大戦乱記

バッファローウォーズ

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天命が定めし出会い

決行前夜

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 連合軍の陣に到着した安楽武は兵に休息を与え、表面上の警戒態勢を強めた。
そして諸将を集めて軍議を開き、状況の確認をする。

「私どもの被害はざっと見て二千ほど。敵将馬延は四千、モスクは一千程度かと思います」

 オバインの報告に安楽武は満足した。
沛国軍は計二万の馬延、モスク隊の半分ほどの戦力で挑み、自軍の倍以上もの被害を与えていたのだ。
特に一万のうち四千を失った馬延隊は、今後の活躍を封じられたも同然と言える。

「続いて俺だが……大将、申し訳ない。オルファイナスに良いように殺られて三千もの兵を死傷させてしまった」

 フォンガンは沛国軍の奮戦を無駄にし、軍としては半壊に近い損害を被った事をナイトに謝罪する。

 だが、彼を責める者は一人もいなかった。
オルファイナス、カイカンの二万四千に対して三千の被害は寧ろ軽微と言えるからだ。
逆に、フォンガンでなければもっと多くの死傷者を出していただろう。

「気に病む事はありませんよ。敵の死者の数も分かれば教えて下さい」

「オルファイナスは五百、カイカンは二千と言ったところだ。途中から攻守が反転し、俺達が攻め手に回ったが、奴等の守りの堅さにそれ以上の損害は与えられなかった。何より、俺達はオバイン殿の加勢があって漸く敵を押し返したぐらいだ」

 その報告を聞き、ナイトはオバインの手を取って感謝する。
オバインは素直にその想いを受け取りつつも「当然の事をしたまで」と謙遜し、続く発言でカタイギとフォンガンの顔を立てる事も忘れない。

「それに、私のみの活躍ではありません。カタイギ殿の将兵一丸の突撃が馬延隊を大きく後退させ、戦局を傾けたからこそ私は予備隊をフォンガン将軍のもとへ送れたのです。抑々、フォンガン将軍がオルファイナスの相手を引き受けて下さらなければ、私どもは一兵残らず討死していたでしょう」

「おおそうか! ならばカタイギ殿にも感謝せねばならんな!」

 ナイトはカタイギの手も取って感謝の気持ちを伝えた。当然ながらフォンガンに対しても労いの言葉を掛ける。
この気軽さこそが大きな武器であると知る槍丁と安楽武は、互いの顔を見合わせて表情を和ませた。

「して、明日からはどの様に戦いましょう!」

 気持ちを良くしたカタイギは、明日からの戦で先陣を任せてくれと言わんばかりの意気込みを以て安楽武に尋ねた。

 安楽武はオバイン、カタイギ、フォンガンに今夜決行する夜襲策を説明する。

「では俺の部隊も加えて下され! 亜土雷殿が南より参るならば、俺は北から迫り敵陣を大いに突き崩して見せます!」

 陣容と攻撃する方角を知るや参戦を申し出るカタイギ。
剣合国軍にとってその気持ちは嬉しいが、連戦による兵の疲労と今から行う準備等で敵に察知される恐れがあり、決して有効な手とは思えなかった。

「気持ちは有り難い。だが、今からでは少々……な」

「安楽武軍師の策を失敗させる恐れがある。我等は我等の役目を果たす事こそ重要だろう」

 ナイトが断りを入れ、オバインも制止した為に、カタイギは気を落として身を退けてしまう。

 然し、安楽武が彼等のやり取りを見て少し考えた後、カタイギの意を汲んだ進言をする。

「殿、その様に味方の気勢を削ぐ事こそ下策と思われます。ここは一つ、沛国軍に御助力を賜るべきです」

 一番に反対すると思われた軍師のみが賛同した事に、ナイト達は驚いた。

 だが、そんな様子すらも想定通りだったのか、安楽武は顔色一つ変えずに根拠を語る。

「フォンガン殿の報告を聞けば、成る程オルファイナスは強い。改めてそう思い、二方向の攻撃だけでは不足と見ました。必勝を期すためにもカタイギ殿の力が必要かと存じます」

 安楽武の敵を見切る才能は確かなものであり、彼はフォンガン隊の被害と戦果を指標とする事でオルファイナスの撃退に要する戦力を再検討した。
そしてその戦力が初期の予想を上回った為に、急遽友軍の助力が必要と判断したのだ。

