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天命が定めし出会い
奇襲第一波
しおりを挟む開戦より二時間ほど経過した頃、騎士団の注意の大半は彼等の陣地西方で行われている戦闘に向いていた。
そんな中、亜土雷率いる機動別働隊五千は騎士団本陣の南端を視界に入れる。
「一気に攻め抜くぞ、これ以上の遅れは許されんと思え!」
騎馬の速度を最大まで上げ、瞬く間に騎士団本陣に迫る亜土雷隊。
だが、残す距離三百メートルといった地点で陣内から迎撃の部隊が出現する。
「亜土雷将軍、敵の迎撃部隊です! 奇襲が読まれています!」
「必要以上に喚くな。士気に関わる」
右腰の鞘から長剣を抜く亜土雷は冷静そのものだった。
彼の表情の変化としては、敵の素早い展開と並々ならぬ気迫から、出陣した奴等は精鋭部隊だと察し、眉間の皺を更に寄せた程度。
後ろに続く兵達に至っては予想とは違う状況の戦闘突入に、多少の動揺を見せる。
彼等は力ずくで突破してやると半ば自棄を起こす形で突撃を敢行した。
両部隊は南の陣門前で激しく衝突した。
篝火を持たぬ亜土雷隊にとっての救いは、敵陣前であるが故に一定の明るさの中で戦える事。
然しそれは騎士団側にも同じことが言え、その上で彼等にとっての救いは、亜土雷隊が走り詰めで疲弊している事だ。
必然的に騎士団は有利な状況での戦いとなり、亜土雷隊は苦戦を強いられる。
(この兵の強さ……恐らくはオルファイナス隊の一部であろう。元々の実力があるだけに……正面切っての戦いは厳しいか)
派手さはないが堅実堅固な戦い方をする当面の敵を、オルファイナスの兵だと判断する亜土雷。
その推測は正しく、三千の迎撃部隊はオルファイナスの命令により、不測の事態に備えていた遊撃隊。率いる者はオルファイナスの副将が一人、息子のオルカレットである。彼は父に似ず、笑顔が素敵な好青年だ。
そして更に亜土雷隊の不幸は続く。
彼等がオルカレット隊に手を焼いている間に東より馬延隊三千が、西からは陣内に待機していた残兵四千を率いたカイカンが出撃し、亜土雷隊の左右に迫り来たのだ。
これは亜土雷隊が主攻であると見た馬延、カイカンの意見の合致から生まれた行動である。
「中備、後備は速やかに後退しろ! 前備は私と共に殿を務めよ!」
夜襲策が失敗したと理解する亜土雷は完膚なき敗走となる前に、未だ敵と切り結んでいない中衛、後衛計三千余の撤退を命令。自らはオルカレット隊と交戦中にある前衛部隊を指揮して敵を受け持つつもりだった。
残念ながら亜土雷には、兵達にこの期に及んで撤退を拒ませ、自然奮起を促す程の仁徳はない。皮肉にも後方の兵達はスムーズな反転からの離脱に至り、将を残して南へ駆け出した。
「鋭籍、ここは私が残る故お前も退け。死ぬつもりはないが仮に私が事切れた際は炎を支えてほしい」
同じ歳で副将を務める鋭籍の才能を惜しんだ亜土雷は、彼にも撤退を指示して事務的な別れを告げる。
だが、ここにある鋭籍こそが、亜土雷が真に嫌われていない事を証明づける者だった。
「御冗談を仰いますな。代々当家に仕える騎士として、そのような不義不忠が罷り通る訳はありません」
微笑を浮かべる鋭籍は退却を拒み、あくまで亜土雷に殉じると言う。
そして決意を胸に剣を掲げ、亜土雷にないものを補って見せる。
「皆よいか! この鋭籍、亜土雷様の最大武功の為に命を賭す! 皆に忠義の心があるならば我に続け! 群がる敵を一人残らず切り捨てるのだ!」
「オオ!」
亜土雷に欠如している鼓舞の精神。彼に仕えるにあたり、鋭籍が真っ先に身に着けたものである。
