵長は全員に加速を促そうとする。

「ぬぅ、透かしおって……必ずや背中の皮を剥いでくれ――うおっ!?」

 そんな彼に銹達隊最後尾からの飛槍プレゼント。戦いに明け暮れるばかり、良き相手に恵まれなかった独身隊長には素敵な送り物となったに違いない。

「逃げながら屁をこくなど、どれだれ我等を愚弄するか!」

 案の定、投げられた槍を弾いた騎兵長はとても喜び、猛烈なアプローチを見せてくる。

「ふっ、馬鹿共め。ここに来ればお前達は一巻の終わりだ」

 疑う事なく追い掛けて来る敵騎馬隊を、銹達は小馬鹿にする。
敵から追われる状況にあって、これ程の余裕があるのは流石と言えた。

 そして銹達隊が小川に差し掛かった頃、彼等の前方にカイヨー兵の一隊が確認される。

「隊長、敵騎馬隊の前方に新手が確認できます! 数は一千程かと!」

「言わんでも見えておる! 奴等が合流を図る前に、何としても敵の騎馬戦力を削るぞ! 完全に背を向けている今が絶好の殺し刻だ!」

 激昂と功名心に駆られる所へ、カイヨー兵部隊の存在が追い打ちを掛けた。
騎兵長は慎重を捨てた加速を部下や馬に求め、葦郡を突破した銹達隊を徹底的に追う。

「一斉飛刀開始!」

 敵騎馬隊が小川まで二十メートル近くまで接近した時だ。
飛蓮の甲高くも勇ましい号令が周囲に轟き、葦の中へ身を隠していた飛刀兵一千が姿を現して飛刀攻撃を開始。瞬く間に前列を固める敵騎兵を撃ち落とす。

「伏兵とは小癪な真似を……! 怯まず突撃だ! 二手に別れて、左右の雑魚共を蹴散らすぞ!」

 加速仕切った騎馬を急停止させれば、却って飛刀攻撃の的となる。
騎兵長は銹達隊が通った道を避け、道の左右に出現したカイヨー兵の撃破に当たった。

「馬鹿、そんな簡単に通すか!」

 飛蓮は両手に持った八本の飛刀に魔力を込め、狙いを定める間もなく射出した。
飛刀は敵騎兵の喉元を探知する様に軌道を自動的に修正し、一人の喉を貫いた後に、更にもう一人の喉を貫いて役目を終える。

 一度に十六人を射殺す飛蓮の技は「飛刀術・弐式」と言い、一本の飛刀で敵を二人撃つ事が可能。因みに彼女の父・飛影や兄の飛昭は最大で「肆式」まで使う。

「まだまだ! みんな、敵を近付けるな!」

「姫様に続け! 前方の敵から残らず撃ち尽くせ!」

 飛刀術・弐式を三連続で繰り出す飛蓮に続き、カイヨー兵達も次々と短刀を飛ばす。
騎馬隊の前衛は大いに崩れ、人馬共に大きな水飛沫を上げて肉嚢を築く。

「うおお! 怯むな! 突破だぁ!」

 それでも数を頼りに突撃を試みる敵騎馬隊は徐々に接近。小川を越えようとした。

「稔姉さん、お願い!」

 敵兵に迫られるや否や、飛蓮は次の声を上げる。

 彼女の求めに応じた稔寧は最高の頃合いで魔障壁を顕現。横に長い魔力の壁は騎馬隊の突撃を完全に阻止した。
ただし魔障壁は味方の攻撃すらも弾いてしまう為、敵同様に飛蓮隊も手が出せなくなる。

「これは一体……前に進めぬだと!? 仕方ない、この障壁を迂回しろ!」

 左右に別れた騎馬隊はそのまま広域に展開し、魔障壁を避けて進もうとする。
だが、彼等の進路上にはまた別の伏兵がいるのだった。

「俺達の出番だな。銃兵! 一斉射撃開始!」

 飛蓮隊の左右にして、魔障壁の範囲外に現れたナイツ、李洪隊、合計千九百名。飛蓮隊に代わって銃による遠距離攻撃を行い、変わらず前衛を撃ち崩す。

「何故だ!? 伏兵で動転しているとは言え、何故これ程までに敵の攻撃が激しい!?」

 連合軍の攻撃が集中的に浴びせられる理由を、騎兵長は分からなかった。

「白兵部隊前進! 指揮を止め、足も止めた敵に切り掛かれ!」

 伏兵戦術に続く飛刀と銃弾の雨で、敵の動きが将兵ともに止まった所をナイツは見逃さず、銃兵隊と白兵隊を迅速に入れ替えて即座に突撃する。

「そ……そうか! ここは凹地か!」

 ナイツ、李洪隊が葦郡から出撃した時、やたらと自部隊に近い位置から突撃してきたと感じた騎兵長は、それが切っ掛けとなって連合軍の攻撃集中率が高い事に気付く。

 この小川は曲線を描いており、銹達隊が駆け抜けた場所が凹状の中心部。飛蓮隊はその中心の左右に伏せられ、ナイツと李洪の部隊は凹状の両端部に伏せられていた。
故に、凹んだ場所に誘い出された田俚配下の騎馬隊は、必然的に連合軍の集中攻撃を受ける状態にあったのだ。

「いかん! この場所で戦うのはいかん! 全騎反転、反転し――」

「逃がすかー!!」

 地形効果で苦戦している事を認めた騎兵長は直ちに指示を出した。

 然し、それももう遅い。
何故なら騎乗と同時に切り込んだナイツが、擦れ違い様に討ち取ってしまったからだ。

「隊長! 隊長っ!? ひっ……退け! 本隊と合流だ!」

「あんた達も逃がさない! 稔姉さん、結界解除して! みんなも飛刀攻撃再開!」

 将を失い潰走状態へ陥った敵騎馬隊に、飛蓮隊の飛刀追撃。
今度は無防備な背後を狙うだけに、与える被害も一際大きなものだった。

「飛蓮、その辺でいいよ! 敵の落としていった馬を拾って、さっさと後退しよう!」

 飛刀の限界飛距離まで敵が逃げたのを機に、ナイツは後退を指示する。
無事な軍馬を大量に奪い、それに跨がって戦線を離脱。平野の多い三葉にあって、この戦利品はとても嬉しいものであり、逆に田俚隊は痛恨の打撃を負う事となる。

「火を放て! 炎の壁を作って、敵の進路を封じろ!」

 挙げ句に李洪隊が葦郡へ火を放った為、田俚本隊の連合軍追撃は大きく阻まれた。

 小川沿いの戦闘で連合軍は田俚隊の騎兵千三百名を討ち取り、八百頭近い軍馬を取得。
歩兵と違って補充と保有の難しい騎兵は田俚にとって貴重過ぎる戦力であり、それの大半を失った彼は以降の戦いで歩兵主体の戦法を執らざるを得なくなった。
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