上 下
137 / 140
第32章 小さな優しい声で「目が覚めた?」と言った。

32-4 楕円

しおりを挟む
 チャイムの音とともに、シートベルト着用のランプが消えた。
 機体は一旦右方向に傾き、それから水平になった。一瞬だけ、午前の太陽の光が真っすぐに差してきて、僕はまぶしさに目を細めた。

「あ、島が見える」と茉莉が言った。「あれわたしたちがいた島かな」

 僕は濡れた綿のように重い体を起こして、丸い窓に顔を近づけた。
 機帆船きはんせんが行き交う群青ぐんじょう色の大洋と、翡翠ひすい色の浅瀬に囲まれた、楕円形をしたマリムラティ島の、いや、クンバンムラティ島の全体が見えた。

 陽光を受けた港市バンダルの街は、金属片をばらまいたみたいにきらめき、蛇行する茶色い川のほとりには、港務長官邸が白く輝いていた。自動車が小さな虫の行列のように、連なってゆっくり走ってゆく。
 王都コタラジャのあたりは、ヤシ園や農地などの緑のモザイクが広がっていて、王宮や広場どころか、街を見分けることさえできなかった。
 そして緑の山並みの向こうには、黄色っぽい火山ガス地帯と、緑と水に満たされた内陸ダラムの、正円形に近い形の盆地が遠くかすんで見えた。

 アディとムラティ王女、アングレック王、港務長官、リニ、キジャン、カイヌウェラン、そしてファジャルたち四姉妹。
 彼らはみんな、あのちいさな大地の上で生きて、そして僕らが生まれる前に死んでいったのだ。

 僕は窓に額をつけて、少しずつ後方に見えなくなっていく島を見つめた。茉莉は僕の背中にくっついて、僕の肩越しに同じ風景を眺めていた。

 僕のしてきたことは、正しかったのだろうか。王女や島の人々を少しでも幸せにしたのだろうか。こうして茉莉と一緒にいられる幸せのために、結局のところ僕は、王女の心に重荷を負わせ、リニに父親を殺させ、ファジャルに自分を撃たせたことになるんじゃないだろうか。

 僕は窓から離れ、またシートにもたれて目を閉じ、唇を噛んだ。
 きっと、たぶん、ファジャルは彼女なりに、僕をほんとうに愛してくれていたのに。

「お兄ちゃん、泣いてるの?」
「……うん」
「辛いことがあったのね?」

 茉莉は左手の指の甲で、僕の涙をぬぐってくれた。左の頬を拭う時、親指の指輪が、僕の唇に当たった。

「ファジャルさん……」
「ふぁ……? なあに?」
「何でもないよ」

 僕は茉莉に微笑んだ。
 でも僕の目からはさらに多くの涙があふれ、もう止めることができなかった。僕は妹のいたわりから逃げるように顔を伏せて、揺れる飛行機の中でずっと声を上げて泣き続けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

親友と婚約者に裏切られ仕事も家も失い自暴自棄になって放置されたダンジョンで暮らしてみたら可愛らしいモンスターと快適な暮らしが待ってました

空地大乃
ファンタジー
ダンジョンが当たり前になった世界。風間は平凡な会社員として日々を暮らしていたが、ある日見に覚えのないミスを犯し会社をクビになってしまう。その上親友だった男も彼女を奪われ婚約破棄までされてしまった。世の中が嫌になった風間は自暴自棄になり山に向かうがそこで誰からも見捨てられた放置ダンジョンを見つけてしまう。どことなく親近感を覚えた風間はダンジョンで暮らしてみることにするが、そこにはとても可愛らしいモンスターが隠れ住んでいた。ひょんなことでモンスターに懐かれた風間は様々なモンスターと暮らしダンジョン内でのスローライフを満喫していくことになるのだった。

異世界でお取り寄せ生活

マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。 突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。 貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。 意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。 貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!? そんな感じの話です。  のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。 ※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。

人生負け組のスローライフ

雪那 由多
青春
バアちゃんが体調を悪くした! 俺は長男だからバアちゃんの面倒みなくては!! ある日オヤジの叫びと共に突如引越しが決まって隣の家まで車で十分以上、ライフラインはあれどメインは湧水、ぼっとん便所に鍵のない家。 じゃあバアちゃんを頼むなと言って一人単身赴任で東京に帰るオヤジと新しいパート見つけたから実家から通うけど高校受験をすててまで来た俺に高校生なら一人でも大丈夫よね?と言って育児拒否をするオフクロ。  ほぼ病院生活となったバアちゃんが他界してから築百年以上の古民家で一人引きこもる俺の日常。 ―――――――――――――――――――――― 第12回ドリーム小説大賞 読者賞を頂きました! 皆様の応援ありがとうございます! ――――――――――――――――――――――

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

処理中です...