改めて過ぎたる臣だと感じた亜土雷は、尚のこと鋭籍を討たせる訳にはいかぬと奮い立いたった。
黙して功を立てる彼は言葉よりも行動で誠意を示し、出し惜しみのない全力を以て敵を切り伏せていく。
その様たるや、正に阿修羅の如しで流石のオルファイナス兵も後じさり、彼を前にして無残にも敗れ去る。
「武門の者として見事な戦いぶり。実際に手合わせ願おう!」
オルカレットは奮闘する亜土雷に感銘を受け、側近の制止も聞かずに駆け出した。
「亜土雷将軍、俺はオルファイナスが子息シチー・オルカレット! 貴殿の剣を間近で感じたく思って参った。一騎討ちを所望する故、尋常に受けられよ!」
「……律儀な奴だ。嫌いではない。では遠慮なくいくぞ」
「おう!」
母親譲りであろう純真無垢な笑顔と父親譲りの正々堂々さを持つオルカレットに興味を抱く亜土雷。敵将であろうがなかろうが、刃を交えるに不足ないと感じた。
早速二人は互いの長剣を交える。その刀身の長さに大差はないものの、二人の間合いは刀身半分ほどに違う。
亜土雷の剣技は大剣豪たる父直伝のもので、その真価は中距離の間合いを以て示される。
然し同じく父親より稽古をつけられて育ったオルカレットの間合いは、長剣を思わせぬ零距離にあった。
だが、年は亜土雷が上であり、その実力も然り。オルカレットは次第に押され始め、顔から汗と苦悶の色が漏れ出る。
それに反して戦況は益々もって苦しい状況にあった。亜土雷隊二千は計一万にも上る敵軍に三方から攻め込まれ、鋭籍の指揮で何とか耐え凌いでいるが、どの兵も疲労を抱えての戦いである為、長続きはしなかった。
(くっ……限界が来始めたか。手遅れになる前に亜土雷さまだけでも……)
依然一騎討ちを行っている亜土雷の方に目をやる鋭籍。
「何、敵陣から火の手が上がっているだと!」
信じられない事に、オルカレットの背後にある騎士団本陣から無数の火の手が上がっていた。
鋭籍の一言を始めとしてその事実は急速に広がり、死闘の中で他を見る余裕のなかった亜土雷隊兵士と、優勢を信じて疑わず敵しか見ていなかった騎士団兵士は呆気にとられる。
(どういう事だ?)
「陣より火だと⁉ 失火ではないのか!」
亜土雷、オルカレットも理解できぬ状況の中、逸早く変事に気付いた鋭籍は今こそ好機と、機転を利かせた檄を飛ばす。
「我等の策は成功した! 敵は兵糧と地の利を失い、今こそ反撃の時! 先に離脱した部隊が敵の背後を取るまでここで敵を釘付けにするぞ!」
虚報を織り交ぜた即興の檄に敵も味方も騙された。
亜土雷隊の兵士は圧倒的な劣勢が覆ったと解釈し、疲労を忘れて武功の立て時とばかりに剣を振るう。対して騎士団側は将兵ともに大混乱に陥り、進むか退くかの判断すらままならない状態で亜土雷隊の猛反撃に遭う。
「半数の兵は俺に続け! 陣内に戻るぞ!」
オルカレットは亜土雷との一騎討ちを中断し、真相究明の為に陣へと引き返した。
対して亜土雷はオルカレットが去り際に見せた巧みな手綱捌きから、彼が剣技だけでなく馬術にも精通していると知り、その才能に感心する。
(一度だけ見逃してやろう。何より今はこちらが忙しいのでな)
自軍の状況を鑑みるに、火の手の真偽が如何様であろうと、今は敵軍を討つことが先決。
討つべき敵を切り替えた亜土雷は、この機に便乗して再び阿修羅の如き猛攻に出る。先程よりも剣運びが軽く、内に秘めた情熱が大炎となっている事が敵にとっての不幸であった。
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