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ナイツと童
側近の父は異色な軍略家
しおりを挟むナイツと童が巡察を通して仲を深めた翌日、保龍の国境付近に於いて、深い朝霧の中を疾走する騎馬隊があった。
「この馬蹄の響きは……まさか!」
国境警備隊が、南より聞こえる騎馬の爆走音に気付いた時には既に遅かった。
「敵し――⁉」
先頭を駆ける男による横切りの一閃で、警備隊の半数が絶命。
続く騎兵隊の波状攻撃が、残る半数の警備兵を一人として生かす事なく駆逐した。
覇攻軍は国境を素通り同然に突破し、必要最低限の音のみを立てて侵攻を開始。
神速の如き速さを以て、保龍東部の前線基地・東鋼城塞を目指した。
覇攻軍侵攻の報せがナイトの耳に届いたのは、警備隊の壊滅から二時間後の事であった。
「覇攻軍が攻め入ったですと⁉」
七時頃、軍議の間に召集された将達は、ナイトの発した言葉に大いに揺らいだ。
(早すぎる! まさかマドロトスがこれほど機を見るに敏だったとは……!)
ナイツも額に汗をかき、マドロトスの戦機を見抜く戦術眼が軍略家並の鋭さを持つ事に驚きの色を隠せられなかった。
ナイツは李洪を見る。視線の意図を瞬時に察した李洪は小刻みに首を振った。
彼が優秀な将であっても、昨日だけでは八割程の戦力しか集められていない。
(……今はあるだけの戦力で出陣するしかないか)
完全な状態になるまで待っていては、その間に前線基地は陥落してしまう。
ナイツは出陣できる者だけで先発する事を決め、父に進言する。
「父上、俺が先行して敵を足止めします。後軍の用意をお願いします」
席を立って勇ましく名乗り出るナイツ。彼に続いて韓任達も立ち上がろうとした。
だが、ナイトはこの危機にあっても、慌てる様子を微塵も見せなかった。
彼は息子に反して椅子にふんぞり返り、酒を一杯呷った後に諸将へ指示を下す。
「輝士隊は万全な準備を整えた後に出陣。槍丁、方元は二万の軍を揃えてそれに続け。バスナは手筈通り、直属部隊の中から三千の兵を息子に貸してやってくれ」
「……父上、悠長に構えている場合ではありません。直ちに出陣するべきです」
「落ち着け息子よ。李洪、輝士隊全戦力の出陣準備にはどれ程の時間がかかる?」
「少なくとも……三時間は必要と思われます」
「ならバスナもそれに合わせて動いてくれ」
全ての将がナイトの冷静ぶりに言葉を失った。刃を交えた事のある彼がマドロトスを甘く見る筈はないだろうが、それにしても楽天的過ぎる。
バスナは堪らず進言した。
「相手はマドロトスだぞ。 ナイツ殿の言う通り、逸早い出陣が勝敗を決すると思うが……」
「ふっはは! バスナは、まだまだ軍師の恐ろしさを知らんと見える」
「安楽武殿ならまだ戻ってきておらんだろ。今対処を講じられるのは俺達だけだ。いいから俺の兵と出陣可能な輝士隊だけでも先行させろ」
突然安楽武の話をするナイトに、バスナは語気強く催促する。
然し、それでもナイトに急ぐ気配は感じられなかった。依然として盃を片手に微笑を浮かべたまま、堂々と構えている。
「軍師が何処に居ようが策は発動する。何せあいつは、覇攻軍とイカキ軍の同盟を一年前に想定していた。あの血生臭い曲刀士が、それほど早くに気付いていながら必殺の罠を一つも施さないと本気で思ってるのか?」
「仮に備えがあったとしても、マドロトスと互角に渡り合える者が東鋼には居ない。ファーリムは南亜に駐屯するヴォンデに備えている為、保龍西部から動けないのだぞ」
「李醒がいる。昨日のうちに直下兵二千とともに東鋼へ入城した」
「父上が……」
李洪もバスナも、その様な報告は受けていなかった。
それもその筈、李醒は独断で兵を動かした後にナイトだけに報告していた。
山城州の守備を任されている李醒は独自の情報網を持っており、ナイト達よりも早く的確に敵の動向を掴む事ができる。そこに彼自身の知略が加われば、マドロトスの電撃作戦程度は容易に見抜く事が可能であった。
(……李醒。父上の仲間内でも極めて異色な人物。剣技卓越なバスナやファーリムとは違って、軍略の才のみで勝利を収める常勝の知将。彼の戦は何度か拝見したが、どれも今戦とは比べようもない小競り合いだった。……圧倒的な武力を持つ六華将が相手なら、彼の本気の戦を見られるかもしれない。……ただ、李洪にとっては複雑なものだろうな)
安楽武に次ぐ知略の持ち主と謳われる名将・李醒と、その子である李洪の間には反目の芽が存在していた。
二人が常に情報のやり取りをしている為、第三者からは良好な関係にあると見れるだろうが、実際の彼等は顔を合わせても他人行儀で必要な報告のみを行う関係にある。良く言えば無駄のない事務的な関係、悪く言えば親子とは思えぬ冷ややかな関係。それは李洪がナイツの側近となる以前からであり、父子ともに互いを語る事がない。
報せ一つない父の出陣に気を悪くしたであろう李洪に、ナイツは大人びた哀れみの念を向けた。
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