大戦乱記

バッファローウォーズ

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人の想い、絆の芽生え

兄の行方と許婿の行方

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トーチュー  山城内の客牢

 部隊を整えたナイト達が、義士城に帰還したのが正午過ぎ。
同じ頃、トーチュー騎軍の山城の一室で、飛昭はある人物からもてなしを受けていた。

「粗茶だ。飲め」

「そう言いながら上等な茶葉を出すあたり、甘録殿だよ」

 身分の高い者を閉じ込めておく専用の牢屋。そこに保護もとい捕縛された飛昭は幽閉されており、トーチュー甘氏の族長たる甘録が直々に茶と菓子を持参。
湯気と共に仄かな香りを撒き散らす、遠慮している様で遠慮を知らない香りを嗅いだ飛昭は、目の前に押忍! とばかりに置かれた茶の正体を言い当てる。

「これは酪茶の中でも一級品のビン種だろ? 剣合国との交易が承土軍によって禁止され、カイヨーの茶畑も壊滅した今、この一杯は金貨を詰め込んだ袋に等しいものだぞ」

「確かにそれが最後だ。だが俺は飲まないし、そのまま置いておけばいずれ腐る。……だからと言って承土軍の使者なんぞにそれを出したくはない」

「成る程、では運が良かったと思って……有り難く」

 飛昭は最後の一杯を、最大の感謝を込めて頂いた。
ゆったりと寛ぐ彼に倣い、甘録も腰を落ち着かせる。

「……剣合国軍に帰してやりたい所だが、お前の身分を偽るだけで精一杯だった。許せ」

「俺が許す必要なんてないさ。こうして保護してくれただけで充分すぎる。涼周様の許には、蓮や侶喧。それに楽瑜と稔寧も居るからな」

 飛昭は昨夜、涼周達とは違う道で北部国境を目指したものの、殷諞の追撃が想像以上に熾烈を極めた為に、本来の道から外れてしまった。
その上彼は不覚にも負傷してしまい、半ば這う這うの体で西へと逃亡。トーチューの国境に行き着き、現地を守備していたトーチュー兵と承土軍兵に捕縛されて今に至る。

「剣合国軍の使者や内情偵察の為に放った間者が、トーチューから戻って来ない訳だ。あの様に承土軍兵の一個中隊が国境に張り付いていたら、身分が割れる前に殺されちまう」

 当の飛昭も、トーチュー東国境に配属された騎軍兵長の王貫(オウカン)と顔見知りであり、巡回中の彼が咄嗟に機転を働かせたおかげで身分を誤魔化す事ができたのだ。

 今の飛昭は甘録の縁者であり、カイヨーに残存している豪族の末っ子。先の騒動に乗じて家を抜け出した設定になっている。甘録の縁者ならば彼も知っているだろうと呼び出せば、王貫が部下を先回りさせて甘録に事情を説明し、一芝居打つ事に成功。
飛昭も「見ろよこの怪我をよぉ! 親父に殺られかけたんだぜ! もうあんな家には帰りたくねぇよ!」……実際に彼が子供の頃、家出して侶喧宅に突撃した際に発した言葉で、承土軍兵達のお情けにすがり、彼等から同情を買うことに成功。

 トーチュー騎軍を監視している承土軍の将も一応納得はしたが、承土軍領からの脱走者という点だけで厳重注意であり、カイヨーに戻す事はしないが監禁状態に処す事を決めた。

「……奴等は他軍との接触路を完全に封鎖している。今回、お主がトーチューへ入れたのは奇跡だろう。思えばカイヨー解放の為に出征し、かの地でお主と王貫が顔を会わせたのは天祐だ」

「…………俺達の不手際のせいで、トーチュー民も辛い思いを強いている事、飛刀香神衆を代表して深く謝罪いたす。真に申し訳――」

「やめよ。我等は自らの苦境を同胞の背に負わせる程、小者ではない」

 盟友への謝罪に対し、盟友への思い遣りの深さと一族の誇りで返す甘録。
戦場では鬼となる彼だが、会談の席では族長たる貫禄を持っていた。

 飛昭はそんな甘録の姿を見て、僅かながらに気を楽にする。
菓子を頂き、酪茶を啜り、改めて甘録に面と向かい合う。

「……奴等の横暴、止める事はできないか」

「無理だ。弟が人質となっている」

「……やはり、あの戦で……それならば益々謝らなければ……」

「いらん。謝られても尹が解放される訳ではない。それよりも情報が欲しい。承土軍の奴等が情報網も遮断している為に、我等は外の情勢が全く分からぬのだ。……時に、カイヨーに尹が囚われている、とは聞いた事がないか?」

 甘録の目の色が変わった。彼なりに考えを巡らした結果、カイヨーに弟が囚われているのではと目星を付けていたのだ。
そんな時に現れた飛昭は、トーチュー騎軍にとって渡りに船と言える。

「剣合国移住以来、ずっとカイヨーに人を遣っていたが、それらしい事は何も……甘尹殿を知り且つカイヨーに居た蓮も、所在を知っている様な感じではなかった」

 だが残念な事に、飛昭も甘尹の行方は知らなかった。
抑々にして、甘尹が人質となっている事すらも初耳だったのだから、無理もない話である。

 甘録は深く椅子に腰掛け、目に見える落胆ぶりを示す。

「…………そうか。承土軍の情報監理能力は相当と見て良いな。……李根、と言ったか? お主が以前、俺達に話した承土の参謀とやらの名は」

 不意に上がった名前を聞いて、飛昭が強い反応を見せる。

「そうだ。承土軍全体は当然の事ながら、数多の勢力にまで目が行き届いている謀臣・李根。恐らく、奴の視野の広さは剣合国のバスナ以上! 安楽武や李醒にも匹敵するだろう」

「李醒と李根……か。姓が同じだが、血縁関係は?」

「それは無いだろう。李根は根っからのラクウトゥナ出身者。反して李醒は確か、大陸西方の生まれの筈。ジオ・ゼアイ・ナイトの仲間に加わり、中央に転居しただけだ」

 承土の参謀にして謀臣の李根。
その者は非常に広い視野と謀略の才を持ち、膨大な情報を監理・操作していると噂される。

 甘録と飛昭は、李根が裏で甘尹を幽閉していると直感的に判断した。

「ああいう人種の人間が涼周様に忠誠を誓ってくれれば、これからの軍事行動に心配はないんだが……蓮も楽瑜も俺も直情径行にあるしなぁ」

 広大な視野を持ち、優れた戦略眼も併せ持つ参謀的存在を欲する飛昭。
そんな彼の発言から出た名前の中から、甘録には二人の気になる人物がいた。

「……涼周……呀錘集落で俺に飛び込んできた小僧か。そう言えば、奴は何者なのだ? とても不思議な雰囲気を放っていた故、戦いを忘れて魅入られてしまったぞ」

「おっ、興味があるか? ようござんず、話してしんぜよう!」

 椅子から身を乗り出した飛昭は妙に得意気になって涼周を熱く語り、その間に甘録がもう一人、気になった人物たる楽瑜についても説明する。

 飛昭の話を真摯に聞き込む甘録の中では、涼周の見せた解放者の一面が強く印象付いた。

「涼周様があの時に甘録殿を見抜いていたとすると……もしかしたら、このトーチューに突撃してくる時があるかもしれないな! 甘録ー仲間なるー! ……って」

「ふっ、流石にそれはなかろうが、今の話を密かに流行らせてみよう。少しは皆の気持ちも晴れるやもしれん」

「そうだなぁ……念の為、国境守備隊にも話してくれると有り難い」

「うむ、考えておこう」

 承土軍に従属を余儀なくされ、支配された状態を心底嫌う騎軍の者達の気休めになればと、甘録は今の話を密かに語り継がせる。
それが後に大きな影響を生むことになるとは、彼も飛昭も知らなかった。
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