大戦乱記

バッファローウォーズ

文字の大きさ
上 下
2 / 448
若き英雄

少年よ、父の尻を追え

しおりを挟む


人界歴四百九年 福寿草の月 中枢大陸 楚丁州洪和郡ソテイシュウコウワグン

 隣国への遠征軍陣地に於いて、軍議が執り行われていた本陣には小さな揺らぎが生じていた。

「ねぇ若、大殿の書き置きを見付けたんだけど……」

 発端は作戦の実行に伴い、つい数時間前に出撃した総大将の腰掛けにあった紙を、若と呼ばれる少年の側近たる女将が見つけた事だ。
そこには以下の様な内容が記されており、皆が額を集めて拝見した。

(息子へ、予てよりの作戦を実行する。本隊のことはお前と槍丁ソウテイに任せた。よく相談して行動するように。それはともかく、お土産は何がよいか聞いていなかったな。俺としては木製の馬の玩具なんて可愛くて良いと思うんだがどうだろう。まあ考えておいてくれ。では行ってきます。俺達の尻がフリフリされている方角目掛けて武運を祈って良い子で待っててくれ)

「……何だろうな、この色々と言ってやりたい気持ちを起こさせる、おふざけが過ぎた味方に対する挑発文は。……差し詰め遠足にでも向かうかの如くだ」

 読み終わって諸将の中に沈黙が作られると、少年は顔から色を消してそう呟いた。

韓任カンジン、騎兵一千を用意してくれ。父上の後を追う」

 少年は続けて側近頭を務める将軍に出撃の指示を出す。

「若、私どもは如何しましょう」

 藍色の髪とすらっとした長身が特徴的な青年の側近が、少年に尋ねた。
彼と女将の二人は少年が率いる直属隊の中に於いて、歩兵のみの部隊を指揮している。
それ故に騎馬隊での機動作戦となれば行動に制限が生じるのだ。

李洪リコウとメスナはここに残ってくれ。父上の後は俺と韓任だけで追う。それともう一千の騎兵は置いていくから、こっちの状況に応じて動かして構わないよ」

 二人の側近は静かに首肯した。

 やがて出撃準備が整い、白銀の鎧に朱の戦袍ヒタタレを纏った一千の騎兵が陣門前に勢揃いする。

「ナイツ様。全騎、整いました」

 側近頭の将軍が、兵達の前に姿を見せた少年の名を呼んだ。

「ありがと韓任」

 少年は礼を述べながら慣れた動きで黒毛の愛馬に跨がった。
その身のこなしには、少年が産まれる以前よりアホだったと言われる父が、少年の一歳の誕生日に大人の軍馬をプレゼントした事は別に関係ない。
十割が少年の努力によるものである。

「若君、出陣に先立ち一つ忠告を」

 大将である父、その子息である少年に代わって軍を指揮する事となった老将が一声掛けた。

「どうした槍丁。何か不安要素でもあるのか?」

「はい。大殿による電撃作戦が行われ、その後に続くならば、道中の敵は必ず備えを厚くしておりましょう。努々ご油断なされぬよう」

「了解した。老練な槍丁が言う事なら間違いはないだろう」

 少年は顔に微笑を浮かべて見せた。
言われるまでもなく、彼は油断をしていない。
だがその上で老将の忠告に従い、再度気を引き締める素直さが彼にはあった。

「よし、出陣するぞ! 皆、俺に続け!」

 漆黒の軍服に朱の戦袍を纏った少年は、声高らかに号令を下す。
その姿には若年に似合わぬ騎士然とした凛々しさがあり、彼を先頭とすることに歴戦の将兵達は唯の一人も不満を見せる事がなかった。


 少年が率いる騎馬隊は颯爽と敵地の中を駆け抜ける。
父とその仲間達が敵の守備兵を撃破し、神速を以て突破した道を彼等以上の速さで突き進みながら。

「ねぇ韓任。……まさかとは思うけど、父上は本当に遠足気分だったりして……」

「……さて、どうでしょうな。奥方様曰く、皆の士気を高める為の行為が七割だと」

 電撃作戦と謳っておきながら、下手くそな詩を詠った木製の立札を各所に残す父。

「う~み~は大きいな~大きいな~。…………うん、そうだね。で、それが何だって言うの。海関係ないだろ。楚丁州って殆どが平野なんだから」

「今の詩で皆の士気も高まった事でしょう」

「どこがっ!」

 慢心や油断を打ち消し、常に緊迫警戒した雰囲気を発する彼等の心を優しく撫で、荒んだ戦場を愛しく包み込んでいるつもりの詩を見る度に、少年の士気は低下していった。

「……迂回しよっかな……」

「いえ、このまま進みましょう」

 疾走する先に新たな立札を見付けた少年は、小さく溜め息を吐いた。
今度の板には、詩を書いた立札は全て移動中に用意して一切無駄な時間は使っていない云々の言い訳が書いてあった。

「弁明なんてして誰が見るんだよ。…………ああ、俺達か」

 粗略に読み捨てた少年には、その文面がまるで彼にあてて書かれている事に気付かなかった。
最短の道のりの、道標の様に等間隔に置かれている事にも。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

側妃に追放された王太子

基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」 正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。 そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。 王の代理が側妃など異例の出来事だ。 「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」 王太子は息を吐いた。 「それが国のためなら」 貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。 無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

婚約破棄?王子様の婚約者は私ではなく檻の中にいますよ?

荷居人(にいと)
恋愛
「貴様とは婚約破棄だ!」 そうかっこつけ王子に言われたのは私でした。しかし、そう言われるのは想定済み……というより、前世の記憶で知ってましたのですでに婚約者は代えてあります。 「殿下、お言葉ですが、貴方の婚約者は私の妹であって私ではありませんよ?」 「妹……?何を言うかと思えば貴様にいるのは兄ひとりだろう!」 「いいえ?実は父が養女にした妹がいるのです。今は檻の中ですから殿下が知らないのも無理はありません」 「は?」 さあ、初めての感動のご対面の日です。婚約破棄するなら勝手にどうぞ?妹は今日のために頑張ってきましたからね、気持ちが変わるかもしれませんし。 荷居人の婚約破棄シリーズ第八弾!今回もギャグ寄りです。個性な作品を目指して今回も完結向けて頑張ります! 第七弾まで完結済み(番外編は生涯連載中)!荷居人タグで検索!どれも繋がりのない短編集となります。 表紙に特に意味はありません。お疲れの方、猫で癒されてねというだけです。

【完結】結婚式前~婚約者の王太子に「最愛の女が別にいるので、お前を愛することはない」と言われました~

黒塔真実
恋愛
挙式が迫るなか婚約者の王太子に「結婚しても俺の最愛の女は別にいる。お前を愛することはない」とはっきり言い切られた公爵令嬢アデル。しかしどんなに婚約者としてないがしろにされても女性としての誇りを傷つけられても彼女は平気だった。なぜなら大切な「心の拠り所」があるから……。しかし、王立学園の卒業ダンスパーティーの夜、アデルはかつてない、世にも酷い仕打ちを受けるのだった―― ※神視点。■なろうにも別タイトルで重複投稿←【ジャンル日間4位】。

処理中です...