大戦乱記

バッファローウォーズ

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天命が定めし出会い

なぜ健気なりなのか

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 出陣式後にあって、冷めきったナイツに相反する輝士隊の兵士達。彼等は依然として興奮の只中にいた。

(今日一日、こいつ等は無駄に元気がいいだろうな……)

 その様に楽天的に考えなければ、やっていられない。

 だが、気持ちだけで解決できない事柄も中には存在する。

「直下軍三万五千のみの出陣か。……貴族達は兵を出し渋ったのだな」

「はい、本来は六万の軍勢を整える予定でした。然し、ペンテ家、ヌーム家、ホズフィ家、峻家等を中心に殆どの貴族が派兵に応じなかったのです。……彼等はどうも、先の戦での恩賞に不満を抱いているようです」

 ナイツの独り言に側近の李洪が答えた。
李洪は主将軍・李醒の息子であり、父譲りの知略と用兵技術を持つ将軍だ。
真面目で人柄も良く、軽度の心配性が好影響を及ぼして常に慎重な言動をするため、ナイトからは「安定した人物」と高く評価されている。
ナイト直々の頼みで輝士隊の参謀に就任したが、李親子はこれを建前であると捉え、二十一歳と若いことからナイツの相談役を務めてほしいとの考えだろうと察した。
それでも李洪はナイツを支える事が満更ではなく、二人とも一人っ子である上に偉大な父を持つ者同士として気が合ったのだ。

「ふん、結構な額の支度金を戦前に受け取っておきながら、一戦もしない囮役程度で重き恩賞を求めるのか。そうでもしなければ彼の者等は生きられぬのか?」

「彼等の金銭感覚でものを見ればそうなりますね。何せ若の云十倍もの贅沢の中に生きておりますから。……偏に、彼等が信ずるのは金のみなのです」

「金の切れ目が縁の切れ目……か。だとしたら、さっさと切りたいな」

「然れど、それでは――」

「依然、力を有する奴等が連合を組んで反発する恐れがある。支配域外のお仲間まで呼び寄せて……だろ?」

 無言で首肯する李洪。
独自の勢力を持つ貴族や国人領主などの扱いは難しいという事を、ナイツは言われるまでもなく理解していた。

「結果、止む無く半数近い兵力での出陣となった訳だ」

「それ故に大殿は、桜上歌に駐屯するフォンガン将軍に出陣を依頼しました。将軍は一万の兵を率いて沛国に先行なされたとの事です」

 参謀兼相談役の李洪のもとには必然的に様々な情報が入る。
その中にはナイトにとって息子にあまり知られたくないものも含まれていた。今回に至ってはナイトが貴族達の協力を得られなかった事だ。
これに関してはキャンディも表情を曇らせる。

「計四万五千か。……律聖騎士団は四万近くだったな。沛国軍の兵数は?」

 貴族からの派兵が望めないならば、同盟国の兵を頼みとするしかない。
ナイツは続け様に李洪に尋ねる。

「沛国軍の総兵数は二万程です。そのうちの半数を城の守りに回すでしょうから、残る一万の兵が我々と共闘すると思われます」

「……ざっと見て五万五千の連合軍か。戦力の上では大差ないが、敵には剣豪・司武シブと共に双璧をなした猛将のオルファイナスがいる。奴の兵は騎士団中最強を誇り、列国もその強さに恐れを抱くほどだ。父上であっても奴には苦戦するだろう」

 律聖騎士団は常時七人の隊長が任命され、その筆頭格たるシチー・オルファイナスは他の六人を総督する言わば錝将軍のような立場にある。彼は重氏三代に仕える古参の忠臣として最長の戦歴を刻み、ナイトと何度も激戦を繰り広げていた。
それだけにナイトの苦戦が予想され、ナイツは険しい表情を浮かべる。

 だが、そんな時は決まって側近の女将メスナが、彼の肩から力を抜くのだ。

「では今回もこっそり出陣しちゃいましょう。それでぱぱっと敵将の首を上げれば、オルファイナスはそれ以上の犠牲を嫌がって帰るかも」

 僅かに不真面目な一面を持つ彼女の言葉遣いは軽く、ナイツに対しても親しげに話しかける。
真面目な者が大半を占める輝士隊にあって彼女は貴重なムードメーカーであり、気疲れしやすいナイツも彼女の言動には何かと助けられていた。
その上で、時には核心を突くこともあり、ナイツはそれも好きだった。

「確かに隊長格の将は貴重な人材だ。一人でも討ち取れば、大義のない戦に辟易している騎士団は速やかに引き上げるだろうな。……でも今回は止めておこう。そうだろ、李洪?」

 話の流れを李洪に回すナイツ。
メスナの目の付け所は悪くないが、彼女の策には何点かの欠点が存在していた。

「はい。我々は今、大殿より徹底した守備を任されています。先の戦のように自由が利かない身ですかから、独断行動は避けねばなりません。それと今回は主戦場が離れている為、事前準備のない状態での機動作戦は多大な危険を伴います。最後に、これが一番の理由ですが、武名衰えたと言え相手は律聖騎士団。甘く見てよい敵ではありません」