「ふむ……軍師の言う通りかもしれんな。然し沛国軍の兵は先の戦で疲弊しているだろう。それはどうするんだ?」

 安楽武の言に一理あると頷くナイト。思えばフォンガンでさえ苦戦する相手を、二つの攻め口だけでどうにかできると考えるのは危険だった。
と言っても、沛国軍が疲れているのも事実。消し様のない彼等の疲労を如何にして紛らわせるかが次の問題となり、ナイトはこれこそが一番難しいと唸る。

「もう夜だからな、下手に檄を飛ばせば敵に悟られるかも知れん。……それに沛国軍の兵達には俺の乗りを貫き通した事が無いからな。最悪の場合、乗ってくれないなんて事も……。もし失敗なんてしたら、俺の士気こそ下がってしまうぞ。ソレハマズイ、イクサドコロデハナイ」

 アホな事をやっているという自覚はあるのですねと、安楽武と槍丁は思った。抑々にして兵達の原動力の確保が気合い一択である事が可笑しいとも。

 微かに笑う顔を羽扇で隠す安楽武は、改変した作戦を説明する為に軍議を仕切り直す。

「先ずカタイギ殿は二千の兵を選りすぐって直ちに休息を与えてください。軽い怪我しか負っていない者、本陣守備や予備兵として待機していた者の中からお願いします」

「それであれば、私の指揮下にある兵を回します。二千名であれば十分揃うでしょう」

 後方支援、他部隊との連携を担当するオバインが名乗り出る。
確かに肉弾戦を得意とするカタイギの部隊には、安楽武が提示した条件に該当する兵士は少なそうだった。

 オバインに兵の手配を依頼した安楽武は、次にカタイギの行動について説明する。

「出陣する頃合いですが、我々剣合国軍が敵陣に迫り、交戦状態に入った辺りでお願いします」

「少々遅いのでは? ナイト殿と同時の出撃でもよいと思います」

「遅れて出撃する理由は兵達を最大限休ませると言う意味もありますが、その他にも敵の注意を我々が引き受けた後に出る方が敵に気付かれ難い事や、後続の亜土雷隊より後に攻め込んでもらう必要がある事にも関係しています」

「亜土雷将軍とカタイギ殿は同時攻撃ではないのですか?」

 カタイギの次にオバインが質問する。彼はナイトが囮となった後に亜土雷、カタイギの両部隊が南北より挟撃するのだと考えていた。

「いえ、亜土雷殿と無理に合わせようとすれば却って失敗するでしょう。それよりかは順を追うように続け様の攻勢を仕掛けた方が事は為りやすい」

「つまり、俺の本隊と亜土雷の別働隊が助攻役。カタイギ殿が主攻という事だな」

「はい。その通りです」

 要約したナイトに安楽武は首肯した。
羽扇で顔を隠した彼は、ここでナイトの人柄を改めて推し量ろうとする。言わば上国の大将でありながら、主攻の座を小国の将軍に取られる事をどう捉えるのかで、ナイトの器を確認しようというのだ。

「うむ、面白そうだ! それでいこう。ただ、亜土雷はこの事を知らん訳だが……問題はないか?」

 結果、ナイトは面子を気にするどころか離れている仲間を気に掛けた。

「亜土雷殿は我等の中でも最も臨機応変に戦える人物なれば、問題はないかと思います」

 ナイトの器の大きさは伊達ではない。バスナであればアホなだけだろうと一蹴するかもしれないが、安楽武は軍師として一人の仲間として、この御方は仕えるに値すると改めて感服した。

「主攻の座を取られて拗ねたりしないだろうか!」

 そして自分の事は意に介する様子もなく、笑いながら答えの分かっている質問をするナイト。

「私は亜土雷殿がそんな小人とは思いませんが、弟としてどう思います?」

 安楽武は羽扇を扇ぎながら弟にあたる亜土炎に尋ねた。
その顔には、心なしか純粋な喜びの笑みが宿っていた。

 話を振られた亜土炎は兄同様に真面目な受け答えで返す。彼も亜土雷ほどではないが、眼光鋭く遊びのない言動が目立つ将軍だった。

「兄上でしたら助攻と分かった時点で更に奮起するかと思います。「手柄は黙して立てよ」が我が家の教えでありますから」

 亜土炎の意見を聞き憂慮すべきは無しと判断したナイトは、カタイギを主攻に据えた夜襲策を認可する。

 友軍且つ小国の将でありながら、大一番を任されたカタイギの感激は言うまでもなかった。
彼はオバインの用意した兵とは別に自らの部隊からも勇士を募り、出撃兵共々休息を与え、計二千四百の夜襲部隊を編成してその時を待った。
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