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Episode 13 異母兄妹

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【2024年10月25日】

 夏菜子が僕の前にひょっこり顔を出したのは、それから三日も経たない昼食どきだった。

「よっ、異母兄妹」

 額に右手の平を添えて敬礼のポーズ。ブラウンのニットにオフホワイトのパンツを穿いて、彼女はやってきた。
 昼食をどうするかなと考えているところに、空いているかとメッセージが飛んできたのだ。ガラスの壁を背にスマホをいじりながら立っていると、髪をポニーテールに結った元バンドメンバーが覗き込んできた。

「――おお。しばらくぶり。……入るか? 店?」
「あれ? ノーツッコミ?」

 夏菜子はなんだか物足りなそうな顔だ。

「いや、そりゃ、リアクションに困るだろ。あんまり話広げて、周りに聞かれても困るし。壁に耳あり障子に目あり」
「あ、やっぱり秘密なんだ? そうだよね、そりゃそうだよね」
「まあ、そりゃそうだろ」
「そりゃそうだよね。その割に、翔には話していたみたいだから、私の常識がおかしいのかなって思っちゃったよ」

 不満げに唇を尖らす。

「――いや、まあ、翔には言わないと駄目だろ。心配してたし」
「へー、心配してたら、言うんだ。当の本人には一年以上黙っていたのに?」
「悪かったよ。だけどそれは仕方なかったんだよ。言っただろ? 約束だったんだ」
「それは理解したよ。その理由はあくまで悠人の理由であって、私のことを考えての話じゃないってことも含めてね」
「――突っかかるなぁ」
「そりゃ突っかかるよ。――当然だと思うよ?」
「悪かったよ。――で、飯食わないのか。順番抜かされるぞ」
「あれ、待ち行列に名前書いておいてくれたの?」
「とりあえずな」
「じゃあ、行く」

 自動ドアが開いて店内に入ると、ちょうど僕らの前の女性二人組が案内されたところだった。しばらくすると、すぐにウェイトレスさんがやってきて、奥の席へと案内してくれた。
 夏菜子は肩からかけていたトートバッグを座席の隣のカゴに入れると、席を引いて腰を下ろした。いつもと変わらず普通にメニューを開ける。いつもと何ら変わらぬ流れで「何にする?」って言うから、パラパラとメニューをめくって九条ネギのパスタを注文する。アイスコーヒーをつけて。

「翔には会ったんだな」
「連絡がしつこいから」
「言い方。……あいつ、めっちゃ心配してたんだぞ」
「はぁ、それはどういたしまして」
「いや、お礼言っているわけじゃないから。どういたしまして、じゃないだろ」
「わかっているよ。――お説教みたいに」

 そう言って頬杖を突いた夏菜子はむくれると、左側のガラス越しのキャンパスを眺めた。

「……悪かったよ。黙っていたことは悪かったと思っているんだよ」

 僕の言葉に、夏菜子は変わらず、唇を尖らせている。

「説明は二週間前もしたし、これ以上、何を言っても言い訳になるだけだと思うけどさ」

 僕の間に沈黙が流れる。カフェの中の喧騒が聞こえる。やおら夏菜子が口を開いた。

「――ねえ、悠人は心配してくれたの? 私がいない間。翔はめっちゃ心配してくれたみたいだけど?」
「……まぁ、……それなりには」
「それなりかぁ」

 夏菜子は椅子の背もたれに体重を預けて天井を見上げた。心配しなかったわけじゃない。それでも、多分、気まずさの方が増した。だから、探しもしなければ、メッセージも送らなかった。薄情だとは思うけれど、翔みたいに走れなかった。彼女の一時的な失踪が自分のせいだというのは火を見るよりも明らかだったから。

「まぁ、いいよ。なんとなく、わからなくもないし。悠人の考えることは」

 店員が僕と彼女のドリンクを持ってきた。僕がアイスコーヒーで彼女がアイスティーだ。いつもと変わらず。
 僕は黙々とポーションを開けてシロップとミルクを流し込み、彼女はストローを紙の包装から取り出して、グラスの中へと差し込む。夏菜子は左の指先で髪をかき上げて左耳へとかけると、唇で赤いストローを咥えて、褐色の冷たい紅茶を吸い込んだ。少しだけ音を立てて。彼女はグラスをガラスのテーブルに置くと、硬質な音が鳴った。ゆっくりと、長い息を吐く。何かをリセットするみたいに。

「――あのね。悠人。――私からも言わせてもらっていいかな?」

 夏菜子は机の上の僕の手あたりに視線を落としながら、静かに口を開く。何かモードを切り替えるみたいに。曲が転調するみたいに。今まで、彼女が何も言っていなかったわけじゃないから「言わせてもらってもいいかな」は余計だとは思うけど。

「……何? もちろん、いいよ。なんでも聞くよ」

 夏菜子は大きく息を吸った。

「ごめんなさい。――私からもごめんなさい」

 そう言って彼女は深々と頭を下げた。

「お父さんがごめんなさい。二股をしてごめんなさい。私がごめんなさい。知らなくてごめんなさい」

 僕は言葉を失う。謝罪が欲しいわけじゃなかった。それでも彼女の言葉はあまりにも大きな何かだった。母親の顔が蘇る。祖父母の顔も。幼かった頃、中高時代。満たされたわけじゃなかったけど、それなりに幸せだった時代だったと思う。父親がいなくても。夏菜子と出会った。翔と出会った。いくばくかの背徳感を抱えながら、それでも駆け抜けた一年間のバンド活動。自分にとっての青春はそこにあったのだと思う。何か言おうとしたけれど、言葉にならなかった。

「それから、――勝手に好きになってごめんなさい」

 こちらをじっと見つめた夏菜子の双眸が濡れていた。
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