「あれま、じゃあ大殿達を信じて待つしかなさそうね」

 李洪の説明に納得したメスナは残念そうに声量を落とす。
然し、それならそれで構わないと思うのが彼女の性分。
さっと気を入れ替えると、今度は先ほど気になった事柄についてナイツに問いかけた。

「ところで今更なんですけど、大殿ってなんで武運を祈られて健気だねぇって返すんですか? 意味が繋がらないですよね」

 その問いにナイツは苦笑する。彼にはちょっと恥かしいと思える過去が絡んだ話になるからだ。

「そうか、メスナは知らなかったか。あのやり取りは俺が小さい頃、さっきみたいに見送ったのが始まりだ。あの時の俺は、険しい顔付きで戦に挑む父上を見た瞬間に父上が死ぬんじゃないかって不安に駆られてな……その恐怖で、まあ、手が震えてた」

「ああ、成る程。それを見た大殿が若の姿を健気だねぇって言ったんですね」

 納得。メスナはふんふんと二回頷きながら、少量の朱で頬を染めるナイツに可愛さを覚えた。
だが次の瞬間、ナイツの顔は再び仏像界の模範的無表情を浮かべ、彼の口は機械の様に淡々とした動きで言葉を発する。

「……今思えば、それを見られたのが全ての始まりかもしれない。あれ以降、父上は出陣に先立って俺を安心させようとアホな事をし始めた」

「アホなのは昔からよ。……でも貴方が小さい頃は確かに厳しい戦ばかりだった。だからこそ、貴方を楽しませる事で自分を含む仲間達全員を奮わせていたの」

 やること全てに意味がある、とまでは言えないものの、ナイトが無駄に元気であることは息子や仲間の為である。
その事を良く知るキャンディは口ではアホだの何だのと罵るが、父の愛情が詰まった行動であると、大事な部分はきちんと補足してあげた。

「……なら今は無用な筈。全軍の士気を高める為なら出陣した後にすればいいだろうに……何故、俺の部下まで狂わせるんだか」

 悲しい哉、その愛情も年頃のナイツには裏目に出てしまう。

(良い話なんだけどなー。大殿の親心も、今の若には却ってウザいのか。……大殿可哀想)

 その点を指摘すればナイツは機嫌を悪くする。
母であるキャンディさえ口を噤む様子を見て、メスナも思った事を心の内に留めた。

 ただ、面白い父を誇りに思えばこそ、邪険にした覚えのないメスナには、ナイトだけでなくナイツも可哀想に感じたのだ。

 メスナの父マノトは十一年前に戦死を遂げている。
「不良騎士」を自称していた彼は終始お調子者でありながら、芯を通す好漢として知られていた。周囲の緊張を良くほぐす言動や将同士のいざこざに対して和を以て解決する手腕などは、メスナの人格に大きな影響を与えた程。

「俺は誓う。絶対に父上の前では涙を見せない。何故かこう……見せたら負けな感じがするんだ」

「いやいや、日常ならともかく、大事な時ぐらいは見せてあげてくださいよ」

 父が生きている間にその愛情を十二分に受け止めてほしいと願うメスナは、笑顔を交えてナイツに進言する。

「それこそ無用の心配だ。父上が戦場で遅れを取ることなどあり得ない。仲間達がいれば尚の事」

 ナイトと仲間達の実力を信じて疑わないナイツは、己の余計な行動が逆に足を引っ張ることを恐れ、メスナの助言を否定。その想いも今回の参戦を遠慮した要因の一つであろう。

「……さて、城へ戻ろう。留守を怠れば家に閉じ籠った奴等の謗りを受けてしまう」

 貴族達をさり気なく皮肉ったナイツは、小さくなっていく艦隊に背を向けた。
そして韓任と一緒になって、涙で全身を濡らした輝士兵等の尻を叩いて回る。

 全員の正気を取り戻した時、ナイツと韓任の両手はぐっしょりとベトベトが合体した水属性の魔物を連想させる壮絶な状態となっていた。

「うはっ……お前達の涙って何で出来てるの。絶対に塩と水以外の何かが混ざってるだろ」

 輝士兵達は「いやぁははは」と照れ臭そうに頭をかくが、照れても可愛くない上に実際何か臭く感じた。
汗が凝固する際に発せられる酸っぱい匂いを濃縮したものに、靴の中の菌の大軍を加えて連合勝利させたような得も言えぬ言いたくないものだ。

(そうであっても……ですよ。どうか、後悔だけは無いようにお願いします)

 部下と談笑するナイツを見て、その年相応の笑顔が陰らぬ事を願うメスナ。
近寄り難い強烈な男臭から逃れるように、彼女は離れた所から見守っていた。
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