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第2話 書棚の森の中ほどで⑤

第2話 08

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「カフヴィナの記憶にないからと言って、そう落胆することもないよ、お嬢さん」

 やたらと楽観的に聞こえたリニアの口調。
 私とお嬢様は互いに顔を見合わせつつも、ゆらゆらとテーブル周りを巡る彼女の話に耳を傾ける。

「その手紙に書かれていた内容だけで、探し物の本を特定できたわけではないけどね。
 それでも、ある程度は探すべき対象を絞り込むことが可能なはずだよ」

 絞り込む。その単語にピンとくる。

「高さ、ですか?」

 投げた指摘にリニアが頷くのを見て、私はテーブルに掛けたままのお嬢様へと向き直る。

「お姉さんの身長は、どの程度あるのですか?」

 するとお嬢様は、ゆらゆらと歩き回っているリニアに右手を差し向けた。

「ええと。リニアさん、でしたわね? あちらの方と同じくらいかと」


 と、言うことは。


「リニア。手を目一杯、上へ伸ばしてみてください」

 取り敢えず、出来ることを。そんな思いでリクエストを送ってみる。
 そんな私の意図を汲み取ったのだろう。リニアは一番手近な本棚へと歩み寄ると、爪先立ちで天井へ向かって右腕を伸ばす。そして、

「そうだね。カフヴィナの言うように、探すべきは恐らく、これくらいの高さに収められている本という事になるのだろうね」

 掲げた右手をひらひらと左右に振りながらそう続けた。

 リニアの言葉に私は頷いて返す。踏み台を使わず、それでいてギリギリ指先が届く高さという話だったのだから、この絞り込み方に問題はないはずだ。

「その棚で言うなら、上から二段目か三段目あたりでしょうか?」

 確認するように問いかければ「それくらいかな」とのリニアの返事。これも本探しに有用な一つの基準にはなるはずだ。

 私はリニアの伸ばした指先の高さに視線を固定すると、そのまま水平移動で店内を一望してみる。が。

(書棚ごと弾けそうなのは、三つか四つと言ったところですかね)

 基準の高さに満たない棚をまとめて除外できれば良かったのだが、都合の悪いことに、私のお店にある書棚はどれもがこぞって背が高い。

(まだまだ全然、絞り込みが足りてませんね)

 未だに残る候補の多さを前にすれば、眉間にしわも寄ろうというもの。
 かと言って、現状でこれ以上に探索場所を絞り込めるような案も思いつかず。ともすれば、

(いっそ、該当する高さの本を総て、一冊ずつ確認していきますか?)

 などという無謀な考えが頭をよぎる。しかし、探している本の特徴が酷く曖昧な現状ではそんな手段は現実的だとは言えず。

「せめて、もう少し絞り込めれば良いのですが」

 思案の行き着いた先が、呟きとなって私の口からこぼれ落ちる。

 考える。

 手紙に記されていた、本にまつわる色々を伝えた文面。そこに何かしら、より一層の絞り込みを可能にするような情報は無かっただろうか?

 私は今一度、テーブルに投げ出されている二枚目の便箋を手に取り、持ったままだった三枚目の上に重ねて素早く視線を走らせる。

(ええと。珍しい本を探していて、たまたま目に止まって、恋愛要素のあるミステリーで、お話しが何度か飛んだりしていて……)

 そうして二枚目をめくり、三枚目にも目を通す。

(後は、私に向かって体当たり)

 ああ、役に立たない。
 心の底からそう思い、私は重ねた二枚の便箋をテーブルの上にそっと戻す。

(現状で、これ以上の絞り込みは望めそうもないですね)

 となれば、残る手段は基準内の高さにある書物の内容を、順に吟味して回るという方法くらいのものなのだろうが。

(そんな強行策で何とかなるんですかね?)

 当然と言えば当然の懸念ではあった。

 恋愛要素のあるミステリーで、度々に話しが飛ぶ。

 選別の手がかりにできそうな本の特徴といえばこの程度のもので。
 ともすれば、目的の一冊を探し出すための情報として、これではあまりにも心もとない。

(参りましたね)

 現状を把握するほどに状況が悪化していく。そんな気配のする旗色を前にして、

(これはちょっと安うけ合いしすぎましたか)

 などと。あまり人様にお見せできない無責任な後悔を、今さらながらに持て余してしまう。


 そもそもが、である。


 この本探しという目標、果たして達成できる見込みなどあるのだろうか?

 何となくの雰囲気に流されて協力を申し出てしまったわけだけれど、しかし。
 こうして一通りの話を聞き終えた今、少々人手を増やした程度で、目的の本に行き当たる可能性など極めて低いのではないかと思えて仕方がない。

 そりゃそうだ。何せタイトルが分からない、筆者も分からない、本の外観すらも分からないと、分からない尽くしのオンパレード。

 兎にも角にも、本に関する情報があまりにも少なすぎる。
 だから例え時間を掛けて蔵書を総ざらいしたとしても、目的の一冊を探し当てられるかどうかは、どうにも疑わしく思えてしまう。

(ぶっちゃけ、実は手詰まりだったりしませんか、これ?)

 などと考えながらチラリと視線を下へと向ければ、お嬢様が不安げな顔で私のことを見上げていた。

「あの。やはりご迷惑でしたでしょうか?」

 向けられた瞳の色に心細さが透けて見え、私は思わず口ごもる。

「いえ、その何と言いますか……」

 一応は手伝いをすると言った手前、まだ探し始めてもいない現状で早々に白旗を掲げることは、何となくの心情的にためらわれた。

 とは言え、では具体的にどう探せば良いのかはまるで見当を付けられない。それでつい、逃げ場を求めて視線を彷徨わせてしまう。
 すると、書棚の前でじっと立つリニアの後ろ姿が視界に入った。

 ?

 先程までの無駄に賑やかしかった彼女とは対象的に、書棚の前でただ静かに佇む姿。少しだけ気になる。

(何をしているんでしょう?)

 何となく思うところがあり、私は並んだテーブルの間を抜けて彼女のそばまで歩み寄ってみる。
 するとどうやら、腕組みをしたまま眼の前の書棚を見上げている様子。

 問いかけてみる。

「何をしているのですか?」

 抱えた疑問をそのままリニアに向けてみれば、彼女は見上げる視線はそのままに、こんな事を言った。

「何って、探しているに決まってるじゃないか」

 さも当然とばかりに返された言葉に、私は怪訝に眉根を寄せる。

「探しているって、本をですか?」
「そうともさ。それ以外に何を探すと言うんだい?」

 探している? 本を? これで?

「あの。探しているというか、ただ下から眺めているだけのように見えるのですけど」
「そうだけど?」

 はい?

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