上 下
12 / 55
第二話:(月・祝)の方違さんは、たどりつけない?

2-4 方法が一つあるんだけど

しおりを挟む
 夜九時半に、地元へ帰る最後の電車をベンチで見送った。
 方違さんから写真付きのメッセージが届いたのは、その少し後だった。

 ――学校にいます 充電もできました 心配しないで あしたの朝かえるから

 写真は制服姿の自撮りだった。無表情で、頬杖をついている。背景はたしかに僕らの教室で、窓の外は真っ暗だった。

 明日?
 いや、まだ今日は終わってない。
 十時前の終電に乗れば間に合う。今日中に学校に行ける。

 電車はもう目の前に止まっていて、ドアを開けて静かに発車時刻を待っていた。

   ◇

 改札を出たときからもう、一年二組の教室だけ電気がついているのが遠くに見えていた。後藤と佐伯さんが教えてくれた、運動部の子が使う秘密のルートから校舎に入り込み、教室のドアをおそるおそる開けた。

 いた。
 いつものように下ろした髪と制服に、足元だけは真っ赤なハイソックスの方違さんが、机に突っ伏している。

 僕は指先で、その肩をとんとんと叩いた。
「ごめんね、遅くなって」
 顔を上げた方違さんは、赤い目をしていた。
「苗村くん……。いま、いつ?」
「月曜の夜。十一時前」
「そっか……」方違さんはまた机に体を伏せ、顔だけをこっちに向けた。「今日中に会えたね」
「どうやってここに来たの?」
「朝起きて……、わかんない。なにも覚えてない。でも怖かった……すごく……」
「ごめんね、僕が余計なことを思いついたせいで」
 方違さんはそのままの姿勢で首を振った。
「……なことない。うれしかった」

 机の上の小さな手を、握ってあげようかと迷ったけど、こんな時間にこんな場所でそんなことをすると、踏み込みすぎになってしまう気がした。
 僕はただうなずいて、隣の席に座った。

「帰りの電車、もう無いね」と方違さんが言った。
 だけどもちろん、ここで二人で一晩を過ごすわけにもいかない。
「方違さんさえ嫌じゃなければ、帰る方法がひとつあるんだけど」

   ◇

 友達と学校で用事をしていて終電を逃してしまった、とだけ僕は説明した。ハンドルを握る姉はろくに聞いてなくて、「そーなんだ」としか言わなかった。

「ごめん。ありがとう姉ちゃん」
「すみません、お姉さん、あの……」
「いいよいいよ。夜中のドライブは好きだし。くるりちゃん小っちゃくて可愛いし。でもびっくりしたわ、まもるがJS誘拐したのかと。世間に罵り倒されて死ぬ覚悟したわ」
「同級生だってば。失礼だろ」
「ちょっとコンビニ寄っていい? ビール買って帰る」

 三人でコンビニに入り、僕がスイーツの棚を見ていたとき、方違さんが何かぺらぺらした物を持って、酒の棚にいる姉に見せに行くのが目に入った。

「うそ、マジで!」
 姉の非常識な大声が響いた。
「これどこでみつけたの?!」
「そこに……。お姉さんの車のキーに、同じキャラついてたから……」
「くるりちゃん大好き! 弟の嫁決定! なんなら俺の嫁!」
 あらぬことを叫んで姉は方違さんに抱きついた。
「東京じゃもうどこ行ったって手に入んないのよこれ!!」

 それは姉の好きな、何とかというゲームの何とかというキャラのクリアファイルで、コラボキャンペーンの商品だったのが、売れ残って棚の端っこに置かれていたらしい。

「姉ちゃん、それ僕が払うよ。早いけど、誕生日のプレゼント」
 姉は輝く瞳を僕に向け、方違さんは「あっ」という顔をした。
「方違さん、とりあえず今日は、ここからスイーツ選んでくれる? 永観堂のメイプルケーキはまた今度ね」

   ◇

 乗換駅の前で姉が車を停めると、僕はいったん降りて、五軒並びの真ん中の家の前まで方違さんを送った。

 ドアの前で彼女は僕に向き直って、ちょこっと頭を下げた。
「今日はありがと」
「こっちこそありがとう。お互い、約束はいちおう果たせたね。お姉ちゃんも喜んでたし」
「ん」
「じゃね。おやすみ」
「おやすみ……」

 背中を向けた方違さんの髪に、街灯がきれいな青い光の輪を描いた。それを見て僕は急に、口に出さずにいられなくなった。
「方違さん、こんどは黄色いTシャツ着て来てね。その、きれいな色の髪に合うと思うんだ」
 言った瞬間に後悔した。でも出した言葉は戻せない。彼女が息を吸って何か言う前に、僕は続けた。
「僕はバーベキューなんかより、今日も方違さんに会えてうれしかったよ。方違さんのしゃべり方も、なんか、好きっていうか、だから、友達になれてよかったと思ってる。おやすみ」

 僕はそのまま後ろを見ずに、ハザードランプを点滅させている姉の車へ走った。
 運転席の姉はにやにや笑っていて、助手席に戻れば何か不埒ふらちなことを言われるのは分かっていた。けどそんなことは少しも気にならなかった。


(第3話へつづく)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いた詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

サイケデリック・ブルース・オルタナティブ・パンク!

大西啓太
ライト文芸
日常生活全般の中で自然と生み出された詩集。

しんおに。~新説・鬼遊戯~

幹谷セイ
ライト文芸
オカルト好きな女子高生・談子の通う学校には、鬼が封印されているという伝説がある。 その謎を解き明かそうと、幼女の姿をした謎の生徒会長・綺羅姫と行動を共にするうちに、本当に封印された鬼を蘇らせてしまった。 学校は結界によって閉鎖され、中に閉じ込められた生徒たちは次々と魂を食われてゆく。 唯一、鬼を再び封印できる可能性を秘めた談子は、鬼を監視するために選び抜かれた、特殊能力を持つ生徒会役員たちと力を合わせてリアル鬼ごっこを繰り広げる!

処理中です...