2 / 55
第0話 月曜日の方違さんは、入学式に間に合わない
0-1 この新しい世界
しおりを挟む
「おっ、苗村じゃん! お前もこのクラスか?」
入学式が終わって、クラスの教室に入るなり僕の名前を呼んだのは、後藤リュウジだった。
「変ってないなあ、苗村は」
後藤は、中二の時まで僕の地元に住んでいた同級生だ。この高校がある町に彼が引っ越してしまって以来、直接会うのははじめてだった。
会わない間に彼は身長もかなり伸び、髪も茶色に染めている。でも口を開くと昔のままだったので、僕はちょっとほっとした。
知らない子ばかりのこの新しい世界に、自分の場所を作ることができるかどうか、少し不安を感じていたからだ。
今朝の入学式では、広い講堂に同じ制服の生徒たちが何十人も並び、壇上には正装した先生たちがそろっていた。
この教室にも、椅子と机がずらっと並んで、二十人以上の生徒が集まっている。
僕にとっては、アニメやドラマの中でしか見たことがなかった光景だ。山間の地元にある小さな小中学校とは全然違う。ここだって県庁から遠く離れた小さな町だけど、それでも。
再会を喜びながら後藤と話していると、女子生徒がひとり、すたすたと歩いてきた。
「君が、後藤の村の子?」
すらっと背が高くて、日焼けした、ショートカットの子だ。後藤のそばに立ってにこにこしている。
「ああ、苗村、こいつは、なんていうか、俺の――」
「こいつって言うな」
女の子は片腕でぐいっと後藤の首を絞めながら、僕に白い歯を見せた。
「あたし佐伯トーコ、よろしくね」
「苗村まもる。こっちこそよろしく」
とは言ったものの、五歳年上の姉と近所の小学生たち以外に女の子をひとりも知らない僕は、ちょっとどぎまぎしてしまった。
二十人ちょっといるクラスメイトの半分以上は後藤たちと同じ中学らしく、ふたりは僕を彼らの輪に紹介してくれた。おかげで僕の高校生活一日目は、なんとか順調に始まったようだった。
けど、教室にはまだ空白がひとつあった。
最後列の窓際、つまり僕の隣の机だ。
担任が来て、クラスの連絡事項や学期の予定や部活の説明や高校生活の心構えを話してる間、隣の席はずっと空っぽで、机の上に配布物だけが増えていった。
そういえば、入学式にもひとりだけ欠席がいた。
司会の教師が名前を呼んでも、その子のときだけ答えが無かった。
なんだか不思議な名前だったのが印象に残っていた。
ざわざわした教室で、出席簿を手に担任が不機嫌そうに言う。
「方違くるりは初日から欠席か」
方違、くるり。
そうだ。たしかその名前だ。
ひょっとしたら、と僕は思った。あの子じゃないだろうか。
朝、乗換駅のホームで見かけた、あの女の子。きっとそうだ。あのまま学校に来れなかったんだ。
声をかけてあげればよかった、と僕は後悔した。
僕といっしょに電車に乗っていれば、あの子も入学式にも出られただろうし、今もここに座っていたはずなのに。
入学式が終わって、クラスの教室に入るなり僕の名前を呼んだのは、後藤リュウジだった。
「変ってないなあ、苗村は」
後藤は、中二の時まで僕の地元に住んでいた同級生だ。この高校がある町に彼が引っ越してしまって以来、直接会うのははじめてだった。
会わない間に彼は身長もかなり伸び、髪も茶色に染めている。でも口を開くと昔のままだったので、僕はちょっとほっとした。
知らない子ばかりのこの新しい世界に、自分の場所を作ることができるかどうか、少し不安を感じていたからだ。
今朝の入学式では、広い講堂に同じ制服の生徒たちが何十人も並び、壇上には正装した先生たちがそろっていた。
この教室にも、椅子と机がずらっと並んで、二十人以上の生徒が集まっている。
僕にとっては、アニメやドラマの中でしか見たことがなかった光景だ。山間の地元にある小さな小中学校とは全然違う。ここだって県庁から遠く離れた小さな町だけど、それでも。
再会を喜びながら後藤と話していると、女子生徒がひとり、すたすたと歩いてきた。
「君が、後藤の村の子?」
すらっと背が高くて、日焼けした、ショートカットの子だ。後藤のそばに立ってにこにこしている。
「ああ、苗村、こいつは、なんていうか、俺の――」
「こいつって言うな」
女の子は片腕でぐいっと後藤の首を絞めながら、僕に白い歯を見せた。
「あたし佐伯トーコ、よろしくね」
「苗村まもる。こっちこそよろしく」
とは言ったものの、五歳年上の姉と近所の小学生たち以外に女の子をひとりも知らない僕は、ちょっとどぎまぎしてしまった。
二十人ちょっといるクラスメイトの半分以上は後藤たちと同じ中学らしく、ふたりは僕を彼らの輪に紹介してくれた。おかげで僕の高校生活一日目は、なんとか順調に始まったようだった。
けど、教室にはまだ空白がひとつあった。
最後列の窓際、つまり僕の隣の机だ。
担任が来て、クラスの連絡事項や学期の予定や部活の説明や高校生活の心構えを話してる間、隣の席はずっと空っぽで、机の上に配布物だけが増えていった。
そういえば、入学式にもひとりだけ欠席がいた。
司会の教師が名前を呼んでも、その子のときだけ答えが無かった。
なんだか不思議な名前だったのが印象に残っていた。
ざわざわした教室で、出席簿を手に担任が不機嫌そうに言う。
「方違くるりは初日から欠席か」
方違、くるり。
そうだ。たしかその名前だ。
ひょっとしたら、と僕は思った。あの子じゃないだろうか。
朝、乗換駅のホームで見かけた、あの女の子。きっとそうだ。あのまま学校に来れなかったんだ。
声をかけてあげればよかった、と僕は後悔した。
僕といっしょに電車に乗っていれば、あの子も入学式にも出られただろうし、今もここに座っていたはずなのに。
1
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
最終死発電車
真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。
直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。
外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。
生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。
「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
パワハラ女上司からのラッキースケベが止まらない
セカイ
ライト文芸
新入社員の『俺』草野新一は入社して半年以上の間、上司である椿原麗香からの執拗なパワハラに苦しめられていた。
しかしそんな屈辱的な時間の中で毎回発生するラッキースケベな展開が、パワハラによる苦しみを相殺させている。
高身長でスタイルのいい超美人。おまけにすごく巨乳。性格以外は最高に魅力的な美人上司が、パワハラ中に引き起こす無自覚ラッキースケベの数々。
パワハラはしんどくて嫌だけれど、ムフフが美味しすぎて堪らない。そんな彼の日常の中のとある日の物語。
※他サイト(小説家になろう・カクヨム・ノベルアッププラス)でも掲載。
【3】Not equal romance【完結】
ホズミロザスケ
ライト文芸
大学生の桂咲(かつら えみ)には異性の友人が一人だけいる。駿河総一郎(するが そういちろう)だ。同じ年齢、同じ学科、同じ趣味、そしてマンションの隣人ということもあり、いつも一緒にいる。ずっと友達だと思っていた咲は駿河とともに季節を重ねていくたび、感情の変化を感じるようになり……。
「いずれ、キミに繋がる物語」シリーズ三作目(登場する人物が共通しています)。単品でも問題なく読んでいただけます。
※当作品は「カクヨム」「小説家になろう」にも同時掲載しております。(過去に「エブリスタ」にも掲載)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる