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天命が定めし出会い
陽の如き女将
しおりを挟む「準備万端。モスク隊、出るよ!」
オルファイナスが出撃した更に三十分後、騎士団隊長であるモスクが早すぎる朝日を思わせる元気な声で号令を下す。
「はいっ! 参りましょう!」
彼女の部隊もまた、将が将ならば兵も兵。一人一人が覇気のある声で口々に返事をする。
オルファイナス隊との温度差は歴然であり、彼女等を評するとすれば、宛ら人間目覚まし時計といった存在。
人間の目覚まし時計。そう、朝から元気な母ちゃんである。
兵の殆どが大人の男であるから父ちゃんではないのかと思うだろうが、何も問題はないし細かい事は気にしてはいけない。面倒見の良い男は時として母にもなるのだから。
そして実の所、オルファイナスとモスクの両部隊は意外と仲が良い。
その理由は至って単純。真逆の性質を持つ二隊が互いを騎士として認め合っているからだ。
オルファイナス隊は武勇と威厳を以て、外敵や重横の圧政から民を守る。対するモスク隊は先述した面倒見の良さや気さくな人柄で民に慕われ、一揆の気運や政治への不安を払い除ける。
両隊はやり方は異なれど、弱きを守る騎士として互いに信頼を寄せていた。
その様は立派な夫婦と言っても過言ではないだろう。
話は戻り、モスクは出陣するまでの間に側近の将校から現在の状況を聞く。
「先行した副長の部隊は現在、敵将槍丁の部隊と交戦中。包囲状態にあるカイカン様とは合流できていないとの事です。オルファイナス様は敵将フォンガンとの一騎討ちの最中。その部隊も亜土炎隊の奮戦に阻まれている模様!」
「オルファイナス殿の勇猛な姿勢が仇となってカイカン殿が孤立しちゃったか。早いところ助けてやんないと……本気でやばいね」
モスクは本隊の出陣に先立ち、副将率いる二千の兵をカイカンの救援に向かわせていた。それらの兵は戦う上で必要最低限の備えしかしておらず、隊の陣形も不完全な状態であるが、本隊までの繋ぎの役割を持っている。
だが槍丁隊が速やかにカイカンの背後に回った為、先遣隊は合流を阻まれてしまうばかりか、万全の状態で夜襲に及んだ槍丁の迎撃指揮により多数の死者を出していた。
カイカン隊も既に二千近い死傷者を出し、指揮系統は混乱の渦に呑まれ、カイカンの本陣にはナイト直下の精鋭部隊が迫るほどの苦境にあった。
陣の防衛を馬延隊に任せたモスクは、七千の本隊を率いて出陣。先遣隊と合流した後、六千の兵を新たに突撃させる。
因みに残る一千の兵は上級弓兵と重装歩兵が半々を占めており、モスクが一番頼みとしている直属部隊の一つだ。
多くの兵を突撃させる事で槍丁兵の攻撃を受けない状況を作ったモスクは、鐙の上に立ち上がって暗闇の乱戦場に目を凝らす。
弓を得物とする彼女は常人の数倍近い視力を有し、昼夜を問わず遠くまで見通すことができた。
無数の篝火が戦場を灯してはいるが、それはほんの一部の、未だ危機に陥っていない安全な部隊を示しているに過ぎない。
夜襲する側であれば平時以上に指揮系統の要たる敵将を狙い、その場へ兵を殺到させる。
将の首を討てば残った兵は昼間の同条件下より機能しなくなり、勝敗は一気に決するからだ。
「カイカン殿はあそこか、凄く危ない状況みたいね」
それを逆手にとればカイカンがいるであろう場所は大方の予想がつき、モスクは三箇所目で彼の位置を把握した。
ナイト直下の精鋭部隊の強襲を前に、本陣を下げざるを得なかったのであろう。カイカンは大きく後退しており、亜土炎、槍丁両隊の境目を背にしていた。前からは当然ながらナイト隊の兵が迫っている。
だが、モスクはこの状況を見て好機と捉える。
カイカンは敵の三隊から猛攻を受けているものの、どの敵部隊も将の指揮範囲の限界点にある。今なら少し脅かせるだけで大きな効果を得られるだろうと。
「重装兵五百、今から私が撃つ火矢の方角へ進め! 弓兵は続く二射目の場所に援護射撃!」
鐙の上に乗ったまま号令を下し、不安定な足場を物ともせずに一本の火矢を放つ。
その方角は正に、カイカン本隊の背を攻める亜土炎、槍丁隊の境界であった。
五百の重装兵は直ちに突撃を開始。亜土炎、槍丁にとっても指揮が行き届かない部隊端を猛然と攻めた。
