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第2話 書棚の森の中ほどで エピローグ
第2話 エピローグ㊦
しおりを挟む思う。
ついさっきこの場所で、リニアが語り上げた何もかも。
それは圧倒されるほどに高く積み上げられた、一つの仮説で。
だけれど何一つとして納得できる根拠のない、ぼんやりとした絵空事で。
だから私には、そんな彼女の妄想を丸ごと飲み込む分けにはいかなかった。だって、分からないのだから。
リニアが受け取ったという伝言。その内容を聞いてなお、それを伝えることに何の意味があったのか、私には分からない。
不思議な一文字を目にした後の彼女を、どうしてあれ程までに恐ろしく感じてしまったのか、未だに自分でも分からない。
そして今。どうして彼女がこんな風に、面白おかしく思い悩んでいるのか。別に分かりたいとも思わない。
(あ~あ。結局私には、分からないことばっかりですねぇ)
ふと。ああ、そう言えばと思い出した。
(片鱗って、なんの事だったのですかね?)
どこだったか。リニアが会話の最中で、私に向けてそんな言葉を口にしていた気がした。
悪い意味には聞こえず、だけど手放しで喜べそうにも思えなかった不思議な一言。
ほんの少しだけ思いを巡らせてみるのだけれど、やっぱりこれの意味も私には分からないのである。
ま、いっか。
などと。私はノロノロと歩みを進めながら、手元で大人しくぶら下がったクロネコの深みに軽く顔を埋める。ああ素晴らしいですね、うへへ。
そうしてリニアの腰掛けるテーブルまでたどり着き、白ローブの彼女へ向けて、黒毛皮の彼女を差し出て言う。
「ほら。クロネコも心配してますから、元気を出してください」
「いやぁ。後ろ足で凄い蹴ってくるんだけどねぇ」
あら、本当。
私の手の中を起点にして、激しく両の後ろ脚でリニアの肩を乱打しまくっている相棒の姿。いい動きですね、クロネコ。
「では、どうぞ」
私は肩を縮こまらせて耐えているリニアの膝に、激しい愛情表現を繰り広げるその子を問答無用でそっと乗せる。
押し付けたわけではないですよ。落ち込んだ彼女に景気づけの一杯を、という奴です。
「あ、ああ!?」
そうして高らかと響き渡るリニアの悲鳴。
同時に勢いよくリニアのお膝元から飛び出していくクロネコの姿。
問いかける。
「嫌われているのですか、リニア?」
リニアが答える。
「たまに本気で酷いよね、カフヴィナって」
「そうですか?」
そうかも。だって。私には分からないんだもん。
「八つ当たりなら他でやっておくれよぉ」
はて。何のことでしょう。
素知らぬ顔を崩さぬまま、すっ呆ける私。そしてそのまま、リニアに告げる。
「じゃあ、そろそろ帰りますので」
踵を返して通用口へと向き直れば、背後から心細そうな声が聞こえた。
「えぇぇ。私をひとり残して? 本気かい?」
「本気ですとも」
「これは酷い話もあったものだよぉ」
何てか細い声で言うのですか、もう。
「だから、大丈夫ですってば」
安心安全を再び口にしながら振り返れば、そこにはニヤリと笑ったリニアの姿。あ。
「おや? 心配してくれるのかい?」
くっそ。
「ああもう、いいです。本当に帰りますから」
私は早足でお店の裏手につながる通用口を目指して歩き始める。後ろから声が聞こえた。
「聞かないのかい?」
私は思わず足を止める。だけど振り向かず、声だけで背後のリニアに答えを返す。
「聞いて欲しかったのですか?」
リニアが言った。
「まぁさか」
でしょうね。
「だけれどね、カフヴィナ。君がどうしてもと言うのなら、私の故郷のことを話して聞かせることも、やぶさかではないんだよ?」
また、思ってもいない事を。
「ああそうだ。だったら、こうしよう。覚えているかい? 先日、私が君に送った手作りのプレゼントがあっただろう?」
プレゼント?
「まさか忘れちゃったのかい? ほぉら、あのトンガリ帽子だよ。魔法使いに必需品のさ」
ああ、そう言えばと思い出し、しかしそんな帽子をかぶった魔法使いなど、ついぞお目にかかったことが無いことも思い出す。
「あの帽子がどうかしたのですか?」
私はやっぱり振り返らない。だからリニアの声だけが背後から聞こえてくる。
「君は結局、一度もあの帽子をかぶってくれていないようだからね」
当たり前でしょう。
「そこでだよ、カフヴィナ。君は明日、あの帽子をかぶっておいでよ。
その暁には資格ありと見なして、私は全ての秘密を君に打ち明けるとしようじゃないかぁ!」
どういう条件ですか。
「お断りします」
私は淡々と資格の辞退を口にして、再び歩み始める。
数歩を進めば、愛用の黒いロングコートと革カバンを預けていた、荷置き用のテーブルが目の前です。
そしてリニアが言います。
「嘘だろう、カフヴィナ?
そこは『命に代えてもかぶってくるから』と、泣きながら私と約束を交すシーンのはずじゃないのかい?」
「間に合ってますので」
しつこい勧誘を突き返しながら、私はお気に入りの黒いロングコートを手に取り羽織る。
胸元に縦に並んだ二つの金ボタンがキラリと輝く様を視界の端に流しながら、そして私は思うわけです。
(明日こそ、本職のお仕事とかが舞い込んで来ると、とっても嬉しいのですけれど)
と。
第2話 書棚の森の中ほどで 完
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