次の一矢は重装兵達が攻めた場所の右側に向けて放たれる。
其処は槍丁隊の持ち場に当たり、彼の大隊と端の小隊を繋ぐ支点であった。
この一点にも猛攻を仕掛ける事で、端の小隊への救援を阻み、情報伝達の妨害も行う。
端を力攻めで突破し、右隣の繋ぎ部分には矢の雨を降らせて動きを封じる。
この策は功を奏し、カイカンはモスク隊との合流を果たした。
後は部隊の立て直しの為に残って抗戦するか、本陣のみが敵の包囲を脱するかの二択となるのだが、カイカン以上に彼の部隊の損害を把握していたモスクは後者を勧める。
「……兵達よ、不才な私を恨んでくれ。……最早これまでだ、本隊はこれより血路を開いて敵の包囲を脱する!」
モスクの言伝を聞いたカイカンは退却を決断。本陣にまで敵が迫っている状況下で、隊の立て直しをする事は不可能と判断した結果である。
包囲からの脱出はそれほど難しいものではなかった。
五百の重装兵が抉じ開けた突入口は完全には塞がり切っておらず、弓兵の援護射撃は当然ながら続いている。
ただ、カイカン自身が兵を見捨てて逃げることに後ろめたさを覚え、持ち前の武勇を半分も発揮できなかった為、突破に予想以上の時間を要しただけであった。
「モスク殿、援軍かたじけない。……それと無様にも我等だけで逃げ出してしまった故、今は貴殿の誠意に応えることもできない。……許してくれ」
三百にも満たない兵のみを従えてモスクの前に現れたカイカンは、己を卑下して彼女に詫びる。
元から他者に対して丁寧な人柄を見せる彼だが、今は特に腰が低い。
「ともかく無事で何より! 死した者への償いは、また今度」
「……すまない」
優しく元気よく、カイカンを励ますモスク。「女性は太陽の如し」とはよく言うものだ。
部下共々、深々と頭を下げたカイカンは傷の手当の為に騎士団本陣へ戻る。
その背には哀愁が漂い、彼の心が表面上の傷など感じさせない程に痛んでいることが見てとれた。
「さてと、一矢報いるとしますか」
仇を報ずるとまではいかないが、味方の雪辱を少しでも果たそうと息巻くモスク。
弓兵五百と重装兵四百を率いて交戦中の味方兵の背後に回り、援護射撃に移る。
モスク本人も直々に弓を引き絞って狙いを定めた。
「ぬぅ!」
突如飛来した矢を画戟で叩き落とした槍丁。
彼を狙った矢はモスクの放ったものであり、鉄壁で知られる槍丁本隊の頭上を素通りして届いていた。
「いかん、将軍を守れ! 狙われておるぞ!」
乱戦の中、自らも武器を振るって戦う槍丁の周辺には多くの重装兵が控えており、彼等は自分の目の前にいる敵を無視してでも将の守りを固めた。
「儂の心配はよい。矢如きを幾ら撃ち込んだところで、この首は取れん」
密集されると余計に防ぎにくいと思った槍丁は、集まりつつある護衛兵達を逆に遠ざける。
「将軍、お下がりください! 危険です!」
二射目、三射目も難なく防ぎきる槍丁を見て、側近の一人が堪らず進言した。
長年に亘って槍丁の下で戦う将兵達は、上官の武勇と発言に偽りがない事を知っており、連続して放たれた矢を全て落している事からも疑いようは無い。
然しここは戦場だ。何が起きても不思議ではなく、ちょっとした慢心があるだけで命を落とす。
無論、そんな事は槍丁が一番理解しているが、退く様子のない彼に部下達は気が気でなかった。
「愚か者。奴の弓から逃れるつもりならば我等は陣地まで下がらねばならん。そんな事は誰であっても承服できぬ。それよりも脇を走っておる倅の方を止めよ」
「は? 脇……あぁっ!」
モスクを注視して六射目を弾き落とした槍丁に言われ、側近の将校は混戦場の外に目を向ける。
彼の目には約五百騎ほどの騎馬隊がモスク隊と槍丁隊の戦場を迂回し、敵後方のモクス本隊へ向かって疾走する姿が映っていた。
先頭を駆ける者は槍丁の息子である槍秀。品行方正にして卓越した槍術の才を持つ、前途有望の若き将軍だ。
「倅は矢を避けはするだろうが、その状態で戦う事まではできぬ。早く退かせねば敵の重装隊との乱戦の最中で命を落としかねん。急げ!」
「ははっ!」
厳格な父の槍丁は、息子の危機であっても取り乱す事はない。
それでも彼が最後に発した二文字は、戦が始まって以降、唯一荒げた言葉であった。
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